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第5話



 その日の夜、眠っていた俺を襲ったのは不思議な浮遊感だった。

 この感覚には覚えがある。ありまくる。


(これ……まさか……)


 一度だけ深呼吸をして、ガバッと体を起こすと同時に目を開けた。

 そこは草原。涼しい風が通り抜ける、なだらかな丘の上。何とも心地よいが、少なくとも俺の部屋ではない。


「クソ! またかよ!」


 慌てて立ち上がり周囲をギュインギュイン見渡す。どうやら前回のような猛獣はいないようだ。とりあえずは一安心だ。

 しかし、久しぶりである。まったく嬉しくないが。

 リュゼは何やら不吉なことを言っていたが、ここ二週間音沙汰ならぬ夢沙汰もなかったから完全に油断していた。

 とは言え、もうこっちに来てしまったから仕方のない。


(……で? 俺、何すればいいんだよ)


 そこである。リュゼの言葉を真に受けるなら、ラグナロクなるものを見届けるなければならないらしいのだが……どうすればいいのかまったくわからん。ノーヒント過ぎる。

 って言うか、前回は密林で今回はなだらかな丘の上ってのはどうなっているのか。状況が全く異なるではないか。まさか、毎回ランダム仕様なのか?

 そもそもの話であるが、どうして俺はこんな夢を見ているのだろうか。それも、二度も。

 誰かが見せているのか? しかし、夢を操るなんてどんな技術なのか。第一これは本当に夢なのだろうか。目の前に広がる景色も、小鳥の囀りも、若草の香りも、地面のひんやりとした感触も、どれも本物そのものである。到底夢とは思えない。


「……ダメだ。まったくわかんね」


 状況を分析するには、明らかに情報と俺の頭が足りなさすぎる。これでは時間の浪費でしかない。

 考えることを止めた俺は改めて周囲を見渡してみた。すると少し離れたところに、人工的な建造物が並んだ地区が見えた。あれは、おそらく街だろう。

 どうするか悩んだが、ここにいても仕方がない。その街へと向かうこととした。

 寝間着のままなのは少し恥ずかしいところがあるが、着替えなぞあるはずもない。この際諦めるとして……。


「……あれ?」


 そう思いながら自分の体を見ると、なぜか服が変わっていた。

 前回は全編寝間着でお送りしていたにも関わらず、なぜ今回だけ。しかも、ザ・旅人って感じの服である。ちょっとだけカッコいい。

 さすがに意味不明であったが、それを言うならこの世界にいる段階で既に意味不明である。もはや俺にとって服が変わってるなど些細な問題でしかない。って言うより、むしろ好都合。

 気を取り直した俺は、改めて街に向けて歩き出した。



 ◆



 街の中は人で溢れていた。

 高い建物なんてものはないが、石畳の幅広い通路の両脇には所狭しと建物が並び、露店なんかも多数出ていた。人々の往来は多く、実に活気がある。

 正直に言えば、人じゃなくて異形の怪人の街だったらどうしようとか、言葉が通じなかったらどうしようとかそういう不安はあった。だが街を歩く人たちは極普通の人であり、なぜか言葉も分かる。これぞご都合主義か。

 しかし、いざ街に来たはいいが非常に困った。こっからどうすればいいのやら見当も付かない。


(まあ時間はあるし、何か手掛かりでも探しながらプラプラと……)


 ……そういえば、時間だ。根本的に、時間の流れはどうなっているのだろうか。

 考えてみたら、俺はどうやってこの世界から帰還するのだろうか。前回は勝手に目が覚めたのだが、果たして今回も同じようになるのだろうか。こっちで数日過ごして、目が覚めたら同じく数日経ってたなんて洒落にならん。バイトもクビになるかもしれん。


「――行軍だ! 天界軍の行軍だー!」


 ふいに遠くからそんな声が響いた。

 それを聞いた街の人達は、にわかにざわつき始める。


(行軍? 軍隊がいるってことか? ……っていうか、天界軍?)


