「普通」のスタンス その1
初っ端「先日」とか書いてあるが書き始めたのが選挙の翌日だからである。
先日、選挙があった。
「選挙権」 だから義務ではなく、あくまで権利だから強制力はないとはいえ、素直にその権利を行使したほうが良いだろう。
とはいえ、結局は行くのも行かないのも個人の自由といえば自由だ。
個人的にどの政党が、だとかそうした話をするつもりはない。
だがここ数年、あるいは十数年。
20年前まで遡るととここまで「選挙に行こう!」とか「政治に関心を持とう!」なんて空気感ではなかったと思う。
単にそれは良くも悪くも時代が変化したわけでそれにケチをつけるつもりもないし、昔に比べればネットを通じて色々な情報が入ってくるため当然といえば当然だ。
ただここ最近、選挙がある度にネットやSNSなどを見るとタイトルにある通り「選挙に行かずに政治の不満を言うんじゃねぇよ!」みたいなスタンスの人間がいるわけだが、果たしてそのスタンスは正解なのだろうか、と最近思う。
無論、20年前に戻るべきだと言いたいわけではない。
また「選挙行かずに不満を言うな!」という強いインパクトのあるスタンスが流行った事で選挙に行く人が増えた、政治に関心を持つ人が増えたかもしれないからそのスタンスが悪いというわけではない。
ただそのスタンスというのは威圧的であり、「選挙に行かない奴が悪い」という同調圧力的な側面もある。
そもそもとして「◯◯せずに不満を言うな!」の類は政治に限らずかなり危険性が高い。
会社で上司がこの台詞を部下に言えば状況によってはハラスメントとして捉えかねられない。
勿論、家庭環境においても親が子どもに言う場合は「◯◯」の中に入るものによってはネグレクトだ。
あくまで選挙権というのは成人した国民誰しもが持つ権利であり、そこに「上下関係」はない。
また実際のところとして「選挙に行かないのに政治の不満を語る」という行為自体もあまり好まれるものではない。
とはいえその威圧的、同調圧力な物言いはそうした人達が「選挙」というものにおいては毛嫌いしている「数の多い高齢者層」がしてきたものそのものではないか、と思う。
数が多い高齢者が無関心、あるいは高齢者に都合の良い政治になるように投票してきた事で「数の少ない現役世代の若者」が苦労している。
だから「選挙に行って政治を変えよう」みたいな旗を掲げているのだが、結局その「少数派」内で選挙に行かない者、政治に無関心な者を批難する事で多数派を作り上げる。
老人と同じやり方、「数」で老人に対抗しようとする。
数に勝る相手に数で勝負しようとする。
勝てるわけがないから焦る。
だから一番安易な「威圧」と「同調圧力」なのだろう。
「『普通』は選挙へ行く」
「政治に関心を持つのは『常識』」
多数派の悪い所は「普通」や「常識」を多用して時に武器として振り回し、時に盾として使う。
そして少数派というだけで馬鹿にする。
昔は「少数派」の方が「表立って選挙や政治に関心を持つ者」だっただけ。
それでは根本的には中身は老人と変わらない。
「若者」の中の「多数派」がその力を使って「若者」の中の「少数派」を強引に自分達の主張に合わせようとしている。
より大きな枠、「日本人」の枠の「多数派」である「老人」と戦うために。
自分は人生においては「少数派」だ。
天才だったり、エリートのような「特別」な存在としての「少数派」ならマシだったのかもしれないが、単純に「弱者」だ。
「男」だから「女」より後回しにされ、
「長男」だから「妹」に後回しにされ、
「子ども」だから「親」より後回しにされ、
「若い」から「年寄り」より後回しにされる。
それが自分の「普通」であり「常識」だ。
他にも挙げればキリがないが「普通」や「常識」という言葉が自分の味方をしてくれた事はない。
だからこそその強力や守ってくれる盾を求めて「普通」を目指し、「常識」に沿おうと思っていた。
しかしその「普通」や「常識」という言葉は「女」、「陽キャラ」、「子ども」しか守ってくれないのだ。
だから「男」で「陰キャラ」で「アダルトチルドレン」だった自分は守ってもらえなかった。
だから周囲の人間、そして自分自身を納得させる「理屈」を考えなきゃならなかったし、それが出来なきゃ「我慢」するしかなかった。
無論初めから無条件の「発言権」などなかった。
何かを求めるのも、何かを意見するのも躊躇するのは「◯◯せずに文句を言うな!」という言葉によるものだ。
だから「自分ができない事は求めない」「意見するくらいなら我慢する」
「選挙に行かずに政治への不満を言うな!」と言う人は「選挙に行け!」と言う事を言外に言っているのかもしれないがそれはあくまでも「言外」だ。
「普通」の感覚という同じ価値観を持った「仲間」の中でだけ通用する言外の言葉。
実際には「仲間以外の他者」に対しては「我慢しろ」と言っているのに等しい。
もともとのタイトルは『「選挙行かずに政治の不満を言うんじゃない!」のスタンスは果たして正しいのか。』という長いものだった。




