第1話
その後、負傷した兵達の治療もあり、一行はその近辺でキャンプをすることとなった。兵達は慣れた手つきで簡易テントを次々と組み立てていき、日が落ちる頃には兵達は思い思いの行動を取っていた。
そして一際大きなテントがあった。それは聖女専用のテントであり、その中ではティシミアが俺に尋問を開始していた。
「――で? どういうわけ? なんであんたがここにいんの?」
彼女はギロリと睨みながら問い詰める。
「え、ええと……なんでって言われても……」
それは俺が聞きたいくらいだ。なぜ俺はここにいるのか。哲学的な意味ではなく、物理的に。
俺が答えに詰まっていると、ティシミアは頭を抱えて座り込んだ。
「マジで最悪なんだけど……。なんであっちの世界の奴が……しかも、よりにもよってあっちのアタシを知ってる奴が来てんのよ……」
なるほど、今は聖女ティシミアではなく勅使峰聖璃のようだ。この場には俺しかいないから存分に本性を出しているのだろう。
「……それを言うなら、なんで聖璃さんもこんなところにいるんですか。しかも聖女なんか呼ばれたりしてさ。聖璃さんもなんかノリノリでしたし?」
「あーもう言うな。それを言うな。アタシだって思い出したら恥ずかしくなってくるんだから……」
「なんで恥ずかしいのに聖女をやってんすか……」
「アタシだって好きでやってるんじゃないんだから。昔から魔力が強かったから聖女聖女言われてさ。ちっちゃい頃から“聖女とは!”みたいなことを叩き込まれて来たんだからその通りするしかないっしょ。じゃないと、アタシ怒られ損じゃん」
「なんか、俺のイメージの中の聖女像と違うんだけど……」
俺が呟いたその言葉を、聖璃さんは「そりゃそうでしょ」と一刀両断する。
「聖女っつってもアイドルみたいなもんだって。分かる? 偶像よ偶像。ほとんどの人はアタシが酒もタバコも無関係だし、下手すりゃオナラもしないなんて思ってるわけよ。そんなわけねぇだろっつーの。なんならビールがぶ飲みすればゲップも出るわ」
「あーもうむちゃくちゃだよこの聖女様」
絶賛スパークする聖女様。理想の聖女を演じようとするあまり、本性隠しすぎて色々鬱憤が溜まってんだろうなぁ。
そんな中、ふと気になる言葉が。
(……ん? ちっちゃい頃から……?)
解せぬ。その言い方では、この剣と魔法のビックリワールドで幼少期を過ごしたってことになるわけだが、しかし聖璃さんは現実で生きていて働いてもいるわけで……。
とりあえず、聞いてみることにした。
「……聖璃さん?」
「ん?」
「あの、ちっちゃい頃から過ごしたってのは……どゆこと?」
「え? ……あー、そっか……言ってなかったね……」
聖璃さんは口が滑ったとばかりに、困ったように視線を泳がしていた。
何か事情があるようだが、こうして言いにくそうにされると逆に気が引ける俺はたぶん紳士の素質がある。
「す、すみません。言いにくいなら無理して言わなくても……」
「いやいや、言いにくいってわけじゃないんだけどさ……。アタシ、元々こっちの世界の人間なんだよね」
「元々こっちって……夢の中?」
「は? あんた何言ってんの?」
「いやだから、ここは夢の中の世界だから……」
「夢の中なわけないじゃん。紛れもなく、ここは現実……まぁ、あんたからすればもう一つの現実ってところかな。いわゆる、異世界ってやつ」
「異世界……っすか……」
改めて言われると、全然ピンと来ない。
そんな俺の心境を知ってか知らずか、聖璃さんは無理やり話を締める。
「とにかく、このアタシがこの世界で生まれたって言ってるんだからそれ以上の証拠はないじゃん。あんたが信じようが信じまいが、その事情は変わらないってこと。わかった?」
「わかったような、わからないような……。百歩譲ってここが現実の異世界だとして、それなら、なんで聖璃さんは俺の世界にいるのさ。やさぐれたOLまでしちゃってるじゃないですか」
