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1話 師匠越え

 


「俺を道場に呼び出して何の用だ? 今日は稽古が休みのはずだろう?」


「はい、ご足労いただきありがとうございます。今日は俺の決意を聞いてもらうためにお呼びいたしました」


 そう言うと、俺はその場で土下座をする。


「師匠、俺は剣の道を追求するために、これから山に籠って修行することにします。……これまで大変お世話になりました!」


 俺は以前から剣を師事していたロックス師匠に自身の決意を伝えるとともに感謝をのべる。

 師匠は俺の言葉を聞くと頭を抱えた後、ゆっくりと口を開く。


「……シナイよ。お前、いくつになった?」


「はい、今年で十五になります」


「そうだよな。それで何年くらい山に籠るつもりなんだ?」


「そうですね……。剣の真髄が分かるまで修行を続けようと思っているので、早くても十……いや、二十年は山にいようと思っています!」


「……うん、良識のある大人がそんな長い間、子どもをそんな所にいかせると思うか?」


 師匠からの問いかけに思わず笑いが込み上げてくる。


「ははは、何言ってるんですか師匠」


「そうか、分かってくれたか」


「師匠に良識なんてあるはずないじゃないですか」


「あれ、そっち!?」


 だってそうだろう。

 師匠から課せられる修行という名の拷問は、良識のある大人が考えるものじゃない。


 師匠は剣の世界では有名で、各地から剣を教わるために何人も門下生として集まるけど、その修行があまりにも過酷すぎるせいでみんな一月ともたずに辞めていく。


 その結果、今や師匠の弟子は俺一人になってしまっている。


 そもそも、流派の名前も正直ダサい。

 自分がこの剣術流派の始祖だからって『ロックス流』はないと思う。


 普通、自分の名前をそのまま流派の名前にしますかね。


「確かに俺の修行はちょっとばかしキツいかもしれんが、その分効果は間違いないだろ!?」


「おかげさまで、同世代は愚か、上の世代にも剣の実力じゃ負ける気がしませんよ」


 こちとら毎日命懸けの修行をしてるんだ。

 命の危険もなく、のうのうと修行しているような剣士に遅れをとるものか。


 だからこそ、競い合うライバルがいなくなった今、自身をより高みへ至るために山籠りをすることに決めたんだ。


「だろ? それならシナイはこのまま俺の修行を受け続けた方がいいんじゃないかな!?」


「……本音は?」


「シナイがいなくなったら弟子がいなくなって、うちの剣術道場は廃業になってしまう! ただでさえ嫁にもっと金になる仕事をしろって言われてるんだ。頼むから出て行くなんて言わないでくれ!!」


 ダメだ、この大人……。

 早くなんとかしないと。


「確か師匠の奥様は近々子どもが産まれるんですよね?」


「ああ、女の子が産まれる予定だ。きっと俺に似てかわいい子だぞぉー!」


「諦めて働いてください」



 そもそも師匠は、俺から月謝だけでなく、俺がこれまでに得た剣術大会の賞金も教育費といって巻き上げてきた。

 だけど、それでも生活費としてはギリギリだったんだろう。

 産まれてくる子どものためにも、金にならない道場は畳むいい機会かもしれないね。


 それが人の親になる責務ってやつだと思う。


「な、なんて事言うんだ、このバカ弟子は……!? それに、俺はこれまで剣を振って生きてきた人間だ。今更他の仕事なんてやりたくない!!」


 これが剣に生涯を捧げてきた人の末路か……。

 剣の師匠としては尊敬しているけど、人としては全く尊敬できないな。


 俺もこの先、剣に生涯を捧げるつもりだけど、師匠を反面教師にして頑張ろう。



「それに今は魔法とかが流行りつつある世の中だぞ? 今時山籠りなんて流行らないって。シナイは諦めてこれまで通り俺の修行を受けていけばいいんじゃないかな?」


「剣術師範がそれを言いますかね!?」


 確かに、最近の冒険者ギルドでは『魔法』と呼ばれる不思議な力を使う冒険者が増えてきたと聞く。

『魔法』を使えば火を放ったり、氷を作ったりするだけでなく、傷を癒したり、果てはお手軽に身体能力を強化することも可能らしい。


 今でも冒険者の主流武器は剣や槍といった武器だけど、いつか魔法がそれに取って代わる日もそう遠く無いかもしれない。


 だけど……それでも俺は剣の可能性を追求したいんだ。



「……シナイがどうしてもこの道場を出ていくと言うのなら仕方ない。俺も強硬手段を取らせてもらおう」


 そう言うと、師匠はゆっくりと立ち上がり、道場の壁に立てかけてあった木剣を握りしめる。


「意見を曲げぬと言うのなら……俺の屍を越えてゆけ」


「まさかの実力行使!?」


 流石は俺の師匠……。

 発想が脳筋すぎる。


 だけど……。


「……分かりました。ここで『師匠超え』を達成させてもらいます!」


 全く……、俺も大概脳筋だよな。

 こういう所は師匠譲りか。

 本気の師匠と手合わせできることにワクワクしてしまっているんだから。


 俺も腰にしていた木剣を構えて、師匠に相対する。


「いくぞ、バカ弟子!!」


「受けて立ちます、ダメ師匠!!」


 こうして、俺にとって最後となる師匠との真剣勝負が始まった。



 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



「はっ……はっ……はっ……。手合わ、せ……あ、りがとうございまし……た」


 結果だけを言うと俺の辛勝だった。


 師匠の剣の腕は超一流。

 今の俺の実力だと、十回に一回……いや、二十回に一回勝てればいい方だろう。


 俺がその一回をこの勝負の瞬間に勝ち取ることができたのは本当に幸運だった。


 実際、試合中は終始俺が劣勢だったしね。

 だけど、師匠が止めをさすためのわずかな隙を狙い、何とか逆転勝ちすることができた。


 ……もしかして、師匠は俺を送り出すためにわざと負けたりしてくれたり……


「ぐっ、がっ……このバカ弟子がぁ……。思いっきり師匠の腹に木剣打ち込みやがって……。ふざ、けんな……こんな勝負は無効だ。改めて、明日あたり再試合を申し込む」


 する訳なかったわ。

 流石は師匠。

 碧色の目でめちゃくちゃ睨んでくる。


 剣の腕以外尊敬できる所が全くないなぁ。

 負け惜しみもここまでくると執念じみている。


「お断りします。……それと、お世話になりました」


 やっと勝負後の息も整ってきたので、改めて師匠にお礼を言う。

 人としてはどうかと思うけど、師匠の修行のおかげで俺はここまで強くなれたのも事実だ。


「この師匠不幸者がぁー!!!!」


 道場を出る際、何やら聞こえてきた気がするけど俺はそれを敢えて無視した。


 さぁ、これからいよいよ山に篭って修行を始める。


 目指すのは剣の極地……気合いを入れて頑張るぞ!!


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