16話 盗賊
「お客様……噂の盗賊のことですか?」
「多分ね」
行商人の馬車を複数人が囲むように配置している。
数は十……いや、二十前後ってところか。
「どうして気がついたんですか? 索敵系の魔法……なんてシナイさんは使えませんもんね」
勿論魔法なんて一切使えません。
ちなみに索敵用の剣技はあるけど、今回はそんなモノを使うまでもなかった。
「だって、気配がダダ漏れな上、皆んな殺気立ってるからね。こんなの誰でも気がつくでしょ?」
「……いや、普通に気がつきませんよ」
……あれ? そういうもん?
まあ、山にいた期間が長かったから、どうしても感覚は普通の人より敏感になってるのかもね。
「それで、どうしますか? 行商人に馬車を停めさせて、こちから仕掛けます?」
さて、どうしたものかな。
こっちとしては一々揉めたくはないし、このまま見逃してもらえれば一番楽だけど……。
「……そう上手くはいかないか」
馬車群の先頭で爆発音がして、俺たちの乗っている馬車も急停車する。
どうやら、あちらの方が仕掛けてきたらしい。
「いくぞ!」
「はい!!」
俺とライカは剣を握り、すぐに馬車の外に出る。
「おっ、おお、よく来た。さあ護衛の仕事だ! 襲撃者が来たから早く何とかしてくれ!!」
外に出るなりマネホーシが俺達の元に駆け寄ってくる。
馬車の先頭には武装したスキンヘッドで大柄の男性がひとりで立っており、行手を阻んでいる。
男の背後には、円形に地面が抉れており、熱を帯びているのか蒸気が立っている。
多分、魔法か何かで馬車の進路を攻撃し、塞いだんだろう。
「俺たちは盗賊団『デッドエンド』だ。命が欲しければそこの積荷を全て置いていきな」
男がそう名乗ると同じタイミングで、周囲の茂みから沢山の盗賊が飛び出てくる。
しかも、盗賊達はそれぞれ魔法を放つ準備は終えているようで、今にでも攻撃してきそうだ。
……完全に包囲されているな。
どうやら逃げ道はなさそうだ。
「『デッドエンド』……聞いたことがあるな」
「ライカは知ってるのか?」
「はい。元ゴールドランクの冒険者が率いている盗賊団だったはずです。リーダーは『ゴラン』という武闘派の大男だとか」
「へぇ、そこの金髪のお嬢ちゃんは俺のこと知っているのか?」
「黙れ外道。あいにくだが人の道を踏み外した愚か者と会話する趣味はない」
……お、おお。
ライカって意外と言う時は言うんだな。
俺に対しては徹底的に敬語だから気が付かなかった。
「ふへへ、中々口の悪いお嬢ちゃんだ。だけど、どんなに気の強い女も圧倒的な力の前では無力だってことを教えてやるよ」
「……ゲスが」
ライカが嫌悪感を隠そうともせず言い放つ。
「ギャハハ、お頭、言われてますぜ」
「こんな上玉久しぶりだ! 俺にも楽しませてくださいよ」
「俺たちで楽しんだ後は奴隷行きだな。高く売れそうだ」
「こんな女が最後には屈服するのはたまんないぜぇ!」
周りの盗賊達が思い思いに下卑た言葉を放つ。
ライカじゃないけど、はっきり言って不愉快だな。
「気は強いが頭は弱いらしい。今の自分の置かれた状況が理解できていないようだ。どうやら護衛はこの二人だけらしいし、さっさと仕事を終えて帰るぞ」
どうやらあちらは完全に俺たちのことを舐めているらしい。
……まあ、仕方ないか。
こっちの人数に対して、『デッドエンド』の盗賊の数は約二十。
その上、こちらの戦力は、今の魔法世界では評価の低い剣を持った少女とおっさん。
傍目から見たら戦力差は天と地ほど離れている。
「積荷さえ素直に寄越せば、本当に命だけは助けてやってもよかったんだけどな。だけど、お嬢ちゃんの調教もかねて、お嬢ちゃん以外は皆殺しにしてやるよ。……おい、やれ!!」