 何たるファンシーなワードだろうか。

 天界軍と言うくらいだから、イメージ的に兵士達は翼が生えてたり頭上に光の輪が浮いてたリするのだが……。

 正直、かなり気になる。

 見れば街の人達は一斉にどこかへと向かい始めていた。こいつら、俺と同じく野次馬根性に満ちた人達と見た。ついて行けばその天界軍の更新とやらも拝めるだろう。

 いそいそと、俺も彼らに続いた。


 反対側の街の入口付近に辿り着くと、見事な人だかりができていた。

 その集団に紛れ込み、人波の奥を覗く。そこには、甲冑を着た兵士達が馬車を引き連れ歩いていた。ある者は剣を携え、またある者は槍を持ち、またまたある者は先端に丸い宝石が付いた杖を持っている。

 こうして軍隊的なものを間近で見るのは初めてであるが、中々どうして全員屈強な体をしているではないか。表情だって引き締まってるし、鎧の隙間から見える肉体は見事に筋肉隆々である。あんな兵士達に武器を突き付けられたら秒で降参する自信がある。

 しかし、どうやら兵士達をまじまじと見ているのは俺だった。

 俺以外の野次馬達は、全員行軍の後ろを見つめていた。何かを待っているようだ。先ほどから口々に「聖女」という言葉が聞こえて来る。


(聖女……?)


 すると突然、人だかりは歓声に包まれた。


「聖女様の馬車だ!!」


「うおおおお!! 聖女様ぁぁ!!」


「お顔を見せてください!!」


 割れんばかりの歓声は渦となり、耳の中でハウリングを起こす。

 耳を押さえながら、民衆が熱い視線を向ける方向を見た。

 どうやらそれは、白い馬に跨った一人の女性のようだ。

 全身を輝く白銀の甲冑で包み、身の丈程の巨大な剣を背負う。黄金色に光る長髪は優しく風に靡き、美しい表情の中にも凛とした風貌も兼ね備えていた。

 何と言うか、兵士の中にして異質な存在感があった。実写の中にいるアニメーションのような、そんな、まるでこの世の者ではないかのように、彼女だけが別次元にいるという錯覚さえも覚える。

 彼女の姿が近付くと、民衆のボルテージは更に上がった。


「聖女様ぁぁぁぁ!!」


「天界をお救いください!! 聖女様!!」


「聖女ティシミア!! 万歳!!」


 さっきよりも耳が痛い。どうやら、彼女はティシミアという名前らしい。 

 するとティシミアと呼ばれる彼女は馬を止め、民衆に手を振った。


「……皆さん、声援ありがとうございます。私は、ティシミア……聖女ティシミア。必ずや、魔界に住まう魔王を討ち滅ぼし、この世界に恒久の平和をもたらすことを誓います!!」


 彼女の言葉で、熱狂は最高潮となった。それにティシミアは笑顔で手を振って応える。

 何と言うか、世界的アイドルのライブ会場を見ているかのようだ。


(しっかし、聖女さんも役者だな。あんな言葉を恥ずかし気もなく言うとは……俺なら無理だ)


 とは言え、それは俺の世界での尺度に過ぎない。こっちでは当たり前なのかもしれない。


(……んんん?)


 何と言うか、さっきから気になっていることがあった。

 あの聖女ティシミアという女性……どこかで、見たことがある気がする。


(どこで見たっけ……。リュゼじゃないし……うーん……)


 極々最近見た気がする。そしてあの声も、聞いたことが……。


(……おぉう!? ちょ、ちょっと待て! い、いやいや! いやいやいやいや……でもでも……!!)


 ようやく誰か分かった。分かったが、それを受け入れるわけにはいかなかった。だって意味不明だし、より一層わけが分からん。全然別人だし、あんな透き通るような声じゃなかった。

 ……でも、確かに似ている。いや、似ているどころではない。見た目だけで言えば、本人そのものだった。


「……なんで聖璃さんがこんなところに……???」


 群衆に手を振る聖女……民衆から崇め奉られ、神のように拝まれる白銀の女騎士……。

 聖女ティシミアは、勅使峰聖璃と瓜二つであった。



 

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