上書きシールの使い方
騙された、と思ったら☆☆☆☆☆の評価をお願いします。
天塚悠里はボクにとっての憧れだ。
明るい茶髪は少しウェーブがかかってフワフワしていて、華奢な身体はしっかりとくびれもあるのに、胸もお尻も出るところはでている。理想的な女性の身体をしている。
なのに性格は気取ってなくて、彼女の回りにはいつも人が絶えない。ボクのような陰キャにだって分け隔てなく接してくれる。
男の子だけに人気がある訳じゃなくて、陽キャの女子の友達も多い。いつもクラスメートと楽しそうに話している。
もちろん、そんな彼女だから告白されることも多いみたいだけど、特定の相手はいないみたいだ。
ボクはそんな彼女の傍にいられる人になりたかった。
「旭、次は移動教室だよ、そろそろ行かないと」
いつものように自分の席でラノベを読んでいると、悠里が声をかけてくれる。
他のクラスメートはとっくに移動したのだろう、教室にはボクと悠里、そして教室の入り口には悠里と仲のいい友達が待っているみたいだった。
「う、うん、今いくよ」
本を机の中にしまって、ボクは教科書とノートを手に彼女の後ろをついていく。
「今日は何を読んでいたの?」
「えっと、この前話したラノベの新刊……」
「異世界転生ものだっけ? 好きだよねー」
「……うん」
悠里の言葉に気の効いたことも言えなくて、小さく頷くだけ。本当はもっと話したいけれど、悠里は一緒にいた友達と他の話題を話し始めている。
(今は、違うよね。二人っきりになれたら……)
そう思いながらポケットの中に忍ばせたシールに触れる。ほとんど信じていないのだけれど、それでも彼女に夢中になったボクは、藁にもすがる思いでそのシールを使うことに決めたのだ。
………………。
『上書きシールを使ってみませんか?』
ボクの下駄箱に入っていた手紙は、そんな一言から始まっていた。
『上書きシールは魔法のシールです。
あなたには好きな人がいませんか?
このシールに恋人と書いて、相手の肌に貼れば、その相手は恋人になります。
シールを貼られた人とあなたは、あなたの望む関係になれるのです。
恋人は勿論、婚約者でも、家族でも、ペットでも、性奴隷でも。あなたの思うがまま、望む関係を書いて、相手の肌に貼ってください。
一度貼ってしまえば、たとえシールが剥がれたとしても、もう二度とあなたとの関係は変わりません』
手紙の入っていた封筒には、手の平サイズくらいの小さなシールが同封されていた。
ボクの指先は少し震えていた。
普通に考えれば、こんなのは冗談みたいな悪戯だ。でもボクは、このシールの話を悠里に教えてもらったことがあったのだ。
「ねぇ旭、魔法のシールって知ってる?」
悠里がそんな噂話をしていたのは、もう何日か前のことだ。
いつもの教室での他愛もない雑談。悠里はボクの前の席に座っていた。
「上書きシールっていうらしいの。何でもね、そのシールがあれば、好きな人と恋人になれるそうなんだ」
「へぇ……」
「あれ? あんまり興味ない?」
悠里の言葉にその時のボクは頷いて返した。あくまでも噂だし、いかにも恋愛脳な女の子が考えたような、ありきたりな話だったからだ。
「そっか。旭はラノベとか好きだから、こういう話に興味あるかもって思ったんだけど、失敗だったね」
「天塚さんは興味あるの?」
「うん? んー、そうだねぇ、私はそういうのはけっこう好きだよ」
「そう」
「旭はさ、そんなシールが手に入ったらどうする?」
「ボクは……」
少し考えて、目の前にいる彼女を見てみる。純真無垢な笑顔を向けて、ボクに微笑んでくれる悠里。彼女の唇を見てしまって、ちょっと恥ずかしくなる。
決まってる。たぶん、ボクはそんな魔法みたいなシールがあったら、彼女に使ってしまうのだろう。
「旭?」
「うん……、よくわからないかな。あんまり想像できないや」
「そっか、残念。私だったらすぐに使っちゃうと思うんだけどなぁ。ほら、アイドルとか俳優とか、誰とだって付き合えるんでしょ?」
「……そう。そうだよね」
「おいおい、そんなこと言ったって、悠里には必要ないだろ」
ボクたちの話を聞いていたのだろう、彼女の友人が口を挟む。
「悠里、サッカー部の相馬に告られたんだろ? 噂になってるよ」
「ほんと!? 困るよ、それ」
悠里が「あちゃー」なんて額に手を当てる。
相馬くんはクラスメートだ。長身で人当たりもよく、友人も多い。サッカー部でもレギュラーになっているし、次期キャプテンなんて言われている。
そんな彼と悠里なら、確かにお似合いだろう。
「……付き合ってるの?」
「ま、まだ付き合ってないよ。考えさせてって、保留中!」
「まだってことは、その気があるんじゃねーか」
「うるさい、あっち行け!」
一通り慌てたと思ったら、悠里が友人を追い払う。それからボクに「違うから。付き合ってないから」と何度も念押ししていた。
でも、彼は間違ったことは言っていないのだろう。
悠里と相馬君はお似合いだし、ボクなんかに何かを言う資格なんかない。
そう考えると胸が苦しくて、ボクは自分がどんな表情をしているのかもわからなかった。
………………。
このシールがあれば、この状況をひっくり返せるんじゃないか?
