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31話 自己犠牲

 

「お前ら全員、後悔させる!」


 ロックスさんが怒鳴ると、『スターロード』の四人はその気迫に気負わされたのか、一歩後ろに退がりました。


「お、おい、ユージン! こいつ、本当に死にかけなのか!?」

「そのはずだ……いや、そうに決まってる! 百を超える魔物の大群と戦闘した上、僕の風魔法を直撃したんだ。普通なら、いつ死んでもおかしくない!!」


「はっ、舐めんなよ。この俺は、その辺の奴らと一緒にするな。こんな傷、かすり傷だ、ボケ!」


「……っ!? ふざけるな! 三人とも、いつもの陣形でやるぞ。僕たちをバカにしたこいつは、今ここで仕留める」


「ええ!」

「はい!」

「おう!」


 ユージンの号令と共に、他の三人が動き出しました。

 まさに今、戦闘が始まるといった瞬間、わたしは最低最悪の手段をとってしまいました……。


「おじちゃんをいじめないで!」


 わたしは、ロックスさんの前に飛び出してそう叫びました。


「お嬢ちゃん、何で出てきた!?」

「だって……おじちゃんがいじめられそうだったから。おじちゃんは村をまもってくれたでしょ? それなら、わたしもおじちゃんをまもらなきゃ……」


「お嬢ちゃん……」


 軽率、短絡的、愚か……その全てが当てはまるほどの愚行です。

 当時七歳のわたしが飛び出たところで事態は好転するどころか、ロックスさんにとっては、文字通りのお荷物なんですから。


「おいおいおい、なんで村人がまだ残ってるんだ?」

「恐らく、逃げ遅れた子どもでしょうが……困りましたね」

「ちょっとまずいんじゃない? もし、今のワタシ達のやり取りを聞かれたんなら……」


 村人は全員避難して隠れていると思ったリンネ、ミカゲ、ザックスの三人は、わたしが突然現れて動揺したようです。

 ですが、ユージンだけは違いました。


「ミカゲ、あの女の子を水魔法で拘束して」

「えっ?」

「いいから、早く!」

「わ、分かりました」


 ユージンの指示通り、ミカゲはわたしを拘束するために魔力を練り出しました。


「なっ!? ふざけんな、やめろ!!」


「ザックス、おじさんを足止め」

「了解!」


「ちっ……邪魔を、するなぁっ!!」

「ぐっ、魔法を使っていないのに、なんて馬鹿力だよ。……だが、ここは通さねえよ!」


 それを阻止するためにロックスさんが飛び出てくれましたが、ザックスが巨大な斧を振り回してロックスさんの足止めをします。


 そうこうしている内にミカゲの魔力が練り上がってしまいました。


「水魔法『アクアプリズン』!」

「……っ!? ぐっ、ごっぽぉっ!!」


 当時の幼いわたしでは、ミカゲの魔法を防ぐことも避けることもできずに簡単に捕まってしまいました。

 わたしは巨大な水球に閉じ込められ、息が出来ずにもがきます。


「お嬢ちゃん!? おい、ユージン、その子は関係ないだろ!? すぐに解放しろ!!」

「そんな訳にはいかないだろ? この子は僕たちのやり取りを見ちゃったようだしね。それならしっかりと口封じをしないと」


「この……外道が!」


「外道で結構。こんな所で僕たちは躓く訳にはいかないからね」


「ごっ、べっ……な、さ……ガボッ!?」

「……っ!?」


 ロックスさんの足を引っ張ってしまって謝ろうとしましたが、水に溺れているせいで言葉がうまく出せません。

 苦しそうにしているわたしを見て、ロックスさんは数瞬悩んだようですが、すぐに何かを決断した表情をしました。


「……分かった、村を守った手柄はお前らにやる。それに、お前らのシナリオ通りに俺が逃げ出して怪我をしたって証言もしてやる。だから、今すぐお嬢ちゃんを解放しろ」

「何言ってんだ? ここでお前ら二人を殺せば済む話なのに、なんで解放しないといけないんだ!?」


「ザックス、ちょっと黙ってろ」


 ユージンの指示にザックスは舌打ちをするが素直に従います。


「ユージンなら分かるよな? もしお嬢ちゃんを解放しないで万が一のことがあったら……お前ら全員確実に殺すぞ」

「……そうだね。僕たちも簡単にやられるつもりはないけど、今のおじさんと戦って何の被害も無いとは言い切れなさそうだ」


「勿論、お嬢ちゃんを解放する代わりに俺が死ぬって話は当然却下するぞ。俺が死んだ後、お嬢ちゃんを襲わないって確証もないし、何より俺も死にたくはないからな」


「うん、それはそうだろう。でも、それは逆も言えるよね? この子を解放した後、おじさんが嘘を吐いたり、襲ってこないとは限らない」


「だから、俺はお前らに『安全』を提示してやるよ」


 ロックスさんはボロボロになった右腕をユージンに向けます。


「この腕、やるよ」


「「「なっ!?」」」


 ユージン以外の三人が揃って驚きの声を上げました。


「利き腕は剣士にとっての命だ。その腕をやるって言うんだからそっちも俺の言葉を信頼してくれてもいいんじゃないか? しかも、片腕になれば俺の戦闘力も大きく下がるしな」


「なるほど、それで『安全』を提供すると……」


「ちなみに、片腕を奪った後、襲いかかろうとしても無駄だぞ。多分俺はやられるだろうけど、その代わり二人は絶対殺すから」


「……ハッタリじゃなさそうだな。うん、分かった、おじさんの要求をのもう。ミカゲ、魔法を解いてあげて」

「はい、分かりました」


 ミカゲはユージンの指示通り、すぐにわたしを拘束していた水魔法を解除しました。


「ぐっ、うっ……ごほっ、ごほっ」


 数分間、呼吸ができなかったわたしはその場で力無く倒れてしまいます。


「それじゃあ約束通り腕を貰おうか」


 ユージンの指先に風が集中して、まるで巨大な剣のような形になっていきます。


「最後に何か言い残す言葉はありますか?」

「はっ……そうだな……」


 ロックスさんは右腕で中指を立てながら笑います。


「くたばれ、カスが」


「ふん、負け惜しみだな」


 ユージンが腕を振るうと、ロックスさんの右腕が宙を舞って切断されてしまいました。



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