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何か書きたい。  作者: 冬の老人
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反省するとは

昨日投稿した、と思ったらなんか操作ミスしたのか投稿されていなかった。

前回の「許す」の話から派生したエッセイ。

「謝罪」をせずにすむためには価値観の擦り合わせが必要だ。

お互いに価値観を擦り合わせる「交渉」の段階で先々まで「予想」を立てる事ができればコストは抑える事が出来て謝罪をせずにすむ。

その「予想」、「未来」のためには「経験」、「過去」に蓄積されたデータが有ればあるほど有利になる。


「未来」のために「過去」が重要だからこそ「苦労は若いうちにしておけ」という言葉が有り難がられるのである。

しかし、この「苦労は若いうちにしておけ」を「予想する能力を身につけるための行動」ではなく単なる「反復練習」と解釈すれば身体の動きや思考の癖は身につくが「自分本意」となる。

それは「楽な動作」「自分の利益」のために必要にはなるが「交渉」では自分の事だけを考えれば良いわけではない。

「お互いの利益」のために「予想」し、「価値観」を擦り合わせる。

そのためには「言語化」、「表現」、「例え」など相手に伝える事が大前提となる。


よく世の中の成功者達が「努力なんてしている感覚はない」と言う。

「努力する事は当たり前」と言う感覚からくるらしいが成功者とは見方を変えればプレイヤー、選手、現役という立場に他ならない。

それは確かに「自分」さえ良ければそれで良いのかもしれない。

しかし「人の上に立つ立場」の人間、つまり「指導者」「教育者」であるならそれだけでは足りない。

「出来ない者」「未熟な者」「子ども」のためには相手の理解度に応じて理解させるために「伝える努力」が必要になる。

喜怒哀楽の怒りのエッセイでも語ったが漢字の成り立ちから読み解くと

「怒」とは「奴隷の心」

「努」とは「奴隷の力」。

「主人」のために働く「奴隷」の心が「怒り」であり、その怒りを働くエネルギーに変える事が「努力」を必要とする。


「怒り」をそのまま解き放てば「楽」になる。

だがそのまま怒りを解き放てば周りの者を不快にさせる。周りが「怒る」。

「怒り」を溜め込めば「恨み」となる。

恨みとはその文字から読み解けば「心」と「(うしとら)」。

「艮」とはつまり「牛」と「虎」。

「丑寅の方角」とは「鬼門」。

つまりは「鬼」。

心に「鬼」を宿す。

自分が「鬼」となるか、周りを「鬼」に変えるか。

自分も周りも「鬼」に変えないためには「怒り」を昇華しなければならない。

そのためには「罪悪感」と「後悔」が必要となる。


罪悪感を口にするには「謝罪」が必要である。

即ち「罪悪感」の「言語化」と言い換える事が出来る。

そして「後悔」とは「後になって悔やむ」、つまり「怒りを反芻する」事と言える。


Q.何故若い頃に苦労はするべきなのか

A.交渉の時に予想して円滑にお互いに事を運ぶ為に繋がる経験を得るため。


Q.何故予想しなければならないのか。

A.スタートからゴールまでのトータルのコスパを考えた時に準備8割で備えておけば結果的にコスパが良いから。


Q.経験とは何か。

A. 努力をする事。


Q.努力とは何か。

A.怒りをエネルギーに変える事。


Q.怒りとは何か。

A.鬼になる事。


Q.心の鬼を、怒りをエネルギーに変えるにはどうすれば良いのか。

A.罪悪感を感じ、後悔をする。罪悪感を感じた物について謝罪し、何度も反芻して言語化する。

言語化した物、罪を改善する。


Q.改善した後は?

