侵略者
深夜にも関わらず外では酒場で呑み過ぎた吟遊詩人たちの唄声や、夜会が終わった後なのか組織に属する者たちの騒ぎ声が聴こえてくる。
今日もその声を聴きながら一人ゆっくりとエールを煽る。この街に来て二年、その間、ヤツらとの闘いも休むことなく続いていた。
ヤツらは神出鬼没であり、俺の……いや、全人類にとっての宿敵と言っても過言ではない。人類が誕生する以前、その驚異的な生命力をもって二億年もの昔から、この世界を蹂躙し、あるいは、監視してきたのだろう。
自分の属する組織の事を考えながらエールを煽っていると誰かに見られているような感覚を覚える。
「来たか……侵略者どもめ」
学会が発表している正式な名称もあるが、俺はヤツらの事を侵略者と呼んでいる。
壁際から動かずに「お前ごとき、いつでも殺せる」と言わんばかりにジッと俺を見つめている。
ヤツらは滅多な事では直接攻撃をしてこないが、最も恐ろしいのは見た者のアストラルボディにダメージを与えることだ。見た者は恐怖し、酷い時は発狂しバーサクという状態異常を引き起こす。
残念ながら、二年にも及ぶ闘いで耐性を得た俺に精神的なダメージを与える事はできない。
「残念だったな、その傲りが命取りになる……」
俺は迷わなかった。この世界においてヤツらに対抗できる唯一の武器を手にとり引き金を引いた。
カシュ!
カシュ!カシュ!
しまった!昨日の戦闘で残弾を使い果たしていたか!
だが、慌てる事はない。この街は眠らない街だ。俺は新しい武器を手に入れるべく部屋を後にした。
武器を購入するため部屋を出て数分歩く。求める武器は街のあちこちで売られている昨今である。俺は拠点に一番近い七というマーケットに入った。恐らくはまともな名前をつけれないような裏マーケットなのだろう。深夜も営業している店はここしかない。
非常に強力な武器ではあるが、なんの規制もなく商品棚に並べられている。種類も豊富にあるのだが、その中の一つ“ハンター”と呼ばれる武器を選択した。
射程距離こそ“ジェット”という武器には及ばないが“ハンター”の攻撃力は高い。俺は“ハンター”と在庫のなくなったエールを手にとり店員の元へむかった。
「コチラヘドウゾ」
他にも客はいたが、俺は店員に誘われるままにカウンターの前に立つ。
この辺りでは見かけない浅黒い肌の店員はダークエルフと呼ばれる種族だろうか。
強力な武器にも関わらず何の審査もなく購入ができる。この国の秩序も乱れてきているのだろうと将来を憂いた。
「あぁ、すまない。四十七番を一つもらえないか?」
「ヨンジュウ……」
「七だ」
やはりダークエルフなのだろう。こちらの言葉を理解できていない。違う種類を手に取ろうとしている。
「いや、七番ではない。よんじゅうなな番だ」
何度かのやり直しの後、目当ての四十七番を手に入れる。四十七番は武器などの類いではない。マジックポーションの効果がある薬だ。ヤツらとの闘いで消費したメンタルを一時的に回復することができる。
俺はダークエルフの店員に幾らかの金を握らせ店を後にした。
行きと同じように数分歩いて部屋へと戻る。部屋に戻るなり“ハンター”を装備して、先程までヤツが居た壁際を見やる。
俺は愕然とした。
先程までヤツが居た場所にはすでに何もないのだ。居なくなって助かったなどとは思わない。むしろ、絶体絶命の危機といってもいい。これがヤツらの手なのだ。
見失ったことにより、俺のメンタルは一気に消費されるが、一度見つけたヤツらを野放しにて寝込みを襲われるようなことがあれば、それは死を意味する。
「絶対に倒してやる!」
今すぐに部屋中を乱射してもいいのだが、そうなると後処理に困ってしまう。どうやって見つけ出そうかと考えながら先程仕入れてきた四十七番を使用する。
四十七番の効果により大きく削られたメンタル値が少し回復し、昂っていた気持ちがほんの少しだけ安らいでくる。
「ふぅ、危うくヤツの術中に嵌るところだった」
焦っても仕方ないと思い、先ほどまで飲んでいたエールの容器を手に取る。四十七番とエールの効果でメンタルはだいぶ回復するはずだ。
重さからしてまだ数口分は残っていた。マーケットに出かけていたのは十分ほどで部屋に残していたエールは未だに冷えていた。
俺はそのエールを一気に……
飲み干すことはできなかった……
いや、口をつけることすらできなかったのだ。
エールの容器から伝わる圧倒的な違和感に気づいてしまったのだ。全身の毛が逆立ち、嫌な汗がにじみでる。
まさか!?
