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#3 その男は悪魔公、この城は悪魔城。

「何もおかしなことは無い。普通の尻だ」


 男の人が言います。


「ふ、ふつ……!?」


 人のお尻の感想を恥ずかしげもなく言ってのけるなんて、なんと破廉恥な人なのでしょうか! しっぽの生えたお尻は普通と言いません。これが普通なのでしたら、私はきっと住む世界を間違えています。


「じき慣れる」


「……」


 何を言っているのでしょうかこの人は。これの何が恐ろしいって、この人が窓際の安楽椅子に優雅に座りながら言っていることなのです。


 明らかに不審者です。が、私にはこの人をそう断罪する勇気はありませんでした。ですので、臆病な私はこの状況を跳ね返そうと、決して大きいとは言えない胸をムンと張ります。


「そ、それで……貴方はどなたでしょうか? しゅ、淑女の部屋に無断で立ち入ることが、ど、どんなに無礼なことか知らないわけじゃないでしょう?」


「フッ……貴様が淑女かどうかははなはだ議論の余地が残るがまあいい。名乗っておこう」男の人はすっくと立ち上がると仰々しく一礼をする。「我が名はグリード・ディラン。世界に五体しかいないマリッドが内の一体にして一万の悪魔を統べる大悪魔だ。尤も、貴様ら人間は悪魔公と呼ぶがな」


「ええっ!?」


 経緯がさっぱりわかりません。もし脳内を可視化できるのなら、私の頭上には大量の疑問符が浮かんでいるはずです。私は大きく深呼吸をして気持ちを落ち着かせました。


 悪魔公とマリッドという言葉は、悪魔の世界に疎い私でも幾度となく耳にしたことのある名前です。


 マリッドというのはたしか、いくつかある悪魔の種族の中でも特に強大な力を持つ種族の名だったと記憶しています。父上の書斎にあった各国の伝説を記した本に、マリッドによって滅ぼされた国がよく出てきました。


 つまり、悪魔公グリード・ディランは世界最強と言っても過言ではない悪魔の一体なのです。


 気がつけば動揺で足元が覚束なくなっています。しかし名乗れと言った手前、私も名乗らないわけにはいきません。


「わ、私はレヴィ・エコーズと申します。クィン王国一の商家、エコーズ商会の一人娘です」


「なんとなくわかってはいたが、それなりのとこの娘だったのだな」


 私の家を『それなり』と評されたのは少々心外でしたが、私はなけなしの強がりを寄せ集めて、


「それで? この状況を説明してくれませんか?」


 と虚勢を張りました。


「ふむ、この状況は貴様が望んだことなのだが……記憶がないのなら仕方がない。スージー! 説明してやれ」


 グリードと名乗った男の人は両手を二回鳴らしました。すると、何もなかったはずの虚空から同性の私でも見惚れるほど美しいメイドが現れました。この人も私と同じように悪魔のしっぽが生えています。


「畏まりました、我が主」


 スージーさんはグリードさんに恭しく一礼すると、私に向き直りました。


「それでは説明させていただきますので、まずはそちらの椅子へお掛け下さい」


 私はスージーさんに示されるがまま、グリードさんの向かいにある安楽椅子に座ります。


「コホン――単刀直入に述べさせてもらうと、レヴィ様は悪魔になりました」


「……」


 まあ、確かに私の見た目はお伽噺に出てくる悪魔に似ています。しっぽなど最たるものでしょう。しかし、私には背中に蝙蝠の羽もなければ鋭い牙もありません。何より悪知恵も持ち合わせていません。


「呆けた顔をしていますね。ではもう少し詳しくお話しします。レヴィ様はランチマネー子爵に毒を盛られ、怨嗟の呪詛を吐きながら死にました。しかし、我が主が怨嗟にまみれた貴女の魂を拾って、悪魔として新たな体に受肉させたのです」


「やはり、本当に私は死んだのですね?」


「ええ、それはもちろん。完膚なきまでに」


 そこまで言いますか。


「ということは、ここは悪魔の住む世界なのですね?」


 でなければしっぽの生えたお尻が普通にならない。


「いいえここは人間界です。ここは我が主の居城、ブラックモア城です。尤も、人間は皆悪魔城と呼びますが」


「悪魔城……」


 その名を知らない人はいないでしょう。クィン王国内にあるお城の中でもとりわけ異彩を放つこの城は、暗く閉ざされた『オドロの森』の最奥部に聳え立ち、数々のお伽噺に登場する半ば伝説と化しているお城なのです。


 そのようなお城なので逸話も多く、夜更かしを諫める母上から幾つか聞かされ、かえって眠れなくなったこともあります。


 私が一番怖かったのは、悪魔公は悪い魂を取集して悪魔に変えて自分の配下にしてしまうという逸話です。


 幼い頃の私は、これらの話を聞かされていい子にしようとベッドに潜ったものでした。


 そして何の因果か神のいたずらか、私は悪魔城にいます。

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