第3話
気が付けば、朝になっていた。
周りを見渡しても、そこはアパートの中。密林も化物もリュゼとかいう不思議ちゃんも、まるで全て幻だったかのように消え去り、当たり前の現実がそこにあった。
「……なんか、すげえ疲れた気分」
心なしか体が怠く感じる。しかし、逆に言えばその程度でしかない。
あの世界で化物から逃げるために全速力で密林を駆け抜けたが、体に乳酸が溜まってるような感じはない。あれが現実ならば、もっと疲労があるはずだ。
(ってことは、やっぱり夢か)
良かったようなもったいないような……複雑な気分だ。確かに死にかけはしたが、リュゼと世界を見下ろした時の感動は今でも鮮明に覚えている。あれほど心を揺さぶられた景色は、未だかつて見たことがない。あれが全てなかったことにのるのは、やっぱりもったいない。
……しかしまぁ、いつまでも夢にこだわるわけにもいかないだろう。
現実的な話として、バイトをしなければ生活はできない。
こだわることをやめた俺は、いそいそと身支度を始めた。
◆
俺が見事面接をパスをしたアルバイト先は、なんてことはない、街の小さなコンビニである。
しかしながら侮ることなかれ。このしがないコンビニ、俺的には絶妙な店であった。
家から徒歩十五分というそこそこの近距離。事前のリサーチの結果、客が多いわけでも少ないわけでもなく、そこそこの繁盛っぷり。店長は年配の太った白髪のおじさん。そんな風貌の人は人格者だと相場は決まっている。おまけに店員募集中とあって、入居前に面接をしたところあっさりと採用された。
これぞ、俺のリサーチ力の勝利。
そして今日は、そのコンビニにおけるアルバイト初日。
「ィラッシャッセぇ……」
お客さんが店に入ると、隣に立っていた太った茶髪のお兄さん店員はもう見るからにヤル気の欠片もなく挨拶をする。
そしてお客さんがレジに来ると、その店員さんはこれでもかと言わんばかりにかったるそうにレジ業務を行う。とは言っても、やはり慣れている。ヤル気こそないが、手際は実に見事だった。
「ァッシタぁ……」
トドメに一切合切感謝するつもりもない言葉を放って終了。
彼は樋口祐太郎さんである。この店のバイト歴も長いらしく、年齢は三十代だとか。店長が言うには、俺が勤務する時は基本的にこの樋口さんとペアになるということなのだが……新参者の俺がこういうことを言っては何だが、めちゃくちゃ不安であった。
「……こんな感じでやればいいから。わかった?」
「う、うす……」
わかったと言うかわかりたくないと言うか……。
「最近引っ越して来たんだっけ?」
「ええ、まあ。昨日から」
「夢の独身生活ってわけだ。まあ、楽しいよな。最初は」
最後の言葉にやけに重みを感じるのはきっと気のせいだろう。
しかしこの樋口さん、仕事に対してはヤル気ないが、けっこうグイグイ来るタイプであった。
「大学生?」
「いや、大学は行ってないんす」
「じゃあニートか」
ズバリ言われると心に刺さるものがあるが、否定のしようがないため肯定する。
「そういうことですね。樋口さんは?」
と聞いた後に、死ぬほど失礼な切り返しだったと後悔する。
「俺? いや俺、ニートじゃないから」
いや、確かアルバイトのはずだが……。
「副業的なものですか?」
「まあそんなところ」
「へぇ~……本業はどんなお仕事を?」
「動画配信」
「マジっすか? 自分で動画作ってるってことっすよね?」
驚く俺を見て、樋口さんは気分を良くしたようだ。勤務中であるにも関わらず平然とスマホを取り出し、某有名動画サイトを開く。そして、とあるページを俺に見せて来た。
「これ、俺のチャンネル。登録よろしく」
「あ、はーい……」
登録って言っても、別に俺は動画見たりするタイプではない。しかしまあ気になるっちゃ気になる。
配信者名は……『☆MASAKI☆』?
……胡散臭い。胡散臭いぞ樋口さん。さっきも言ったが、彼の本名は樋口祐太郎……ものの見事に本名と配信者名が一文字すら合っていない。
だがもしかしたら、俺が知らないだけで割と人気なのかもしれない。
ちょうど休憩時間となったので、裏に入り、件の動画リストを開いてみた。
ポリシーなのか、どの動画でも樋口さんはサングラスと赤いキャップ帽を着けていた。そして動画を確認する。
『うま〇棒を百本買ってみた』
うま〇棒をひたすら食う動画のようだ。半分も食いきれず終わっている。
『一人焼肉食い放題に行ってみた』
焼肉をひたすら食う動画のようだ。特に何かを話すこともなく、淡々と焼肉を食っている。
『ボーリングでターキー出すまで帰れません!』
ターキーを目指しひたすらボーリングをする動画のようだ。結局三ゲームで「もう無理」と言って帰ってる。ターキーどころかダブルすらも未達成。
悲しいかな、アップされた動画は思いのほか多かったが、どれも再生数が二桁以下である。
「……」
……なんか、凄い闇を見た気がする。
俺は動画に詳しいわけではないが、これで広告収入があるのだろうか。おそらく、ない。ともすれば、とてもとても本業とは言えないはずなのだが……。
しかし考え方を変えれば、本当に凄いことなのかもしれない。自分の力で動画制作に取り組んで、それをアップロード。口先だけではなく、本当にそれを実行している。再生数だけ見れば結果が出ているとは言い難いかもしれないが、夢に向かって動いているのは確かだ。妙な偏見を持つべきではないのかもしれない。
ちょっとばっかし反省したところで休憩時間は終わる。そして、店頭へと戻った。
「動画、どうだった?」
樋口さんは機嫌よさげに聞いてきた。
「見ましたよ。いやぁ……なんというか……」
率直に言えば、コメントに困る。しかし嬉しそうに俺の言葉を待っている樋口さんを見ると、何も言わないわけにもいかない。
「……凄かったです。ああやって動画を配信している人、今まで身近にいなかったので」
「だろだろ!? まあ確かに今は無名だけど、いつか必ず有名配信者になってやるからよ。そん時はサインやってもいいぜ?」
「あ、ありがとうございます……」
その後、樋口さんはその胸に秘めた熱い野望を延々と、そして饒舌に語るのだった。仕事そっちのけで。