あの日のボクは下駄箱の前、ボクはシールを手に立ち尽くす。
魔法のシールなんて実在はしない、と思っていた。でも、どういう訳か、今はボクの手の中にある。
このシールが本物でも偽物でも、やってみるくらいの価値はあるんじゃないか?
このまま何もしなければ、彼女はきっと誰かのものになってしまうだろう。
ボクには何もできないけれど、シールに願うくらいはできる。
恋人? いいや、もっと大切な関係。
親友? 違う。彼女を手にいれたい。
ならば結婚相手? そんな決まりきった関係じゃない。心から、彼女と繋がりたいんだ。
ボクはシールにペンを走らせる。思いのたけを刻み込んだのだ。
ポケットの中にシールを忍ばせて、ボクはいつものように彼女の少し後ろを歩く。友達と楽しそうに話し、時折ボクにも話題を振ってくれていた。
しかし、これは困った。悠里のまわりには、いつも誰かがいたんだ。
昼食時、休み時間、移動教室、トイレや体育の授業もだ。彼女のまわりには人が絶えない。
ボクだったら黙っていれば簡単に一人になれるのに、悠里はなかなか一人になってくれなかった。
でも、諦めるわけにはいかない。諦めたくなかった。
そんなボクの願いが通じたのだろうか。
来週に迫った生徒総会の資料を運んでほしい、と彼女が頼まれていた。人当たりのいい悠里は断りきれず、一人でプリントを運ぼうとしていたから、ボクが手伝おうか? と声をかけたらすごく喜んでくれた。
「ごめんね、旭。私に付き合わせちゃっって」
「気にしてないよ」
「ありがとう」
夕暮れに染まる校舎の中、少し先を歩く悠里。振り帰りながら歯をみせて笑う彼女は綺麗だった。
このまま教室に帰ってしまえば、もう彼女と二人きりになるチャンスはないだろう。ボクはポケットの中からシールを取り出す。
「天塚さん」
「うん、どうかした?」
「これを……」
ボクは震える手を伸ばすと、彼女の手の甲にシールを貼りつける。悠里は手に貼られたシールを見ると、ふわりと微笑みを浮かべる。そしてーー、
「んっ!」
誰もいない校舎の中、ボクは彼女に唇を奪われていた。
「天塚さん、どうして」
「え? だって、旭は私の一番だから」
「え? え? じゃあ、シールは本物なの? これって?」
「旭が私とキスしたいって思ってたの知ってたよ。ね、今度は旭からシて」
悠里に手を引かれて、ボクは目をつぶる彼女に唇を重ねる。
頭の中は混乱している。シールは悪戯ではなかったのか? 本当に関係が変わる魔法のシールだったのか?
(どっちでもいい。だって、こうして彼女が手にはいったんだから)
悠里と舌を絡めあう。彼女の身体を抱いて、その暖かさや柔らかさで、頭の中がいっぱいになっていった。
「旭、これから先、ずっと私といてくれる?」
「約束する。ボクはずっと悠里と一緒にいるよ」
「うん、約束だよ」
言いながら僕たちは小指を絡める。彼女の笑顔が目の前にあるだけで、ボクの心は満たされていた。
ーーーーーー【Side Change】ーーーーーー
お疲れ様。旭の恋は実ったね。でも、これは魔法のシールを使って結ばれた、恋物語なんかじゃ無いんだよ?
