19話 斬鉄
俺はライカの前に飛び出して、ゴランの拳を受け止める。
ギリギリまで見守ろうと思ったけど、流石に限界だったな。
最後の最後、トドメを刺すとまではいかなくても、せめて拘束くらいはするべきだった。
これは、勝ったと思って油断していたライカの落ち度だな。
だけど、ゴランって男は体格や能力に加えて、戦闘経験まで、全てにおいてライカより上回っているようだった。
そんな相手に後一歩というところまでライカは追い詰めることができたのだから、大健闘と言ってもいいだろう。
「……いつから見てたんですか?」
「あ、バレてた?」
実はライカとゴランの戦闘は少し前から観察していた。
あまりにも都合よく、俺がライカを守るために飛び出てきたもんだから、俺が隠れていたのがバレてしまったようだ。
「ライカが地面に剣を突き刺して魔法を発動した時くらいかな?」
遠かったから微かにしか聞こえなかったけど、確か『星に願いを』って魔法だったと思う。
魔法を封じる魔法があるだなんて、魔法ってのは奥が深いなと感心したもんだ。
「結構前から見られてたんですね……」
「まあね。せっかく弟子が頑張ってるのに水を差すのは野暮かと思ったんでね。余計なことをしたかな?」
「……いえ。シナイさんがいなかったら、私はやられていました。悔しいし情けないけど……助かりました」
悔しいし情けない……か。
自分の何がダメだったのか、ちゃんと理解し反省しているからこそ出た言葉だな。
それなら俺が一々説教を言うまでもないか。
「な、なんでお前がここに……。オレの部下が足止めしてるはずじゃ……」
「俺がここにいるって事が、そのまま答えにならないかい?」
盗賊団『デッドエンド』はボスのゴランを除いて全滅した。
……正しくは俺が全滅させたんだけどね。
最初の方は反撃してくる奴がいたけど、一人ずつ瞬殺してたら、途中から誰も向かってこずに、散り散りに逃げ出したから困ったよ。
無駄に数がいるせいで、逃げまどう盗賊たちを追いかけるのに少しだけ時間がかかってしまった。
「ぐっ、うっ、ぐぅぅぅぅ」
自分の仲間が全員やられた事を察したのだろう。
ゴランは声にならないといった様子でうなりだす。
「どうする? ライカに相当やられた様だし、諦めるならこれ以上痛い思いはしないで済むけど」
「はっ、はっ、はっ……オレは……『鉄人ゴラン』だ……オレを、なめるなぁっっ!!!!」
「おっと」
ゴランは空いている方の腕を振り回し、回避のために一旦距離を空ける。
刺激しすぎたかな?
どうやら相手は意地になってヤケクソ気味だけど、やる気は満々のようだ。
「やってやる……やってやる!! 鉄魔法『我は鉄なり』!!!!」
ゴランの身体が銀色に変色していく。
……何だこれ?
体の色を変える魔法……ってことはないよな。
「気をつけてください! ゴランは今、鉄と同じ体に変化しました!!」
ゴランと戦闘経験のあるライカが説明をしてくれる。
へー、自分の体を鉄にすることができるんだ。
魔法って本当に色々な種類があって面白いなぁ。
「あんたがどれだけ強かろうが、剣でオレの体を傷つけることは不可能! ぶっ潰してやらぁ!!」
「えっと……なんでゴランを傷つけられないの?」
「あっ? そんなの決まってるだろ! 剣で鉄は……斬れないからだぁ!!」
ゴランが雄叫びを上げながら突進をしてくる。
……何言ってるんだ、こいつ?
「いや、普通に斬れるけど?」
「……えっ? ぐっ、ぎゃぁぁぁぁ!?」
わざわざこっちの方に向かってきたから、カウンターの要領でゴランの右肩から左腰にかけて斜めにぶった斬る。
『斬鉄』なんて俺にとって別に難しいことじゃない。
まあ、果敢に挑んできた勇気に免じて真っ二つに切断するのだけは許してやるよ。
「ぎっ、ぐっ……い、痛でぇぇぇ」
これだけの大怪我を負いながらも意識があるだけ大したもんだ。
「さっき自分に使ってた治癒する魔法で止血はしときなよ。ほっとくと大量出血で死ぬぞ」
「ぐっ、うっ……ぢ、ぢくしょう……」
ゴランは俺の指示通り、回復する魔法で止血をはじめる。
これで死ぬことはないだろう。
「どうする? 続きをする?」
「……する訳ないだろ。降参だ」
傷を塞いだから、まだ抵抗するかと期待したけど、どうやら実力差を見せつけられて心が折れたようだ。
残念、もっといろんな魔法を見てみたかったのに。
決着がついたから、ライカが俺の側まで近づいてくる。
「……流石シナイさんですね。私が苦戦した魔法をあっさり打ち破るなんて」
「まあね」
鉄の硬度といっても、実際昨日戦ったワーウルフの方が硬かったしな。
それにしても、ライカが苦戦するってことは、まだ鉄を斬る領域に達していないようだ。
当面のライカの目標は『斬鉄』だな。
俺がその領域に達したのはいつぐらいだったかな?
ライカは筋が良さそうだし、教え甲斐がありそうだ。
……って、それよりもライカに聞かなきゃいけない事があるんだった。
「ライカって、剣の基礎はお父さんから教えてもらってたって言ってたよね」
「はい、そうですよ」
「そのお父さんの名前って……『ロックス』じゃない?」
「えっ!? は、はい。私の父は『ロックス』ですけど……なんで分かったんですか?」
あー、やっぱりかー。
通りでライカに対して既視感があるはずだよ。
だって……
「ロックス……つまりライカのお父さんは、俺の師匠だよ」
「えっ、ええええええええ!?」
ライカは驚きながら目を丸くさせ、大声をあげる。
うん、俺も内心すごくびっくりしてる。
世間って以外と狭いんだなぁー……。