親の愛情の審査員、その2
続き。
毒親のそれぞれの言葉は子供からの問いかけの答え。
例えば「よそはよそ、うちはうち」という言葉はつまり子供から親に対して「○○ちゃんの家では△△だけど、何故ウチでは□□なの?」と問われたと察する事ができる。
他所の家庭環境、よその親子と自分と親との関わり方の違い。
この段階では明確な不満はない。
だがそれを親が有耶無耶にしたとき、親からの愛情に不満を覚える。
そして似たような事が続く事で疑問か訴えに変わる。
他所の家庭環境と違う事が不満に思えるようになる。
それはつまり「我慢」を強いているという事。
子供が反発すればこの手の毒親は「自分が子供の頃は」 とか「 外国で飢餓に苦しむ子を見てみなさい」とあくまで非を認めずあくまて「子供の我儘だ」 と責任転嫁する。
時代が違う、土地が違う、状況が違う。
たまに「やって貰って当然と思うな」と厳しく躾けているつもりの馬鹿な親がいるが逆だ。
「やってあげて当然」なのが親であり、「やってもらって感謝する」ように育てるのも親の仕事。そして子供はソレを「理解する」のが仕事。
さて、話を戻してこの子供の問い、どう答えるのが正解か。
シンプルに子供に対して対等な「人間」として答える。
「よそはよそ」の答えは相手を見下すことで出てくる。
仮に同格以上の相手にそんな事できるのか、って話。
パートナーだとかその親、自分の親、或いは兄妹。
同格以上に出来ない事を自分より立場の弱い者に平気でやれる、それが勝者と毒親。
人間として対等に答えるべき、ではあるけどだからといって子供を「大人」と同じように扱うな。
知識、経験、思考、全てが未熟な上に衣食住まで手の内の子供相手に理責めで語るな。
子供の成長のために分かる深さの内容を語れ。
子供が理解出来なければ放っておけ。
次に同じ問いが来る時はレベルが上がってさらなる深さまで踏み込んてくる。その時に答えを準備しておけ。
そしてもしも至らなければ素直に非を認め謝れ。
子供相手に強者になろうとするな。子供のために強者になれ。
…こんなんでいいのかな。脱線してる気がするが。
とりあえず次。
親が比較するときかぁの話かぁ。
前の話から数時間のうちに色んな事を考えてる。
長いから分けたけどおかげでまとまりがない。
パート分け、失敗したかも。