A.許す。


恐らく、このQ&Aの一連の流れが単なる「後悔」ではなく、「反省」というものなのだろう。

だが、自分にはコレを間違いなく「反省とはコレだ」とは言い切れない。

何故なら最後の「許す」という事をされた事がないからだ。

一つ手前の「改善」する所まではいく。

だがそこから先について「許し」を得た事はない。

だから延々とまた後悔し、改善を繰り返す。


世間では「後悔するより反省しろ」というフレーズがごく普通に流れる。

昔からずっと「後悔」と「反省」の違いと言うものがわからなかった。

恐らく、自分みたいなのは「教養がない」のだろうし、「育ちが悪い」のだろう。

だがそれは自分だけではない。

だから「反省しない人間」というのは存在し、そしてそのような人間は往々にして同じことを繰り返す。

そしてそうした人間は「成功者」の中にもいる。

「普通」の事と言えば「普通」の事と言える。

そうなるとまさしく成功するかどうかは運任せとなる。

そして運任せだからこそ反省しない以上は「時代」が変わればついていけなくなる。「時代遅れ」となる。


結局、「反省」の最後のピースとなる「許す」というのは「他人」が必要だ。

何故なら最終的には「他人」に伝える必要があるから。

その表現方法がどんな物であっても「社会」で生きる以上、他人に伝える事なく生きるのは不可能だ。


しかし「自己満足」の趣味で良いなら「改善」までは出来る。

だが「改善」をし続けている限り「反省」は出来ない。

何故なら本人は「それが正しい」と「それが良い事」であると言う前提で行動している。

だからといって「力」で止めた所で反発する。

「逆境をバネに」なんて言葉があるがまさしくそれだ。

デコピンだとか、弓矢だとかと一緒で押さえつける力が強ければ強いほど抵抗する力も強くなり、その抑える力が無くなった時の反動でより強い力、自分でも制御できないほどの力が発揮される。

かといって反動を許さないほど強い力で抑え込んでしまえばバネが縮んだままも゙との形へ戻ろうという反発力を失ってしまうようにそれは力を失う。

力で抑え込むのではなく相手に「後悔」させなきゃいけない。


他人が痛めつけて、ではなく本人が「罪の意識」を持ってそれに心から「謝罪」せずにはいられない気持ちになるような「後悔」。

「許される」という希望があるから「後悔」する。

「許さない」というスタンスなら敵対するだけで「後悔」などしない。


自分は今とある事について「反省」している。

現在、趣味の筋トレで怪我をしている。

もう3ヶ月ほど経つがまだ痛みが残って本調子ではない。

しかし数週間ほど筋トレを完全に止め、少しずつ痛みなどを考えながら無理せずに何とかやってきてある程度戻ってきた。

怪我以前と同じ事をしていればもっと痛みは残っていたかもしれないし、もっと悪化していたかもしれない。

ただ、「仕事」もしなくちゃいけない。

仕事という他人との繋がりを絶つつもりさえあればもっと「無理」も出来るわけだが、それで仕事が出来なくなれば結局「死ぬ」しかない。


怪我という「理由」がある以上、以前のように出来なくても自分を「許す」事で区切りをつけて「反省」する。

何のために自分の好きな事で無理をしないのか、と言えば最終的には「他人のため」であり、「生きる」ためだ。

「他人のため」に「無理をしない」という選択肢を選ぶ。

言い換えれば「他人に許されるため」に自分は「無理をしない」という事をした。


加えて筋トレについても少し「油断」があった事を自覚した。

その油断から怪我をした。

「いつも大丈夫だから」と面倒臭がって怪我をした。

後悔している。

そして今、筋トレ的には「足踏み」状態だ。

その「足踏み」状態を「許す」事ができているから無理をせず、何とかここまで戻ってきた。


この「反省」を自発的にできるようには余裕が必要だ。

「足を止めて休んでも良い」

「来た道を戻っても良い」

怪我をしても、トラブルがあっても、何がなんでも「改善」をしなければからないのであれば軌道修正は困難になる。


自分一人で反省を出来るようになる、「反省」というものが仮に上記のものであっているのであれば最後は絶対に「他人」から「許し」を得なければならない。

自分は自分の「金」と「時間」と「体力」を使って「自己満足」の筋トレという趣味を通して「反省」を今している。

そして「怪我をした過去の自分」を「現在の自分」が許しているから「反省」して「無理せずに続ける」事ができている。

だが「怪我」をした直後は「無理」をした。

強引に怪我をする前と同じようにしようと無理をしたが結局碌な筋トレにならなかった。

痛いばかりで楽しくない。

「立ち止まる」事が「最善」であり、「進み続ける」「改善」こそが「悪手」だった。

そして「許す」から「反省」が出来た。


勿論、何もしないのを「許す」のは間違い。

丁度正月ぐらいの期間と重なったお陰で「筋トレを休む」事を許してしばらく筋トレも仕事もせずに動かずにいたら予定外に太った。

「無理をしない事」と「何もしない事」は異なる。

あの時からもうちょっと動いていれば、というそれもまた「後悔」であり、コレもまた「反省」ではある。


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