「……まぁ、事情があるんだよ」
「事情?」
「……」
聖璃さんは複雑そうな表情のまま、何も言わなくなってしまった。その表情の意味は、俺にはわからない。ただそこには、並々ならぬ事情がある気がした。なんとなく。
しばらく黙り込んだところで、聖璃さんは「とりあえず」と再び口を開いた。
「とある事情で、アタシはあんたの隣に住んでるってこと。ただのOLとして。剣も持たずに。酒飲んで。タバコ吸って。鍵なくした間抜けな少年を笑って。最高だね」
「素性が信者に知れ渡ってしまえ」
「バラしてもいいけど誰も信じないって。アタシのキャラ設定は完璧だし」
「ぐぬぬ……!」
なんと憎らしい聖女だろうか。しかし確信した。目の前にいるこのとんでもねぇ聖女詐欺の聖女は、間違いなく聖璃さんだ。それがわかっただけでも良しとしよう。
「……あ、そうそう。忘れるところだった」
突然聖璃さんは何かを思い出す。
「あんたさ、さっきのドラゴンの時、どうやったの?」
「どうって……」
普通に走って、普通に跳んで、普通に踏みつけただけである。なんら難しいことはしていない。だからこそ説明のしようもない。
「あんなこと、人間じゃ絶対無理だし。あんたさ、ホントに人間なの?」
「人間だよ! ……たぶん」
「ふーん……。まぁそれは別にいいんだけど。それより、うちの軍師がね、あんたを仲間にしたいんだって」
「え?」
「仲間ならないか? っていうスカウトってこと」
要するに、天界軍たるものに入らないか、ということのようだ。それはつまり、戦って欲しいってことか?
それは、やっぱり怖い。ヘタレに思われるかもしれないが、怖い。
「……いやでも、俺、未だに何がなんやらわかんないし……」
「じゃあ断っとくね」
「いや早ッ! そんなにアッサリ諦める!?」
想像以上に聖璃さんが早く諦めてしまい変な声が出てしまった。
「アタシだって、この世界のいざこざにあっちの世界の人を巻き込むのはどうかって思うし。アタシだったら、絶対嫌だし……」
すると聖璃さんは表情に影を落とした。
「……それに、曲がりなりにも戦争だしね。アタシ、いちおうこっちでは聖女って言われてるじゃん? ホントはそんな自覚なんていまいちないんだけどさ。アタシが思う聖女様なら、きっと、あんたを巻き込もうとしないと思う。絶対に」
「聖璃さん……」
「だからさ、あんたは早く向こうに帰りなよ。いつまでもこっちにいたらまたスカウトされちゃうし。それに、アタシだってなんかやりにくいし」
「……」
それは聖璃さんの不器用な優しさかもしれない。確かに性格には多少難はあるが、今の彼女は、少しだけ本物の聖女に思えた。
しかし彼女の申し出について、俺には思うところがあった。
「……聖璃さん、俺……」
「もういいって。無理しなくてもさ。だから――」
「――違うんだよ、聖璃さん」
俺の言葉に、聖璃さんは少し面を食らったように言葉を失う。
「……聖璃さんが俺のことを巻き込まないようにしたいって気持ち、ホントに嬉しかった。でもさ、そういう話じゃないんだよ。もっと根本的なことを、俺の気持ちみたいなの、聖璃さんはわかってない」
「……え?」
彼女は少しだけたじろいでいた。
そんな彼女に告げる。
「聖璃さん、俺……」
「う、うん……」
「――……帰り方、わかんねぇっす……」
「……」
時が止まった。
そして……。
「……あんたさぁ、ホント……ないわぁ……。いやホントに……ないわぁ……」
聖璃さんはなぜか至極残念そうに座り込む。
「いやいや、マジで知らないから。どうやって帰るか知ってます?」
「さぁ。知ーらなーい」
「あ! それ絶対知ってる感じ! 教えてください聖女様!」
その後、めちゃくちゃ不機嫌となった聖女様に頼み込み、何とか元の世界への帰り方を教えてもらったのだった。