32話 八つ当たり
「以上が七年前の真実です。今まで誰にも言えなくて申し訳ありませんでした」
と、オリビアは説明を終えると深々と頭を下げた。
つまり、事の真相は、師匠が一人で村を魔物の大群から守って、『スターロード』にその手柄を奪われて、オリビアを守るために腕を犠牲にしたって訳だ。
……本当、カッコつけすぎだよ、バカ師匠。
だから師匠は、『スターロード』との約束を守るために言い訳のひとつも言わなかったのか。
オリビアが、今まで誰にも真相を言ってこなかったのは、師匠から口止めされていたかららしいしね。
まあ、そうじゃなくても、当時七歳の女の子が声を上げたところで誰もまともに取り合わなかっただろう。
オリビアにとっても、真実を知りながら、村中の人間が『スターロード』を讃えるのを見るのはキツかっただろう。
今回、オリビアが真相を教えてくれたのは、師匠の関係者らしき人が村に来たと聞いて、関係者くらいは師匠の真実を知っていて欲しかったからだそうだ。
「いやー、それにしても昨日は大変だったなー」
真相を知ったライカはユージン達に対して怒り狂って、今すぐ王都に戻って『スターロード』に詰め寄ろうとするし、オリビアもオリビアで泣きじゃくって、最後は過呼吸気味になってたし。
その場を納めるのに大分苦労したよ。
ユージン達はオリビアの話を否定するだろうし、ギルドに訴えかけたとしても、七年前の証言がどこまで通じるか分かんない。
ユージン達を締めて証言を得たとしても、そんな力技で得たものは証拠になりえないしな。
それと、真相を話してくれたオリビアの身の安全も確保しないといけない。
オリビアの証言以外の証拠が無い上で、師匠の身の潔白を証明するためには……
「さて、どうしたものか」
そんな事を考えていると、後方の茂みからガサガサと音がする。
音の方を振り返ると、そこには数体のゴブリンがそれぞれ武器を構えて俺にゆっくりと近づいてくる。
こんな村の近くにゴブリンが出るなんてな。
あっちもやる気のようだし……しょうがい。
ちょっと体を動かしたい気分だったし、ゴブリン退治といきますか。
「ゴッ、ブゥアァァァァァァ!!」
一番近くにいたゴブリンが奇声を上げながら襲いかかってくる。
「剣技……『霧無斬』」
「ゴギャ!?」
俺は即座に抜剣し、ゴブリンを斬る。
細切れなんて比にならないくらい、細かく、小さく、ゴブリンを微塵斬りにする。
皮や肉、骨どころか流れる血すらも細かく斬り分け、その結果、ゴブリンの体は霧のように霧散した。
「……いかん、やり過ぎた」
『霧無斬』はゴブリンなんかに使うレベルの剣技じゃない。
他のゴブリン達も、仲間のやられ方にドン引きして固まってるし。
……ああ、俺もまだまだだな。
ライカに対して、『戦闘時は常に冷静に』って偉そうに語っておきながら、俺自身が全く冷静でいられない訳だしな。
……だって、こんなにブチギレてるんだから……!
あんなんでも、師匠は俺にとって家族のような人だ。
本人には絶対に言いたくないけど、尊敬もしている。
そんな人を傷つけられ、侮辱されたんだ。
その上、剣士にとっての命である利き腕すらも奪われた。
これで怒らない方がどうかしている。
昨日はライカがいたから冷静を装えたけど、一人だったら自分でも何をしてしたか分からない。
それくらい頭に血が昇っていたしな。
正直、怒りの発散相手を探すために、この森まできたってのもある。
「運が悪かったな、ゴブリン。今からやるのは、ただの八つ当たりだから」
「ゴッ……ブェー!?」
抑えられないほどの怒りが殺気となって溢れ出す。
その気配に、ゴブリンは生物としての生存本能が働いたのか一斉に走り逃げていく。
悪いけど、一匹も逃す気はねぇよ!
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「……やばい、これはやばい。完全に調子に乗りすぎた」
たかがゴブリン数体相手に、ワーウルフの『バグ』と戦闘した時以上の大技を連発してしまった。
そのせいで周囲の地形はかなり変形してしまい、俺を中心にまるで大規模な爆撃があったような惨状になっている。
完全な八つ当たりによって複数いたゴブリンはチリ一つ残らず討伐されたけど……完全にオーバーキルだったな。
ゴブリンに対してちょっとだけ申し訳ない気持ちになる。
だけど、おかげで少しだけ頭がスッキリできた。
「さて、頭も冷えたし村に帰るかな」
……っと、その前に、この地形を直していかないとな……
もしこの状態がライカにバレたら何を言われるか分かったものじゃない。
切断された木や岩は直せないけど、えぐれた地面くらいなら、剣技をうまく利用すれば直せそうだ。
そうすれば、そこまで目立つこともないだろう……多分、きっと……!
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「やばい、すっかり遅くなった!」
戦闘の跡を修復するのに、思ったより時間がかかってしまった。
宿の部屋には、散歩してくる旨のメモを残してきたけど、既に一時間以上経ってしまっている。
余計な心配はかけたくないし、できる限り急いで村に戻ると……
「……なんだ?」
昨日とは村の雰囲気が明らかに違う。
賑やかというか、どこか浮ついているというか……いうなれば村全体がお祭りムードのようになっている。
今朝までは何もなかったよな?
「何かあったんですか?」
「ああ、今朝早く、この村の英雄達が訪れてくださったんだ!」
たまたま近くにいた村人に質問をすると、そう返させる。
「この村の英雄って……まさか!!」
「ああ、七年前にこの村を救ったパーティーの『スターロード』さ!」




