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46話 風

 

 締め切られた道場内で風が溢れて駆け巡る。

 これは……まさか!?


「風魔法……『風ノ刃(ウィンブレード)』!!」


 ビュウウウウウという轟音と共に、師匠の無くしたはずの右腕から風の刃が創られる。

 これは……まずい!


 師匠から風の刃が振り下ろされると、俺がいた場所はまるで爆発でもあっかのように爆ぜていた。

 床は破壊され、周囲の壁や天井には風の刃の余波で斬り傷が無数に刻まれている。


「……ちっ。これも避けるとか、どうすれば当たるんだよ、お前は」


「いやー、ギリギリでしたけどね」


 刃が俺に届くよりも先に、師匠が掴んでいる裾を力づくで千切り、後方に飛び跳ねて回避できた。

 余裕ぶってはいるけど、実際はギリギリだったな。


「それにしても、まさか師匠が魔法を覚えるだなんて……びっくりしましたよ」

「いいだろ、これ。『風ノ刃(ウィンブレード)』って言うんだ。俺は魔法なんてからっきしだったから、これを習得するのに何年もかかっちまったよ」


 そう言うと、師匠は魔法でできた剣を見せびらかすように振り回す。


「これが俺の新しい腕で、新しい剣だ。……こんな魔法にすがった俺は、もう剣士じゃないって軽蔑するか?」


「いや、何言ってるんですか? 軽蔑どころか、尊敬しますよ」


 剣を握るから剣士なんじゃない。

 自分が剣だと思うものを振るうから剣士足りえるんだ。


 俺も魔法のセンスなんて全くないからこそ分かる。

 この魔法を会得するために、師匠がどれだけ努力を積み重ねてきたか。


 片腕を失って、それでも剣を振るために、考えて、考えて、考え抜いた決断を、俺が馬鹿になんてするはずないだろ。


「……ふっ、まぁお前ならそう言うよな」


「分かってたなら、一々聞かないでくださいよ」


「念の為の確認ってやつだ。つまり、俺が魔法を使っても、この決闘は有効ってことでいいんだな?」


「ええ。反則だなんて言うつもりはありませんよ。……そもそも、負けるつもりもありませんしね」


「そりゃあ、よかった……よっ!」


「っ!?」


 師匠は腕を振り抜き、『風ノ刃』を俺に向けて飛ばしてくる。


 ……そりゃあ風でできた剣だもんな。

 斬撃を飛ばすことなんて、朝飯前だろう。


 なんとか防御は間に合って、自分の剣で斬撃は弾き落としたけど、こんな風に奇襲をしかけるなんて……


「魔法の剣は認めましたけど、不意打ちはずるいでしょ!?」

「ほざけ! 決闘中に油断してるやつが悪い!!」


 そりゃあそうかもしれないけどさ!!

 くそっ、納得できない。


 でも、師匠の『風ノ刃』って魔法……思ったよりも厄介だぞ。


 風で創られた剣だから見え辛く、その結果刀身の長さが分かりにくい。

 剣士にとって、剣の間合いが測りにくいのは致命的だ。

 それに、多分、魔法で出来ているから、その見えづらい刀身の長さも師匠の意思で自在に伸縮可能だろう。


 そして、距離をとっても、さっきみたいに剣そのものを飛ばして攻撃してくる。


 そして、何やりやっかいなのは、そんな変幻自在の剣を、達人の師匠が扱うって点だ。

 その辺の魔法使いがこの魔法を使ったところで、対して脅威にならない。


 つまり、この魔法が強いんじゃなくて、この魔法を使う師匠が強いんだ。


 本当に油断したら、俺でもやられかねない。

 ……だからこそ、面白い!!


