女友達と家でゲームをしていたら突然姉(彼氏持ち)が来訪したので、女友達をつい「彼女」だと偽ってしまった
俺・多々良薫には、親友がいる。
名前は曽我由香里。今年の春からのクラスメイトだ。
2年生に進級し、クラス替えが行われた結果、俺と彼女は前後の座席になった。それが初めての顔合わせ。
話し始めたきっかけは、俺のプレイしているソシャゲだった。
素材集めの為クエストを周回していると、突然後ろから声をかけられたのだ。
「多々良くん、そのゲーム好きなの?」
「まっ、まぁ。好きっていう言葉じゃ言い表せないくらい、大好きだと思う。課金もしている、謂わゆるガチ勢です」
「そうなんだー。私も同じ!」
言いながら、彼女はスマホの画面を見せてきた。
画面に表示されているのは、今俺のやっているのと同じソシャゲのマイページ。そしてそのランクは……俺よりも3つ上だった。
確かに無課金でこのランクに到達するのは、不可能だろうな。彼女が課金勢であることは明白だった。
「だけど意外ですね。曽我さんみたいなリア充は、この手のゲームをしないと思っていました」
「偏見〜。リア充だって、オタクを兼任しているから。めっちゃゲームとかするから」
話を聞くと、彼女はあらゆるジャンルのゲームを、名作から駄作までプレイしていた。
気になったら取り敢えずやってみるというのが彼女の基本方針で、その考え方は俺と通ずるものがあった。
ハマったゲームタイトルも大体俺と合致していて、気付くと俺たちは毎日のように会話するようになっていた。
ある時を境に、俺は一つの欲望を抱くようになっていた。
こうして彼女とゲームについて語り合うのは楽しい。でも折角なら、彼女と一緒にゲームをしたい。
格ゲーでバトルするのも良いし、RPGを協力してクリアするのも良い。実際の運動は苦手だけど、彼女とならスポーツゲームで共にひと汗かくのだって、悪くない。
でも――最近やっと友達になったばかりの女の子を、男が一人で暮らしている部屋に誘うのってどうなんだろうか? そんなことしたら、引かれたりしないから?
まずは「は?」ってなると思う。そして「キモッ!」って思われる気がする。
それは嫌だな。他の人間からいざ知らず、彼女にだけは嫌われたくないな。
悩んだ末俺は……オタクの欲望に負けた。
「ねぇ、曽我さん。何もしないから、今度俺の家に遊びに来てくれませんか?」
俺の提案を聞いた彼女は、「は?」という顔こそしなかったものの、明らかに驚いていた。
それから何を考えたのか、ニヤッと笑みを浮かべる。
「本当に何もしないの?」
「……嘘です。一緒にゲームで遊びます」
その日以降、彼女は頻繁に我が家に足を運ぶようになった。
そして、現在――
「ちょっ、薫! 女の子相手に問答無用で飛び蹴りしてくるとか、男の風上にも置けないよ!」
「飛び蹴りって言っても、ゲームの中の話だろうが! 俺の評判を下げる為にわざと大声出すんじゃねぇ! お隣さんに聞こえたらどうするんだ!」
「あっ! 言ってる側から熟練者丸出しの奥義使ってきて! 容赦してくれない薫には、こうしてやる! えいっ、えいっ!」
「おいコラ、由香里! てめぇゲームで勝てないからって、現実でちょっかい出してくるんじゃねぇ! 俺の脚を蹴るな!」
俺たちは友人の域を超越した、親友になっていた。
あの頃の初々しさは、どこへやら。俺はいつの間にか敬語じゃなくなっているし、由香里からも遠慮がなくなっている。
最近は由香里専用のコップとかクッションとか、挙げ句の果てに枕まで常備されているし、はたから見たら半同棲生活を、俺たちは送っていた。
高校生の男女が密室で二人きりという状況に、眉をひそめる人もいるかもしれない。
でも、心配無用だ。俺たちに限って、間違いは起こらない。
だって俺たちはゲームがなければ話すこともなかった間柄であり、その関係性は紛れもなく親友だ。「フレンド」だ。
