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第2話



 気が付くと、妙な浮遊感が纏わりついていた。まるで波に揺られる船の上にいるかのように、ゆらりゆらりと体が傾く。

 断っておくが、俺は乗り物が得意ではない。運転の意味合いではなく、体質的な意味合いだ。


(……気持ち悪い)


 徐々に吐き気を催してきた。このままでは自宅にいながら乗り物酔いをするというワケの分からん事態に発展しかねない。

 諦めた俺は目を開け、体を起こした。


「何なんだよ、ホント……」


 急な発熱だろうか。しかし体に怠さはない。体温が高い感じもないし、寒気も鼻水もない。もしや未知の病魔に蝕まれたのでは……。

 ……などと考えていたところで、俺の視界はあり得ないもので満たされていた。


「…………は?」


 そこは、密林。ジャンゴー。野太い大樹がひしめくように生え散らかし、地面には見たこともない植物がウヨウヨと。

 そう、地面である。

 寝た時は確かに布団の上だった。高校の時から使っている愛しき枕、敷き布団、掛け布団に包まれ、至福の睡眠に浸っていたはず。

 しかしながら、布団は消え去り、今俺は草むらの上にいる。寝間着のまま、たった一人で。

 周りを見渡しても緑色の景色しか見えない。そこで、一つの結論に達した。


「……なんだ、夢か」


 こんなことが現実にあるはずもない。誘拐にしても密林に放置するだけなど何の意味もない。

 これは夢だ。そうに違いない。いわゆる明晰夢と呼ばれるやつ。夢でも意識がハッキリしてる的な。

 そう解釈した俺は、再び草むらにゴロンと寝転がった。

 木々の隙間から見える空は青く、どこか清涼感を感じる。考えてみたら、こうしてド級の自然の中でのんびり空を見上げることなんてなかなかないだろう。まあ夢ではあるが。

 確かに鳥とおぼしき鳴き声がやけにリアルにギャーギャー聞こえてたり、空に赤い月と青い月が並んでたり、生々しい足音のような振動を感じたりするが、全然気にしない。


(さて、明日はアルバイト初日だから……)


 などと目が覚めた時のことを考えていると、突然真横の木々がメキメキと音を立て横凪ぎに倒れた。そしてそこから姿を現したのは、バカデカイ動物である。

 木の幹並みに太い足は六本もあり、六足歩行。見上げるほどの巨体に体毛だらけの胴体と頭は一体化しており、獣目が四つ。そして巨大な口の隙間から鋭すぎる牙が見えていた。口からヨダレをダラダラ垂れ流し、何やら唸り声を響かせている。

 一見して、到底愛玩動物とは思えない風貌である。動物というか、化物。凄まじい嫌悪感を感じる。超恐い。

 その化物が息をする度に生暖かくて生臭い吐息が顔全体に吹き付けられていた。どうでもいいが臭いぞ化物。

 

「……い、いやぁリアルな夢だなぁ」


 現実逃避のようにそんなことを呟いた瞬間であった――。


「――グォォォォォォォォンッ!!!」


 突如化物の咆哮が轟く。耳をつんざくその叫びに、思わず耳を塞いだがそれでも三半規管が痛い。空気が震え、葉や枝はビリビリと音を出す。そして化物の口から吹き飛ばされた唾液が、俺の顔にダイレクトにかかってきた。

 顔からドロリと落ちる無色透明の粘着液。その液を手で拭うと、まだ暖かい。

 そして、死ぬほど臭い――……。


「本物じゃねぇかよぉぉぉおおお!!!」


 慌てて立ち上がり駆け出すと、化物も走り始めた。木の隙間を縫って走るが、化物は大樹なんてなんのその。道を阻む木々をへし折りながら追いかけてくる。真横に化物が吹き飛ばした木片が降り注ぐ中全力で逃げるが、じわりじわりと追い付かれてきた。

 化物は食事の準備万端と言わんばかりに、既に走りながら大口を開けている。

 あ、これ死んだ――。

 そう思った瞬間である。

 突然空が眩く光り、それに続いて落雷が化物を襲った。


「グギャォォォォォォ!!!」


 断末魔と共に黒焦げになる化物。

 そして巨体は、地響きを起こしながら地面に伏した。

 腰を抜かした俺は、震えながら様子を伺う。化物はピクリとも動かず、本当に死んだようだ。

 

「……し、死ぬかと思った……」


 どうやら、助かったらしい。

 安堵した途端全身の力が抜け、崩れるようにその場に寝そべる。

 正直チビるかと思った。思っただけ。ホントに。漏らしてないから。マジで。

 それにしても、あのタイミングで雷が落ちるとは。しかも化物に直撃するなど何たる強運だろうか。これも全て日頃の行いの賜物かもしれない。大したことはしてないけど。これからは毎晩神様に感謝して寝よう。忘れてなければ。


