3話 遊び
修行十五年目
自分の妄想と戦い続けて早五年が経った。
この修行は結果的にはすごく良かった。
自分の想像力が保つ限り、どんな強者とも手合わせをする事ができ、相乗的に自分の戦闘センスが磨かれていくのを実感した。
最後の方では、想像で創った敵の攻撃で自分が怪我をするほどまでに、具体的にイメージできた。
だけど、まだ自分が納得できるほどの極地には至っていない。
むしろ、強くなっていくにつれて更に遠くなった気さえする。
「これ以上……どうすればいいんだ……」
俺にはまだ何かが足りないのは分かる。
だけど、その何かを掴む手がかりが全くない状態だ。
完全に手詰まりになってしまった。
「……はぁ、疲れたなぁ……。ちょっとだけ、休むか」
この十五年、剣の極地に至るために、ただの一日さえ休むことはなかった。
……だけど、今日くらいは休んでいいよな?
なぜなら今日は俺の三十歳の誕生日だ。
俺は十五年ぶりの昼寝をすることにした。
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「う……うーん……、今、何時だ……?」
俺は目を覚ますと周囲を見渡す。
「っ……!? やばい、寝過ぎたな……」
空はすっかり日が落ちて、既に夜になっていた。
ほんの一、二時間程度寝るつもりだったのに、まさかこんな時間まで寝続けるだなんて。
いつもは体力の限界まで剣を振り続けて、倒れるように寝た後、朝日が昇る時間に合わせて起床していたから、こんな時間に目を覚ましたことなんてなかったのに……。
「やっぱり、もう歳かなぁ……」
そういえば、年齢が三十を超えたら体は一気にガタがくるぞって師匠が言ってたっけ。
「とにかく何か腹にいれるかな」
日課の修行を今日は全くの手付かずの状態だけど、今はとにかく腹ごしらえだ。
木の実でも取りに行こうとゆっくりと立ち上がると、体の違和感に気がつく。
「……なんだこれ?」
最初は寝過ぎた事で体が重いのかと思ったけど……むしろ、その逆だ。
「体が軽すぎる」
まるで体に羽が生えたような感覚に陥る。
俺は食事をするのを辞めて、近くに置いてある剣を握り、一振りする。
フッ……と刃が空を斬る音がすると同時に、背筋に戦慄が走った。
何年、何十年と剣を振り続けてきたけど、今の何のなしに振った一太刀が自分の理想とする一太刀に最も近かった。
勿論、まだまだ剣の極地には遠い……だけど、ゴールが見えた気がする。
「だけど、なんでこんなに急に……」
思い当たるふしがあるとすれば、今日は一日中ゆっくり休養を取ったってくらいだけど。
「……つまり、休んだのが良かったってことか?」
ふと、ある日師匠としたやり取りを思い出す。
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『シナイは剣の才能もあるのに努力も惜しまないよな。もっと慢心して、年相応らしく修行の手を抜いたり、友人と遊んだりしろよ』
『師匠が弟子に投げる言葉とは思えないセリフですね……。それに俺は誰かと遊んだりするより剣の修行をしている方が性に合うんですよ』
『はっ、つまらない奴だなぁー。ある意味それがシナイの弱点だな』
『俺の弱点って……どういう意味ですか?』
『遊びがないって意味さ。もっと心に余裕がないと強くなれないぞ』
『……ちょっと意味が分からないんですけど? 剣は振れば振るだけ強くなりますよ! もっと分かりやすく教えてください!!』
『あー、うるせぇなぁ。そういう所がダメだって言ってるんだ。おら、さっさと今日のノルマの素振りを続けろ!!』
『師匠から話しをふってきたんじゃないですか! 理不尽すぎる……』
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あの時ははぐらかされてしまったけど、ここにきてやっと師匠の言葉の意味を理解する事ができた。
理想の一振りに近づけたのは、体を休めた事で余計な力が抜けて剣を振る事ができたからか。
「遊び……か。試しにやってみるか」
これを機に、休みの時間を増やしたり、今まで修行に取り入れてなかった遊びのような項目を修行に追加した。
特に目的もなく野山を駆け回ったり、剣を使って木や岩に彫刻を掘ったり、瞑想の時間も取るようにした。
勿論、今まで通り素振りやイメージトレーニングの修行も並行して行う。
しかも、素振りやイメージトレーニングも型にはまった動きにとらわれず、より自由に取り組むようにした。
そして、その結果、遊びを取り入れた修行は成功した。
剣に限らず武術には『心技体』というものがある。
心、技術、身体能力の三つが揃った時、最大限のパフォーマンスができるという言葉だ。
技術の向上や身体能力の成長も頭打ちで、これ以上を見込めないなら、後は心を鍛えるしかない。
心に成長の上限はないからね。
そして、心の余裕ができたからか、今まで出来なかった技や動きも自然と出来るようになっていた。
ここから約五年近くこの修行を続けることになる。