きっとあなたは騙されたよね。ここからは種明かし。
まず前提を覆そう。笹原旭は私にとっての理想の女の子だ。
内向的で大人しく、ライトノベルが好きで、いつも一人でいることが多い。正直、話だってあんまり盛り上がらない。
小柄で気弱で、スタイルだってお子さまみたいで、地味で目立たない幽霊みたいな女の子。
それでも、彼女が不意にみせる優しさや気遣いを知って、徐々に私は惹かれていった。そう、彼女を無茶苦茶にしたいと思った。
私が彼女に恋をしていたのだ。
でも、どうすれば旭は私のものになってくれるだろう?
同じ女の子の旭を犯したいなんて思ってるって知られたら、内向的な彼女のことだ。拒否されるかもしれない。そんなリスクは背負えない。
でも、たぶんあの子も私のことは気になってるんだと思う。これは勘。
だったら、彼女から私に告白させるのが手っ取り早そうだ。その為には、一つ一つ準備をしないとね。
まずは今まで断り続けてきた告白のうち、一つだけを保留にした。相手は誰でもよかったけど、たまたまサッカー部の相馬が告って来たので、都合がよかったから「考えさせて」なんて答えを濁した。
馬鹿だよね。私が彼の相手をするつもりなんて、一切ないのに喜んでいた。
SNSで魔法のシールの噂をでっち上げて、適当に何人かに都市伝説レベルで知っておいてもらう。
エロ同人とか、頭の悪いコメントがあっという間に広がったけれど、冗談みたいな馬鹿馬鹿しい話で、こんなのがあったらいいね、なんてレベルで広まった。
細工が終われば、あとは決まった手順を踏むだけだ。
「ねえ旭、魔法のシールって知ってる?」
ある日の休み時間、私はそんな噂話をでっちあげて彼女の中に刷り込んだ。
ちょうど話していると、話を聞いていた友達が相馬のことを言ってくれた。旭はわかりやすく動揺しているようで、いつも通りを装っていたけれど、表情がひきつっていた。
そんな彼女の様子に、私はゾクゾクする。あぁ、もうちょっとで、たぶん彼女は堕ちるだろう。そう考えると、胸の高鳴りを押さえられなくなりそう。
仕上げは、彼女に魔法のシールを手に入れさせること。
これは簡単。
パソコンでつくった手紙と、ありきたりな無地のシールを一枚。封筒にいれて彼女の下駄箱に入れておいた。
そしたら簡単、次の日、旭はやっぱりソワソワしていた。スカートのポケットを気にしているから、たぶんそこにシールが入っているのだろう。
昼食時、休み時間、移動教室、トイレや体育の授業。旭はずっと私についてくる。いつでも貼ってくれればいいのに、二人っきりを狙っているのかな?
だから私は、狙って彼女と二人きりの時間をつくってあげる。
そうしたら案の定、彼女は震えながら私にシールを貼り付けた。なんて書いてくれたんだろう? 恋人? 親友? ペット? それとも性奴隷? どんな関係でも構わない。だって、することは同じなのだから。
『悠里の世界で一番大切な人になりたい』
シールを読んで私の胸がキュンとした。旭、これじゃあ関係じゃなくて、願望だよ。でもいいよ、旭は私の一番になりたいんだよね?
ひとつ微笑みを返すと、私は我慢できずに旭にキスをした。旭はわかりやすく混乱しているけど、もう逃がさない。
「ね、今度は旭からシて」
私のおねだりにも、旭は積極的に応えてくれる。私を抱き締めて、舌をいれれば絡めてくれる。今なら何でもさせてくれるだろう。
魔法のシールなんて存在しない。
でもね、魔法のシールはこうやって使うんだよ。私との関係を変えてしまった旭は、これから先、もう私からは離れられない。
私の一番大切な人は旭で、旭は変えてしまった負い目から、もう逃げられない。
「旭、これから先、ずっと私といてくれる?」
「約束する。ボクはずっと悠里と一緒にいるよ」
「うん、約束だよ」
私たちは小指を絡めて指切りする。
旭は恥ずかしそうに頬を染めている。そんな彼女を目茶苦茶にできるんだって思って、私は彼女に微笑みかえすのだった。
これは、旭の恋物語じゃない。魔法のシールを使って、一人の女の子を堕とした、私の呪いみたいな恋物語。
初の短編でした。お読みいただきありがとうございました。
感想などありましたら、また教えて下さい。
次回作にむけての参考にさせていただきます。