いや、まさかというのはおかしい話だ。俺は知っていたはずだ。ヤツらの好物がエールであることを……
脱出困難な容器に自ら入り込む、それはヤツが罠に嵌ったわけではないのだ。この精神攻撃の効果は絶大だ。俺は今後一生、「エールの容器の中にはヤツがいるかもしれない」というトラウマを抱えることになる。
強力な武器を手に入れ完全に油断していた。
ヤツのほうが一枚も二枚も上手だった……
そして、ヤツがいる……。ヤツは今も俺の精神を完全に破壊しようと容器の中で暴れ狂っている。
いや、本当に先ほど遭遇した個体なのか?もし違っていたら恐怖に怯える夜になるだろう。
容器の中を覗き込んで確認するか?
無理だ……。俺は“ハンター”の銃口を容器に向け引き金を引いた。
強力無比な“ハンター”が一瞬にしてヤツを絶命させる。確認しなくてもわかる、“ハンター”に敵うヤツなどいないのだから。
ヤツを殺した……。
しかし勝利したわけではない。
圧倒的な敗北だった……
あの屈辱の敗北から数日が経った。
今日は所属する組織が休みのため、俺は街の中心部へ赴いた。
こんな街でも中心部にはダンジョンが立ち並んでいる。この辺りでは十層から二十層ほどのダンジョンが多いが、大きな街だと六十層のダンジョンもあるらしい。
俺はその中の一つ、二十層ほどのダンジョンへ入った。階段で一層ずつ攻略してもいいのだが、上級者の俺には攻略の必要はない。
入ってすぐさま転送装置を使用する。十と書かれたボタンを押すと不思議な力が働き転送装置が動き出す。わずか数秒で十層まで転送された。
他の階層はわからないが、この階層はセーフティゾーンのため人間しかいない。
「お久しぶりです。今日は何かお捜しでしょうか?」
入るなり若い小太りのドワーフが話しかけてくる。現在の部屋を斡旋したのもこのドワーフだった。俺の名もここまで響き渡っているのかと思うと悪い気はしない。
「あぁ、実は拠点を変えようと思っているのだ」
「条件などはありますでしょうか?」
「できれば今の部屋から近いほうがいいな。それと一階以外で頼みたい」
「現在のお部屋は一階でしたね……。何か問題でもございましたでしょうか?」
こいつ……、知っていたのか!?
確かにおかしいとは思っていた。比較的新しい部屋で窓も二箇所あり、湯浴みと厠が別にしては安いと思っていた。
「ヤツらの数が多すぎる……」
俺は正直に答える。決してヤツらにびびっているわけではない。あまりにも多すぎるのだ。
「……」
「知っていたのか?」
「えぇ……、以前お住まいの方も同じ理由で退去されましたので……。その分家賃はお安く設定させていただいておりました」
そうだ、一つ目の窓の下には住人がゴミを入れる箱、もう一つの窓の下は魔法的な力で水やガスを吸い上げる全部屋の配管が集まっている。ヤツらの格好の住処であった。
「貴様、何も言わなかったではないか?」
「いえ、あ、はい。業者に駆除を依頼していましたので……。そのかわりといってはなんですが、お安く紹介しますよ!」
悪びれる様子もなく次の部屋を案内すると嘯くドワーフに唖然とする。
が、俺は寛大だ。安くなるのなら許してやろう。
その日の内に内見とやらを済まし、次の部屋を決めた。転送装置のない四階ではあるが背に腹はかえられない。
荷物をまとめて二年住んだ部屋を後にする。
「あぁ、お前らの勝ちだ……。いい闘いだったよ」
これでヤツらとの闘いも終わるかもしれない……
そうは思ってはいるが、俺は手放すことができない……
この、“ゴキブリハンター”という武器を!