俺も由香里も、それ以上関係を進めるつもりはない。だって今がとても楽しいのだから。
リアルで妨害をくらっても俺の優位は崩れず、今回の対戦も俺の圧勝で終わる。
不貞腐れる由香里の機嫌を直す為にコーヒーでも淹れてこようかと立ち上がると、玄関チャイムが鳴った。
誰だろうと思って玄関を開けると――
「ハロー」
姉さんが立っていた。
「近くで用事があったから、来ちゃった。入っても良いかしら?」
「えっ!? 今は、ちょっと都合が悪いというか……」
姉さんを部屋に上がらせない口実を模索していると、恐れていた事態が起こる。
由香里がリビングから顔を出したのだ。
「薫ー? 次は別のゲームやろうと思うんだけど、良い? この協力プレイ出来るやつ……」
その瞬間、由香里と姉さんの視線が合う。
……あっ、終わったな。俺は思った。
「その女、誰?」
俺は姉さんから、早速詰問される。焦った俺は咄嗟に、
「俺の彼女だ!」
そんな嘘をついてしまうのだった。
◇
俺・多々良薫には、姉がいる。
名前は多々良小春。俺より3つ年上の大学生だ。
勉強も出来るしモテるし、姉さんは俺にとって自慢の姉だ。
弟に対して優しいし、良い姉と言って差し支えないだろう。……基本的には。
俺が姉さんに抱いている唯一の不満、それは……弟の恋愛事情に干渉しすぎるところだ。
姉さんは小さい頃からモテていた。だからなんら苦労せず、恋人を作ることが出来る。
確か初めての恋人は、小学2年生の時だったっけ?
青春真っ盛りの高校時代に至っては、付き合っては別れてを繰り返し、ついには彼氏のいない時期など僅か数日しかなかった。
そんな姉さんにとって恋人がいるのは当たり前のことで、寧ろ高校生にもなって未だ交際経験のない俺を遅れているとさえ思っている。
恋人のいない俺をバカにしてくるのなら、「うるせぇ!」と言い返すことが出来る。でも、姉さんの場合違う。
俺に恋人がいないことを、本気で心配してくるのだ。
――ねぇ、本当に彼女がいなくて大丈夫? なんなら姉さんが一緒に学校に行って、募集をかけてあげようか?
――姉さんの知り合いに彼氏と別れた子がいるんだけど、どうする? 紹介する?
悪気など一切ない。100パーセント善意でそんなことを言ってくるわけだから、余計困るというものだ。
そんな姉さんを安心させる為には、どうすれば良いか? ……彼女を作る以外、方法はない。
「――というわけで、だ。悪いけど今だけ話を合わせてくれないか?」
事情を説明し終えた俺は、由香里に彼女を演じて貰うよう頼み込んでいた。
「姉さんが帰るまでの間で良いんだ。今度ハンバーガー奢るから、な? 頼むよ」
「えー。150円程度で「彼女になってくれ」って頼まれてもなぁ」
「「彼女のフリをしてくれ」、な。……ポテトとドリンクも付けるからさ」
「よし、それで手を打とう」
150円は無理でも、500円出せば彼女役を引き受けてくれるのか。
「ハンバーガー云々は兎も角、お姉さんを安心させたいって気持ちはわかるからね。……で、具体的に何をすれば良いの?」
「取り敢えず彼女っぽい動きをしていてくれ」
「彼女っぽい動きね。……わかったよ」
由香里はオタクである一方で、リア充でもある。多分中学時代に彼氏の一人や二人いたことがあるだろう。
だからきっと、彼女のフリだってお手の物の筈だ。
……そう思っていた時もありました。
「ねぇ、薫。ご飯にする? お風呂にする? それとも、私?」
姉さんの目の前で、ワイシャツのボタンを一つ二つ外しながら、そんなことを口走る由香里。
それは彼女じゃなくてお嫁さんだ、バカ!
「おい、由香里。お前それ、どこのギャルゲーを参考にした?」
「え? 薫の部屋のベッドの下に落ちてたやつだけど?」
それ落ちてたんじゃなくて、隠していたやつ!