ゴランの合図と同時に、俺たちの周囲を囲んでいだ盗賊達が魔法を放つ。
炎の矢や氷の槍、雷の獣や風の刃。
多種多様な魔法が全方位から俺やマネホーシ、他の行商人目掛けて襲いかかってくる。
「……なんだ、この程度か」
本当にガッカリだ。
これだけ数がいるのだから、もっと凄い魔法が見られると思っていたのに。
想像以上に想像以下の魔法しかないじゃないか。
「剣技……『地針撃』」
俺は力を込めながら、自分の足元目掛けて剣を突き刺す。
すると、複数の土の棘が地面から現れて、盗賊達の魔法とぶつかり、打ち消していく。
「んなっ!?」
「土魔法だと!?」
「いや、魔力を練っている様子はなかった」
「あの規模の魔法を詠唱なしで放ったていうのか?」
「なんなんだ、あいつ!? ただの雑魚じゃないのか?」
自分の魔法を打ち破られた盗賊達が動揺しだす。
勿論、俺は魔法なんて使っていない。
ただ、力を込めて地面を突いただけだ。
突きによって発生した衝撃は、そのまま地面を押し続け、行き場を無くした地面が、さっきのような土の棘となって地中から飛び出てきた訳だ。
簡単に言うなら、心太方式ってやつだね。
だけど、この技の仕組み自体は簡単だけど、扱うのは結構難しかったりする。
自分が棘を出したい位置やサイズ、棘の方向などを操作するためには絶妙な力のコントロールが必要になってくる。
「……今のも剣技ですか?」
「うん、『地針撃』って技。ライカにはまだ教えるには早いかな」
「教えられてもできる気がしませんけど……」
あれ?
てっきり、教えてくれってせがまれると思ってたけど。
まあ、何はともあれ盗賊達の初撃は防いだ上、突然のことで相手は戸惑っているようだ。
隙だらけだし、反撃しても……いいよな!
「ぐっ、ぎっ……ガッ!?」
手始めに、一番近くにいる盗賊の元へ一気に近づき、両手両足の腱を斬り、喉を潰す。
やるなら徹底的に。
反撃する暇すら与えずに圧倒しないとな。
「まずひとり」
攻撃を受けた盗賊は気を失い、その場で地面に突っ伏す。
「はっ、えっ……はぁぁ!?」
「な、何が起きたんだ!?」
「全く見えなかった……」
「ば、化け物!」
俺がひとり仕留めたことで、盗賊達が騒ぎ出す。
やっと自分達の置かれた状況に理解できたのかな?
自分たちが狩られる立場ってことに。
「お頭、こいつかなりヤバいんじゃ……って、お頭?」
「あれ? お頭は?」
「さっきまでそこにいた居たはずだよな……」
「まさか……逃げた!?」
「はぁっ!? 嘘だろ?」
……まじか。
ゴランのやつ、俺に敵わないとみるやいなや、部下達を置いて自分だけ一目散に逃げるとは思わなかった。
リーダーを失った盗賊達に動揺が走り出す。
ここで戦意喪失して散り散りに逃げられたら追いかけるのは面倒だな。
……仕方ない。
「ライカ!」
「はい!」
「俺はここでこいつらを倒すから、ライカは逃げたゴランを追って足止めしておいてくれ」
「分かりました。……ですが、私が仕留めても構いませんよね?」
「……無理だけはしないでくれよ。俺も終わり次第追いかけるから」
「かしこまりました!」
そう言うなり、ライカはゴランを追いかけるため走り出す。
……本当に無茶だけはしないでくれよ。
相手は元とはいえゴールドランクの冒険者。
シルバーランクのライカより格上なんだから。
「しょうがない。こっちをさっさと片付けて追いかけるとするか」
実力差を見せられ、その上、リーダーのゴランの敗走。
盗賊達は既に戦意が折れつつあるけど、こいつらは犯罪者だ。容赦はしない。
「さて、殲滅を始めようか」