1-3 聖女が来た日
小さな影はだいぶ近く門の近くまで来ていた。
少し小柄で身なりが良いのか木漏れ日を反射するような服を着ているし、どことなく体格が遠目で見ても女性っぽい。
あと服がフード付きのローブなのか深くかぶっているために顔は影となって全く見えない。
「女の人かな?ラスダ村に何しに来たんだろう?」
「いいから黙ってろ。無駄な口を挟むなよ」
僕はカミラの指示に頷くと小さな影を見逃すことなく見ていた。
すると向こうもこちらに気付いたのか顔を上げて僕の方を見て立ち止まる。
フードの影越しに目が合った気がして僕と女性が立ち尽くす。
今までにないような衝撃が僕の胸を貫いたような、頭の中でスイッチが入って何か閃いたかのような感覚になり、何故だか無性に胸がドキドキする。
気づいたら小さな影はこちらに駆け出していたし、隣でカミラが何か僕に向かって喋りかけていたような気がしたが何故だか全く聞こえなかった。
いや、小さな影は駆け出していた何て表現は生ぬるい。
踏まれて固められていた地面の砂と落ちている木の葉を巻き上げるかのような猛スピードで一瞬で僕の前まで来た女の子フードが自身の圧倒的なスピードによって捲れてその姿が露わになる。
金糸ような煌びやかな肩口までの髪と絹のような白い肌、宝石のような大きな目にすっと筋の整った鼻と桃色の唇。
小さな顔にこれでもかと付いた可愛らしいパーツに呆然とする僕の胸に小柄な女の子が飛び込んでくる。
「ああ、やっと会えました!私の救世主様!」
腕のいい吟遊詩人が奏でる楽器の音のような心地よい声が僕の耳を突き抜ける。
反射的に飛び込んできた女の子を抱きしめる僕と潤んだ瞳でにっこりと笑う女の子。
姉と妹達と暮らしているはずの僕が嗅いだこと無いようないい匂いが女の子からしてドキドキとしていた胸が更に高鳴る。
何が起きたか分からず呆然として隣を見ると同じく呆然とした顔でこちらを見るカミラと目が合った。
「えええええええええ!!」
「貴様ああああ!」
混乱して叫ぶ僕を見て正気に戻ったカミラが見たこともないような憤怒の表情をして腰の剣を抜刀する。
オーガなんて見たことないけどオーガでも逃げだしそうな般若となったカミラが僕の動体視力じゃ追いつかないようなスピードで僕にくっ付いた女の子に切りかかる。
「わわ!危ないじゃないですか!」
びっくりしたように弾け飛んだ女の子が僕の腕から猫のように離れる。
カミラの剣は僕の髪を巻き込みながら振り下ろされ、ゴウッと聞いたことの無いような音が鳴り僕の顔から血の気が引いた。
しかしながらこれは女の子もカミラも僕が剣に当たらないようなギリギリを狙って動いたということなんでしょう、どちらの戦闘技術も僕なんかじゃ判断できないくらいに高そうだ。
「ガイから離れろ!」
真っ赤な顔をしたカミラが怒鳴りながら鋭い切れ味で剣を横なぎに振るいますが女の子は苦も無く避ける。
それを見たカミラは真っ赤な顔から元に戻るも鋭い目付きで女の子を睨みつつ僕を背後へと隠した。
「ガイ、こいつ強い……!油断するなよ」
剣を構えるカミラのことなど眼中に無いかのように女の子は僕をじっと見ているので僕も冷や汗をかきつつも女の子の方を見てしまう。
「ガイ様というんですね!私エリザって言います!」
花が咲くかのような笑顔で僕の名前を呼ぶエリザですが場の空気を察することができていないのかカミラから地響きのような気配が伝わってくる。
これはカミラは怒っているね。
マジ切れと言った様子に間違いないでしょう。
「村に逃げろガイ!こいつの狙いは……ガイ、お前だ!」
カミラがこんなに怒るのは身内に手を出されたからだろうな。
しかしながら何でかな、僕は何故かエリザから逃げる気がどうしても出なかった。
「で、でもカミラ。あの子、悪いことしに来たんじゃ無さそうだよ?」
エリザからは敵意や戦意と言った物は全く感じない。
こんな世界ですから欺こうとしない限り、それぐらいのことは僕にだって分かる。
だけどカミラはまるで威嚇するかのごとき背の震わせ方で今にも吠え出しそうな雰囲気だ。
「うるさい!ぽっと出の女なんかに私の可愛い義弟に手を出させるか!」
「ええーー……」
カミラのなんとも言えない家族愛に僕は若干引いてしまったが残念ながら腕っぷしは全く叶わないので止めることなどできない。
意を決したかのように飛び出したカミラはエリザとの距離を詰める。
「はああああッ!!」
カミラによる縦横無尽と言った高速の剣の煌めきをエリザは真面目な表情で避け続ける。
そのときようやくカミラのことを認識したのかエリザの視線とカミラの視線が交差した。
「何をするんですかお義姉さん!私はガイ様に用事があってきただけです!」
「誰がお義姉さんだ!!」
さらに勢いを増すカミラの剣をエリザは残像を残すかのようなスピードでかわし続ける。
このままじゃいずれ誰かが怪我をしてしまうんじゃないかと僕はハラハラとした気持ちで二人のことを見守っていたが僕の実力では何もすることができない。
「大体、どこの馬の骨とも知らぬ輩をガイに近づけさせるものか!」
「どこの馬の骨とは何ですか!私は……っ」
エリザはカミラから離れると大きく息を吸って胸を張る。
「ロマニア皇国の聖女、エリザです!」
何とも言い難い空気が村の門の前を包む。
「え……っと、聖女?」
「はいガイ様。聖なる女と書いて聖女です」
にっこりと微笑むエリザは確かに聖女のような眩しさだ。
何も知らずエリザの外見だけを見ていれば納得するかのような可憐さであるけれど、だけど先ほどまでの達人のような体捌きを見てからでは聖女と言われても頭の中でクエスチョンマークが浮かんでしまっても仕方がない。
そんなエリザに対してカミラは大きく息を吸うと叫んだ。
「お前のような武闘派の聖女が居てたまるか!」
思わず僕はカミラの心からの叫びに頷いてしまうのであった。