「どうした? このまま距離をとっていても俺はやれないぞ!!」


 そう言って、師匠は再度『風ノ刃』を飛ばしてくる。


 ……悪いけど、同じ手は食わないよ。


「剣技『小嵐(こがらし)』!」


 俺は素早く剣を横払いする。

 そうすると、俺の剣から斬撃が飛翔し、師匠の『風ノ刃』に衝突し、相殺する。


「はあっ!?」


 自分の魔法を打ち消されたことで、師匠が驚きの声をあげる。


 斬撃を飛ばすのは剣士にとってのロマンだ。

 山での修行でたくさんの剣技を編み出したけど、斬撃を飛ばす剣技なんていくつもあるに決まってるだろ。


『小嵐』もそのうちの一つ。


 この剣技の特徴は、『速射性』。

 軽い力で斬撃を飛ばすことが可能だから、連射もできて、扱いやすい遠距離技だ。

 その分技単体の威力は抑えめだけど、師匠の『風ノ刃』と相殺したことから、威力は充分足りたようだ。


 さて、それじゃあ、こちらから攻めてみるか!


「『小嵐(こがらし)(らん)』!」


『小嵐』による連続攻撃。

 十数もの斬撃が師匠目掛けて飛翔していく。


「ぐっ、ぎっ……くっそっ……がっ!!」


 流石は師匠だ。

 いくつもの『小嵐』を自分の剣で斬り落としていく。


 さっきの斬撃の相殺で、遠距離での撃ち合いでは自分が不利だとすぐに察したんだろう。

 まぁ、威力はほぼ互角な上、連射性能は俺の方が上。

 しかも、師匠の飛ぶ斬撃は魔法によるものだから魔力を消耗していく。


 一方、俺の『小嵐』は技術による技だから、消耗するものといったら精々俺の体力くらいだ。


 遠距離での戦闘はジリ貧になると分かった上での、この迎撃。

 師匠は剣を連続で振り回して俺の攻撃を防ぎながら、反撃の一手を常に狙い続けているようだ。


 ……まあ、そんな隙、俺にはないけど。


「……ぐっ!? かはっ!」

「っ!?」


 俺の斬撃は当たっていないはずなのに、師匠が急にその場にうずくまる。

 そして、下を向く師匠の口元にはわずかに血が流れだす。

 ……また、急病のフリでもしたのか?


 だけど、俺もそうバカじゃない。

 同じ手にそう何度も引っかかってたまるか。


 ……そう思っているはずなのに、反射的に思わず動きを止めてしまった。


 もし、これがフリじゃなかったら。

 本当に急に容体が悪化したとしたら。

 あの師匠が、同じ手を何度も使うか?


 いくつかの疑問が頭をよぎり、その結果、動きが数瞬止まってしまう。

 俺とは違い、その、ほんのわずかな隙を見逃すほど師匠は甘くない。


「甘いを通り過ぎてバカすぎるぞ、シナイ」

「っ!」


 師匠は『風ノ刃』の刀身を伸ばし、俺に突きを繰り出してくる。

 刀身を自在に調整できると思っていたけど、まさかこの距離まで伸ばすことができるなんてっ!


「ぐっ!?」


 なんとか剣を盾のように使って突きを防ぐことができたが、その威力を受けきることが出来ず、後方に飛ばされてしまった。


 師匠の言う通り、どれだけバカなんだ俺は!


 何回同じ手に引っ掛かれば気が済むんだ。

 そもそも、これは命をかけた決闘だぞ。


 師匠の吐血が本当だろうが嘘だろが、それを気にせずに攻めるのが礼儀だろうが……。


 今一度気合いを入れ直せ、俺!

 これ以上不甲斐ない姿を見せるのは、師匠に失礼だ。


「甘すぎて助かるぜ。そのおかげでこうしてシナイと間合いが取れたからな」


 師匠も、今までの攻防から、さっきの奇襲で決着をつけられると思っていた訳じゃなさそうだ。

 師匠の目的は、俺と距離をとること。


 ……つまり、攻撃の溜めが必要なほど強力な一撃を狙ってるんだろう。


「これが正真正銘、最後の技だ。……風魔法『暴風剣(テンペスト)』!!」


 師匠が魔法を唱えると、『風ノ刃』を中心に巨大な風の竜巻が発生する。


 ……これが今の師匠の最強の技か。


「さぁ、決着をつけるぞ、シナイ!!」



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