思春期男子の秘め事を暴露され、俺は精神に大ダメージを受けた。
ケラケラ笑う由香里。そんな彼女を真っ赤になりながら睨む俺。
いつものように二人だけの世界を作っている俺たちに、姉さんは恐る恐る口を挟んできた。
「えーと、二人とも? イチャイチャしているところ悪いんだけど、少しお話し良い?」
姉さんの目には、これがイチャイチャに見えたのか。それは何というか、不幸中の幸いだった。
◇
「姉として、薫をどこの馬の骨ともわからない女の子と付き合わせるわけにはいかないの。だからね、由香里さん。ちょっと質問しても良いかしら?」
姉さんがいつになく真剣な表情で、由香里に言う。
一先ず俺たちが付き合っているということは信じて貰えたようだが、今度は由香里が俺に相応しいかどうか見定めるつもりのようだ。
姉さんのメガネにかなわなければ、最悪友情関係の崩壊だってあり得る。ここは慎重に回答していかなければ。
同じことを考えていたのか、由香里は俺に一つ頷いてみせた。
「それじゃあまずは……薫の誕生日は?」
誕生日。恋人同士ならば、間違いなく共有している筈の情報の一つだった。
1問目は小手調べのつもりか。だけど姉さん……その小手調べから、俺たちは絶賛大ピンチなんですけど!
俺と由香里は本当は恋人同士じゃない。あくまで親友だ。
それも一緒にゲームをする程度の間柄で、その為互いの誕生日を教え合っていなかった。
ジェスチャーとかでなんとか誕生日を由香里に教えられれば良いのだが、姉さんが目を光らせている以上それも不可能だ。
あとはもう、365分1の確率に賭けるしかない。
果たして、由香里の回答は――
「10月24日」
「正解。まぁ、こんなの答えられて当然よね」
……当たった。由香里は365分1の確率を引き当てたのか?
気になったのでこっそり尋ねると、「そんなわけないじゃん」と返された。
「パソコンのロック解除パスワード、「1024」にしているでしょ?」
「……そういえば。でもよく覚えていたな、そんなこと」
「そりゃあ覚えていますとも。……因みに私の誕生日は2月1日だから。覚えておいてよね」
「おっ、おう」
なぜか「NO」とは言えない圧を受け、俺は思わず頷いてしまった。
「続いて第二問。薫の好きなゲームのタイトルと、そのゲームの面白さについて語りなさい」
次の質問では俺の趣味をどれだけ理解しているのか確かめるのと共に、俺とどれだけ気が合うのかを確認するつもりらしい。
普通の彼女だったら、尻込みしてしまうような質問だろう。しかし、由香里は違う。
俺とゲームで繋がっている彼女にとって、これはサービス問題だ。
「薫の好きなゲーム、それは――」
由香里の口にしたゲームタイトルは、確かに俺の一番好きな作品だった。
その作品の良さに関するコメントも、全くもって同意見である。
何度も頷く俺を見て、姉さんも納得したようだった。
「どうやら薫とはお遊びで付き合っているわけじゃなさそうね。薫のことをきちんと理解してくれる子が近くにいてくれて、お姉さん嬉しいわ」
「それじゃあ、私を薫の彼女だって認めてくれるんですか!?」
「いいえ、まだよ。薫の良いところは、まだまだ沢山あるんだから!」
姉さんの質問は、それから徐々に難しくなっていった。だというのに由香里は漏れなく全ての問題に正解していく。
息もつかせぬ、一進一退の攻防。それを間近で聞いていた俺は……この上ない照れ臭さに見舞われるのだった。
◇
姉さんの質問も、いよいよクライマックスに突入しようとしていた。
「最後の質問よ。由香里さん、あなた……薫のこと、好き?」
「……え?」
予想だにしない質問に、俺は思わず声を上げてしまった。
俺のことが好きかどうか。そんなの悩む余地のない、非常に易しい問題だ。
しかしそれは、本当に俺と恋人同士だったらの話で。俺に恋愛感情を持たない由香里は、恐らく自信を持って「好きだ」と言えないだろう。その一瞬の躊躇を、姉さんに見抜かれてしまうかもしれない。
頼むぞ、由香里。なんとか演技で誤魔化してくれ。俺は心の中で膝をついて、祈り続ける。
「大好きです」
俺の祈りが届いたのか、由香里は真っ直ぐ姉さんを見つめたまま言い切った。
「大好き」の一言だけでそれ以上何も加えなかったのも、好印象だったのかもしれない。
姉さんは「そう……」と呟いた後、
「薫、ちょっと来なさい」
俺だけを廊下に呼び出した。
「何だよ、姉さん?」
「あの子、本当は彼女じゃないんでしょう?」
「どっ、どうしてそれを!?」
「由香里さんの演技は完璧だったけど、あなたの方が挙動不審だったからね。私を欺こうだなんて、100年早いのよ」
自分でも不自然だなと思う言動は多少あったが、流石は姉さん。一瞬たりとも俺の言動を見逃さなかった。
「嘘をついてて悪かったな」
謝ったところで、多分許して貰えないだろう。これから3、4時間の説教が待っている筈だ。
しかし……姉さんの説教はいつまで経っても始まらなかった。
「そう思うなら、嘘じゃなくすれば良いだけでしょう?」
「……はい?」
「告白して、由香里さんを本当の彼女にするのよ。大丈夫。彼女、あなたことが好きみたいだから」
「そんなバカな。「好き」って言ったのだって、自分が彼女だと姉さんに信じさせる為の嘘で……」
「そんなことないわ。同じ女ですもの。目を見れば、本気の「好き」かどうかなんて区別出来る」
姉さんは、いつも正しい。
何か悩んでいた時だって、姉さんの言う通りにすれば大抵のことは解決出来た。
その姉さんが、由香里は俺のことが好きだと言っている。つまり……本当にそうなのか?
