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何か書きたい。  作者: 冬の老人
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壁の決壊。イジメの話。

アホほど長いし、まとめられていない。

けどなんか一周回ってこのグチャグチャ感が当時の心情なのかも、と思ってこのまま投稿。


何度か語っているが、仮に毒親で家の中で多少の問題があっても外で致命的な問題がなければ子供は育つ。

勿論、その程度の差と言うのは子ども自身の資質にもよるが基本的に問題が出やすいのは大抵が思春期の一番不安定な時期。


イジメについては思い出すのは今となってはイジメ自体はそこまで酷いわけではなかった。

殴られたり、蹴られたりといった暴力もそこまで頻繁ではなかったし、複数人に詰め寄られたり、バカにされたり、通学の自転車に悪戯されたり、あとはお金をせびられたり。

別に毎日、ってわけでもないし、それどころか多分イジメを苦に自殺する子達からすれば多分随分緩いものだと思う。

しかしそれは今となっては、だ。

当時はただ辛かった。


中学のころのイジメだ。イジメの原因は今になってもよくわからない。

実際、主犯格は所謂不良で自分だけじゃなく、自分のグループの生徒、そして教師相手も見下していた類の人間だった。

だけど当時の自分は気持ちが折れた。

でもソレも仕方ない事だったのかな、と当時の自分を叱責剃る気にはなれない。


最近、といっても数ヶ月前だけどお笑い芸人の人で高校だったか中学だか忘れたが子供の頃にイジメられていた事、それで今でも恨んでいると告白した人がいた。

それ自体は共感出来たけど、その次に対処法としてちゃんと周りの大人を頼ればよかった、と後悔と教訓を語った事がなんとなく印象に残っている。


なんとなく、じゃないな。自分は頼って無視されたんだ。

最初に相談したのは教師だったが我慢しろと言われた。

そして心配をかけたくなかったし恥ずかしかったが親に相談したが同じだった。

むしろ情けないと叱られた。

中学の時点では世界が狭いかもしれないが、それでも自分の周りの大人、話しても相談に乗ってくれそうなのが教師と親しかいなかった。

だから我慢するしかなかった。


とはいえそれでも学校に行かなきゃならない。引きこもり、なんて許してくれる親ではなかったしな。

傷つきやすい当時、自殺も考えたが包丁を持って自分を刺してみたが痛くて止めた。

そりゃそうだよ、本当は死にたくなんてなかった、当時はね。

どうすればイジメの事を考えずに済むのか、と考えた結果、いくつか馬鹿な事をした。


まず自分がイジメられていない、と考えたくて自分より力の弱い者に当たった。被害者が一転、加害者。

馬鹿な事をした。友人を一人失った。

さらにそれで教師から怒られた。とはいえ当時はそれに対して反省よりも怒りがあった。自分が相談したときは何もしてくれなかったのに、と。

勿論、学校から親に報告が入り、そこでも当然怒られた。

結局、同じように自分は怒りしか感じてなかった。


それならば、と学校だから勉強に打ち込んでみた。

学校から帰って風呂とトイレと飯以外、ほぼ全部勉強にあててみた。

テストの点数もそれまで自分が取っていた点数より大分上がり、順位も大幅に上がった。

子供の頃からちゃんと褒められていればそれで自分で次の目標とか立てられたんだろうな、とは自分でも今考えれば思う。

しかし実際は親から見ると当時既に部活を止め、帰宅部の自分がこの程度しか取れないのか、と落胆された。

そして親の自分の頃の話と妹の話を出されて比較され、結局勉強するのも止めた。

一定のラインさえ下回って居なければ何言われないし、かといって大きく上回っていても認められずに更に要求される。結局は親のさじ加減。

中学生なんだから、という人もいるだろうし「頑張ったから褒められると思うのは甘い」と言う人もいるだろう。

そういった人達はどれ程強いのか、知り得るところではないが、少なくとも褒められるどころかこの年に、死ぬ気を見せる迄まともに自分で名付けた子供の名前も禄に呼ばない親だ。

いつまで遡れば誉められた記憶が出てくるのかな。

初めて立ち上がった時とか?


また段々親への不満が出てくる。話を戻そう。


結局それで勉強に打ち込みきれないと考えた自分はイジメから逃れるためにさらに2つやった。


一つは休み時間に違うクラスに逃げ込む事。

多分、心を安定させるために自分が選んだ中で一番良かったんだと思う。

そこで仲良くなった奴とは今でも連絡を取り合うくらいの仲を保っている。

今年の頭の事を告げれば縁は切れるかもしれないが。

当時は自分は文化祭とか学校の行事は全部別のクラスに手伝いに行っていた。自分のクラスの仕事はしない。

無責任、かもしれないが自分の心を守るためにはそれしかなかった、と言うよりソレしか見えなかった。

それについては当時のクラスには別に自分を嫌っていたりしている人間はそこまで多くない、と言うか特にどうこう思っていたわけでもない人間ばかりだった筈だ。

一方的に敵視したのはコッチだからな。0か1か。

クラスの委員とかには迷惑かけたんだろうな、と今振り返ればそんな風に思う。今更謝ったところで意味はないけど。


そして2つめは好きな人を作って青春を謳歌しよう、とした。

馬鹿な話だ。

休み時間は他のクラスに行けるが授業中とかどうしたって教室にはいなくちゃならない。

だから気を紛らわせるために好きな人を無理矢理作った。

狙い目は自分に明確な敵意を向けていないクラスメイト。

たまたま隣の席の女子が当てはまった。

目立つ女子ではなかったが敵意がない、それだけで充分だった。

とはいえコチラからも特に好きになる理由がない。

だから好きになる、と決めてから家でひたすらノートにその子の名前を書き続けた。

頭おかしいしかなり身勝手な理由だけどその結果、他のクラスメイトではなくその女子に意識を向けるようになって気が紛れた。



当時は本当にメンタルが参っていたんだと思う。

休みの日は自分をイジメている奴らが家に石を投げ込みに来たり火を着けに来るかもしれない、と自室のカーテンを締めて外から見えないようにした上でコッソリ隙間から外の景色を常に警戒していた。

田舎だから人通りが少ないが、だからこそ車や自転車が通る

事に一々反応していた。

ストレスから平日は三時間前後の睡眠時間でただただ毎日疲れていた。


結局のところ、自分の弱さを書き殴っただけの独白みたいな物になってしまったが、幼児とはいえないがあの時はまだ未熟な「子供」だった。

今の自分が成熟した大人か、と言われれば疑問符がつくけれど。


あの時の自分のような子供がもし、近くにいて相談してきたら自分には突き飛ばせないな。

甘えるな、とは絶対に言えない。

むしろ自分にでもいいから気が済むまで甘えてくれよ、と言うだろう。

多分それだけで変わった筈。

たったほんの少しだけでも褒める、支える、話を聞く。

それだけでこんな面倒臭い人間にならずに済んだかもしれないのになぁ。

それなりに自分はこの面倒な性格は今は悪くは思ってないから。

困ってるのは当時自分を支えなかった今の親自身。順番通りに先に死ねるのか、子供を自分を看取る事にならないか。

そうやって勝手に悪意を膨らませて困ってるのは残念ながら親の自業自得、自己責任。

敗者の自分にはそんなメンタルケアまでサポート出来ないよ。

心のドブ池から一つデカい物体が取り出せた気もする。

自分語り以外の何物でもないし、こんな1円にもならない情けない話、自分から少しでも消えたらそれで充分。

そしてこんなので笑ってくれたら幸い。

とりあえずお互いにWin-Winって事にしとこうよ。

時間の無駄、になったらゴメンだけど。

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