「――ほほぉ。これはこれは」


 ふと、上から声が聞こえた。

 薄く目を開けると、俺の頭付近に誰かが立っていた。すぐさま体を起こし両目を見開く。

 そいつは、小さな少女だった。

 長い三つ編みの白髪で、白い布のようなものを体に巻いている。服なのだろうか。裸足のままであるが、見えるその肌は雪のように白く傷ひとつない。

 見た目は十代前半くらいだろうか。だがまるで大人のような妖艶な笑みを浮かべ、俺を見ていた。

 少女はクスクスと笑いながら口を開いた。


「散歩中に化物が暴れておって来てみれば、実に珍しいものが見れたわぃ。坊、お主、《《あちらの世界の者》》かぇ?」

 

「あちらの世界……?」


「まぁ、そのような突拍子もないことを聞かれても困るじゃろうな。仕方あるまいて」


 何やら一人で納得している様子の少女。ワケが分からんが、口振り的にこの子はここがどこか知っているようだ。

 藁にもすがる思いで、俺は少女に聞いてみた。


「あ、あのさ! ここどこ!? さっきの化物なに!?」


 しかし少女はゆったりとした口調で「落ち着くのじゃ」と呟く。


「どうやらまだ整理がつかんようじゃな。とは言え、この広い世界でこうして出会ったのもまた運命じゃろうて。それに、ワシもちょうど暇をしておったところじゃ。どれ、一つ《《いいもの》》を見せてやろう」


 そう言うと、少女は手を翳してきた。すると俺の体は光に包まれる。ほんのりと温かく、どこか優しい。

 続いて少女の体も光に包まれると、俺と少女の体はふわりと宙に浮いた。


「お、おぉぅ!? 浮いてる!? 俺浮いてんだけど!?」


「騒ぐな坊や。それに浮いておるのではない。浮かしておるのじゃよ。……それ」


 彼女が合図すると、そのまま俺達は地上から離れ上空へと昇る。そして密林の大樹がモザイクのように小さくなったところで、ようやく止まった。


「ちょ、ちょっと! 何なんだよこれ! これ落ちないか!? 大丈夫なのか!?」


「落ち着け坊。ワシの魔法を信じよ」


 今魔法と言ったのか? 言った気がするが、聞かなかったことにしよう。これはやっぱり夢だ。そうに違いない。

 俺が必死に自己暗示していると、少女は前を指差しながら告げる。


「坊、見よ。これが、この世界じゃ」


 少女に促され、改めて下界を見下ろした。

 遠くに見える険しい山々と、それを取り囲む緑の樹海。海は青く、大地は優しい。遠くには建造物の集落も見える。空の青さは際限もなく、輝ける太陽と青と赤の双子月。白い雲は風に流され形を変える。空も、大地も、海も、全てが俺の知ってるもの違って見えた。似ているけど、違う。

 目の前に広がる世界は嫌になるくらい鮮やかで、神々しかった。見ているだけで自然と涙が落ちる程、その世界は、どこまでも美しかった。


「……何を泣いておるのじゃ?」


 少女はからかうように言ってきた。慌てて涙を拭うと、彼女はケラケラと笑う。


「そこまで感動されると、見せた甲斐があったというものじゃ」


「……恥ずかしいから誰にも言わないでくれよな」


「ワシが誰に言うと思うのかぇ? ……しかし、なるほどのぉ。どうやらお主は、他とはちと違うようじゃの」


「変わり者って言いたいのか?」


「誉めておるのじゃよ。ワシはお主に興味を持ったわ」


 すると少女は、どこか満ち足りたように俺を見てきた。


「坊、名乗ることを許そう。言うてみよ」


「名前? 洛内(らくな)(りく)だけど……」


「リク、でいいのかぇ?」


 俺が頷くと、彼女は微笑んだ。


「そうか。リクや、心して聞くがよい。ワシの名は、リュゼニウル・アニムリュイム・スティルイデ・ウル・ゴッツォーじゃ」


「いや長ぇよ。覚えられるかよ」


「ワガママじゃのぉ。ワシが名乗るなどどれほど稀有なことと思っとるんじゃ。まぁよい。それならばリュゼと呼ぶがいい。……さて、リクや。おそらくお主は、これから複雑な運命に翻弄されるであろう」


「待て待て待て。何勝手に意味深的なこと言い出してるんだよ。さっきからちっともワケが分からんぞ」


「その意味はそのうち分かるじゃろうて。この世界は今、歴史の変わり目に差し掛かっているところじゃ。近い将来、最終大戦(ラグナロク)が起こるじゃろうて。お主はワシの目となり、その結末を見届けよ」


「ラグナロク? 見届ける?」


「いずれ分かる。そのために、お主にワシの力の一部を与えよう」


 そして彼女――リュゼは、俺の頭に手を伸ばす。そして指先で額を一度つつくと、一瞬痛みが走った。


「痛ッ!? 何したんだよ!」


()()()()()じゃよ。さてリクや。今日のところは帰るがよい。また会おうぞ」


 リュゼは勝手に話を締め始めた。


「え!? お、おいちょっと待て!」


「では、さらばじゃ……――」


 すると突然意識が遠退きはじめ、俺の意識は、静かに暗闇に落ちていった。



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