2話 山籠り
2話〜4話はシナイの修行シーンのみ書かれていますのでご注意ください
「さて、この辺を拠点にしようかな」
道場を出て早一週間。
俺は無事に目的地に到着することができた。
この山の名前はスパルタ山。
夏は猛暑で冬は極寒と厳しい自然環境をしており、山に籠って修行するには最適な環境だ。
あまりに厳しい環境のため野生の獣やモンスターもほとんど生息していないから、より集中して剣に向かうことができるしね。
俺は山の中腹あたりまで登り、近くに流れている川の側へ荷物を置くと、早速腰に携えた剣を握る。
ここはいい場所だ。
川のおかげで飲み水や洗身に困らない上、いくら生物が少ないといっても川の中には魚くらいはだろう。
その上、近くの木々には木の実がなっているから食料もなんとかなりそうだ。
ここなら集中して修行にとりかかれるな。
これから剣の極地に到達するために何年……いや、何十年かかるだろうか……?
今は一分一秒が惜しい。
俺は早速山籠りの修行を開始することにした。
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修行一年目
とにかくまずは剣の素振りにとりかかった。
剣を正面に構えて、上段に振りかぶり、振り下ろす。
この動作を疲れ果ててぶっ倒れるまでひたすら繰り返す。
一回の素振りで五秒前後かかるから、一時間で大体七百回以上素振りができる計算だ。
一日の平均で一万回くらいは剣を振っていたと思う。
意識を戻したら、川で体を洗い、その辺の適当なもので腹を満たし、また素振りを開始する。
最初の一年はただひたすらこの修行を繰り返していた。
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修行二年目
ひたすら素振りをしていたおかげか、体力もついたし、剣の速度も上がったと思う。
だけど、まだ剣の極地には遠く至っていないと思う。
そもそも、俺はまだ剣を振るほどの器じゃないんだろうか……?
そう思った俺は剣を握らずに、空手で素振りをやり始めた。
今までののように、ただ剣を振り下ろす所作を繰り返すだけじゃなく、突きや横払い、下からの振り上げなど様々な動きを丁寧に、だけど素早く繰り返す。
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修行三年目
空手での素振りを一年続けたので、次のステップに進もうと思う。
だけど、まだ剣を握るのは早い。
近くに落ちている木の小枝や石で素振りを始める。
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修行四年目
今年は剣の長さに近い枝を使って素振りを始めることにした。
今までの小枝や石と違ってしっかりとした握りがある分、素振りが捗る。
だけど、この数年の修行の成果なのか、数回枝を全力で振るだけで、枝を握った部分が潰れたり、剣を振った際の風圧で枝が折れてしまう。
……ただ、がむしゃらに素振りをするだけじゃダメか……。
枝の耐久ギリギリを狙って素振りをする……繊細な力加減が要求される修行だ。
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修行七年目
完璧な力加減を覚えるのに三年もかけてしまった。
自分の才能の無さに嫌気がさす。
だけど、ついに完璧に自身の力の調整を覚えることができた。
身体能力の向上に、素振りの基礎。
そして力の調整。
これで本格的な剣の修行に取り掛かる基礎ができた。
そして、六年ぶりに本物の剣を使っての修行をこれから開始できる。
既に俺の年齢は二十歳を超えているけど、剣を握るのに年甲斐もなくワクワクする。
六年ぶりに抜いた剣は錆一つなく、当時のまま美しい刀身をしていた。
「……遅くなってすまなかったね。今日から頼むよ、相棒」
自分の剣に話しかけるなんて側から見たら相当ヤバい奴だけど、ここには俺しかいないし別にいいよね。
俺は数年ぶりに実剣を使って素振りの修行を開始した。
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修行十年目
山籠りを始めて早十年が経った。
肉体と技術の全盛期なのか、またはこれまでの修行の成果か、自分の体が自分のイメージ通りに動く。
こんなに楽しい事はない。
子どもの時に夢想した剣技すらも、練習すれば会得する事ができた。
この数年で編み出した剣技は既に百を超えている。
今にでも山を降りれば、剣士として大成する事は間違いない。
王国直属の騎士の地位も、ギルド最強の剣士の座も、俺が望みさえすれば何にでもなれる自信も確信もある。
それだけ今の自分の実力は充実していると思う。
だけど、そんなものになるために俺は修行している訳じゃない。
あくまで俺の目的は剣の極地に至ること。
富や地位、名声なんてものには興味がない……ことはないけど、優先順位は剣が一番上だよ、うん。
自分の剣に納得していない以上、俺はまだまだ山に籠って修行を続けていかないといけない。
だけど、ここで困ったことがある。
剣士としての全盛期って事は、逆に言えばもう成長は頭打ちとも言える。
少なくとも、身体能力はこれから緩やかに、だけど確実に下がっていく一方だろう。
まだ技術の伸び代はあるかもしれないけど、それでも落ちていく身体能力を補えるかまでは分からない。
それにそろそろ修行方法にも限界がきている気がする。
……そりゃあ対人稽古もせずに素振りばかりしてたらしょうがないとも思うけどね。
人や魔物との戦闘経験を積むために山を降りることも頭をよぎったけど、それは却下する。
まだ俺は自分の剣に納得していない。
そんな状態で山を降りたら下界の様々な誘惑に抗えず、必ず甘えが出てしまう。
それは、この十年の修行を否定する愚行だ。
それだけはできない。
……とはいえ、今の修行に限界がきていることも事実だ。
さて、どうするか……。
「……あぁ、そうか、簡単な事だった。……創ればいいんだ」
自分より強い想像上の剣士を。
炎の津波を。
氷の刃を。
雷を纏う獣を。
ゴーレムやドラゴンも、なんだって自分の頭の中で自由に創りだせばいいんだ。
想像力は無限大。
妄想で創りだした相手とイメージトレーニングをすればいい話だった。
「よし……やるか!」
俺は剣を握り、想像上の相手と手合わせすることにした。