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何か書きたい。  作者: 冬の老人
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「大人になれば分かる」が「喉元過ぎれば熱さを忘れる」と同義では駄目。

アニメや漫画のキャラで

「このキャラ、見ていてムカつく」

そんな不快感を感じるキャラがいる。

勿論、作品そのものが面白いのであればその中のキャラが醸し出す「不快感」も作品の構成要素、スパイスの一つだ。

そんな不快感すらも見ている側、つまり読者や視聴者側が成長し、知識や経験を積むことで子供の頃は理解できず、ただ不愉快だったそのキャラの行動理由を理解できるようになり、納得し、むしろ好きなキャラに゙なったりもする。


好みの変化自体は味覚などでも子供の頃は苦手だったけど大人になったら好きになった、という風に別におかしな事ではない。

だが同時に味覚の変化は苦手だったものが好きになる事ばかりではなく、好きだったものが苦手になってしまうこともある。

若い時は肉など、脂っぽいものが好きだったのに老いると魚やさっぱりしたものを好むようになる、とか。

その味覚の変化は身体の変化である。

老化によるものが一般的ではあるが例えば筋トレやスポーツなどをしていると日常的に消費カロリーが大きいため、比較的若い時と同様のまま、肉などの脂っこいものを食べられる肉体を維持したまま、年齢相応の食事へも関心が向くようになる。

それは「好みの変化」というよりも「好みの拡張」と言い換えた方が良いだろう。


ならばそれと同様に「キャラの好みの変化」は何か、といえば精神の変化である。

あくまで、「変化」であり「拡張」ではない。

味覚の変化と同様の事が起きる。

「子供の頃はAというキャラが不快だったが大人になってAの事を理解できるようになり、好きなキャラになった」

ここまでは良い。

問題はそこからである。

「子供の頃はBというキャラが好きだったが大人になってBの主張や行動に不快感を覚えるようになりBが嫌いになった」

あちらを立てればこちらが立たず。

果たしてそれは成長と言えるのか。


例えば学校のテスト5教科。

1教科100点満点。5教科で500点のテスト。

仮に合計400点の生徒がいたとする。

平均80点ではあるが人間誰しも得手不得手がある。

本当に全教科で80点を取る者もいる。

だが苦手な教科を得意な教科でカバーする者もいる。

極端な話、0点の教科が1つあっても4教科100点ならそれでも合計400点だ。

まぁ、100点を4つとっても赤点を取ればそれはそれで問題ではあるが。


何故こんな話をするかといえば

「子供の頃はAは嫌いだったがBは好きだった。けど大人になるとAが好きになり、Bが嫌いになった」

では400点の中身、得意な科目、苦手な科目が変わっただけで400点には変わらない。

ごくごく当たり前の事ではある。

大人になった事で「かつて不快だったA」が理解できるようになるのは確かに成長と言っても良いのかもしれない。

だが同時に「Bの考えや行動」を不快に思うようになったという事はつまりポジショントークにすぎない。

加齢により「大人」になった事で理解できるようになった「大人」の思考や行動を「正しい」と思うようになった。

おかげで「子供」の思考や行動を「間違い」「下等」な物と見下すようになった。


かつて子供だった頃に感じた「Aに対しての不快感」は何故不快なのか。

それは子供には理解できなかったから。

同時に子供が支持した意見をAというキャラは作中で理解してくれなかったから。

全て同じ。

大人になって感じるようになったかつて好きだった「B」に感じる不快感は「大人になった自分」には理解できないから。

そして大人になった自分が正しいと支持する意見と食い違うから。


自分は大人になり、かつて「好きだったもの」を触れる機会は減った。

子供の頃は毎日のように友達と遊んでいたが今では年に数回程度。

どんどん疎遠になる。

だが「切り捨てた」わけではない。「無価値」になったわけではない。

自分が「好き」になった物で「嫌い」になったものはない。


子供の頃の未熟な自分もまた自分の一部。

そして未熟な時に触れた物、キャラ、人から感じる「嫌い」というものが味覚におけるスパイスなら、「好き」もまたスパイスである。

かつて子供の頃に感じた感情、そして大人となって感じた感情。

両方を手に入れたのに、何故片方を、過去を捨てるのか。

過去を捨てるのを当たり前にすれば未来には過去となる「今の自分」が感じている感情も捨てる事になる。


選選択肢を集める男の性質、そして決断する女の性質。

捨てるために集め、再度集めるために捨てる。

だがその決断には「大事なもの」を手に入れるために選択肢を集め、「必要のないもの」を捨てるのである。

安易に「新しいもの」を残し、「古いもの」を捨てるのであれば中身は必要なくなる。

そしてそれは自分自身の「若さ」にも取捨選択の矛先が向かう。

1日が過ぎるたびに自分達、人間を含めてあらゆる生き物は生き物としての価値を消耗していく。

老いたその時、「大事な事」が自分を満たしていなければ誰にも「大事な事」を伝える事は出来ない。

そして伝えられない、という事は誰にも相手にされないと言う事。

喉元を過ぎて熱さを忘れる。

忘れた苦しみに何も価値はない。忘れた喜びにも価値はない。

例えそこに何もなくても忘れないから価値がある。


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