「でも俺と由香里は、親友で……」
「親友って単語を言い訳にしないの」
口調こそ優しかったが、姉さんは今までで一番強く俺を叱責した。
「私はこれまで色々な恋愛をしてきたわ。だから直感でわかるの。……よく聞きなさい、薫。あの子を逃したら、もう二度と本当の恋愛なんて出来ないわよ」
「……」
確かに、もし由香里が彼女だったら――という妄想をしたことはある。
でもその都度「俺たちは親友だから」と自分に言い聞かせてきた。誤魔化してきた。
……あぁ、クソッ。姉さんめ、余計なことしやがって。
これじゃあもう、自分の恋心を見て見ぬフリ出来ないじゃないか。
「よし!」と意気込む俺の肩を、姉さんは軽く叩く。
「それじゃあ、私は帰るから。頑張りなさいよ」
姉さんを見送った後、俺はリビングに戻る。
姉さんがいなくなっていることに、当然由香里は首を傾げた。
「あれ? お姉さんは?」
「帰った」
「帰ったって……なら、私は薫の彼女として認められたと考えて良いのかな?」
「それは……もう一つ質問に答えてくれたら、わかることだな」
「もう一問? さっきのが最後の質問じゃなかったの?」
「そうみたいだ。……安心しろ、次が正真正銘、最後の質問だから」
「んー」と、ゲームをプレイしながら話半分で聞く由香里に、俺は自分の恋心を伝える。
「由香里……好きだ」
「……は?」
由香里の手から、コントローラーが落ちる。
テレビ画面に「ゲームオーバー」という文字が表示されるも、お構いなしだった。
「えーと……演技の続き?」
「いいや。演技でもなければ冗談なんかでもない。俺は由香里が好きなんだ」
「……」
何も言わず俯いていた由香里だったが、やがて自分の隣をポンポンと叩く。……座れということだろうか?
由香里の隣に座ると、彼女からコントローラーを渡される。そして何事もなかったかのように、ゲームを再開し始めた。
「……ごめん」
ふと、由香里の口から謝罪の言葉が漏れる。
……なんだよ。姉さんの嘘つきめ。由香里は俺のことなんて、好きじゃなかったんじゃないか。
恋人同士にはなれなくても、今まで通り親友ではい続けよう。すぐには切り替えられないかもしれないけれど、彼女を親友として見る努力をしよう。そう思っていると、
「私もずっと前から、薫のこと好きだった。全然親友として見ていなかった。この距離だって、いつもドキドキしていて。そのくせもっと近づきたいと思っていて。お姉さんに言った「大好き」ってセリフ、あれ、本心なんだよ?」
淡々と語っているが、心なしか、いつもより早口な気がする。
ゲームに集中しているからポーカーフェイスを保っているが、よく見ると頬が少し紅潮していた。
「なぁ、由香里。俺の彼女になってくれよ」
今度はフリなんかじゃない。
姉さんだけじゃなくみんなの前で、俺の恋人だと宣言して欲しい。
「――うん。良いよ」
俺たちが本物の恋人になる頃には、テレビ画面に「ゲームクリア」の文字が表示されていた。