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第5話



「――……こ、こちらの世界の……紅茶です……」


 魔王さんは直々に紅茶を淹れて持って来てくれた。


「ありがとうございます。……あ、美味しいですね、これ」


「……」


 彼女は少し離れたところに座り、チラチラとこちらを見ていた。

 どうやら何か言いたいことがあるらしい。


「……ええと、どうかしました?」


「い、いえ……。こっちの世界で、私と同じような人と会うなんて思わなくて……。わ、私はかなり驚いているんですけど……あなたは、あまり驚いていない……ようなので……」


(そりゃまあ、驚いてるよ。驚いてはいるけど……)

 

 前段階で既に聖璃さんと遭遇していた俺には、どうやら抗体ができていたようだ。そこまでの衝撃はない。


「じゅうぶん驚いていますって。……あの、聞いてもいいですか?」


「は、はい……」


「いつからこっちの世界に?」


「す、少し前から……です……。ちょうどあのアパートに、引っ越して来て……眠っていたら、こちらの世界に……」


(俺と一緒ってわけか……)


 しかしなんちゅうアパートだ。この短期間で俺と魔王さんが異世界に来たわけだし、これまで相当な数の住民がこっちに送られてるんじゃねえのか。もういっそのこと『異世界に行けるアパート』で売り出すのはどうだろうか。たちまち人気殺到だぞこれ。家賃百万円でも人が押し寄せるかもしれん。むしろアパートごと買い取られそう。


「……あ、あの……ええと……」


 彼女は何かを話そうとしていたが、なんて呼べばいいのか分からないようだ。


「洛内陸です。陸でいいですよ」


「あ、ありがとう。……陸、くん?」


 ……うむ、良い。この魔王さん、自分が十分すぎるくらい美人だって自覚があまりないのかもしれない。そんなザ・魔王な恰好のまま上目遣いで名前を呼ばれるとは、まさに至福。


「わ、私は……明日多(あすた)(かさね)です。陸くんは、いつから……?」


「先月くらいですよ。同じく、寝てたらいつの間にかこっちに来てたって感じ」


「そう、なんだ……」


 さて、お互いの距離感を探るのはこれくらいにしておこう。

 本題に入ることにした。


「……累さんは、どうして魔王になってるんですか?」


「そ、それは……ええと……」


 この明日多累さんという御人、かなりの口下手だった。そこからしどろもどろになり、説明は右往左往のうえ七転八倒。もはや一人では詳細に語るのは無理であった。

 よって俺は華麗なアシストに回ることに。彼女の言葉を聞き取りながら、更に質問し補填する。ばらばらだった話のピースを一つ一つ形にしていくこと早一時間。

 彼女によれば、つまりこういうことのようだ……。


 ……初めて異世界に来た時、彼女は不運にもここ魔界に降り立ち、更に偶然にもそこでダンゴくんと遭遇。一時は囚われの身となった。だがこれまた偶然そこで彼女に類稀なる魔法の才があることが判明し、ダンゴくんにより魔法の教授を受けることに。

 その目的は、当時の魔王を討ち果たすため。

 当時魔界を統べていた魔王はそれはもう極悪非道のクソ野郎であり、そのせいで全魔族の反感を買っていた。だがその強大な力の前に、皆嫌々ながらも従っていたため、彼女にその魔王を退治してもらおうとしたわけだ。

 紆余曲折ありながらも、彼女はなんとか前魔王を撃破。魔界には魔王を倒した者が次の魔王になるという風習があったことから、本人の意思とは無関係に、真魔王へと就任するに至ったのだった。


「……こういうことですか?」


 彼女は少しだけ恥ずかしそうに頷いた。

 何とも不憫な話ではないか。しかもおそらく、彼女は頼まれたら断れないタイプなのだろう。こんな格好までさせられて、もう後に退けない状態となっているに違いない。


「それはそうと、どうしてこの城には誰もいないんですか? 兵士くらいいても良いはずなんですけど……」


「そ、それは……みんな、家に帰れていなかったみたいで……家に帰りたいって言ってたから……」


「……それで全員帰したら、一人もいなくなったってことですか?」


 彼女は困ったようにはにかんで頷く。

 どうやら前魔王軍ってのは相当なブラック企業……もとい、ブラック組織だったようだ。魔王のために休みもろくになく、長時間労働を強制され虐げられていたのだろう。しかも労働内容は人間界だか天界だかの兵士や英雄や勇者相手に戦いを挑まねばならない業種であり、高確率で討伐されてしまう。

 無理やりやらされ、家にも帰ることができず、しかも死ぬかもしれない。

 現代社会であれば十分過ぎるほどの労基案件である。むしろ経営者が逮捕されるか、更に言えば、経営者が月のない夜に恨みを持った人物から闇討ちされても可笑しくはないレベルだ。ニュースに載ればコメンテーターや世論から総バッシングされること必至だろう。

 これまで魔王のために勇者達と戦った魔族達も、心の中では勇者達を切実に応援していたに違いない。もしかしたら、アニメや漫画、ゲームの中で主人公勢力に対して油断したり手を貸したり余計な情報を与えたりする敵がやけに多いのは、そういった醜悪な労働環境が影響していたのかもしれん。潜在化された魔族界隈に蔓延るどろっどろの深淵を垣間見た気がする。まさに読んで字の如く、魔界。世知辛いぞ、魔界。

 それにしても、累さんもとんだとばっちりだろう。前魔王の悪政の皺寄せをダイレクトで受けまくっているではないか。これでは流石に不憫で仕方がない。

 俺の哀れむ視線に気付いてしまったのか、累さんは慌てるように補足する。


「で、でも、私一人じゃないから……。ダンゴちゃんもいるし、それと、たまに掃除に来てくれる子も……。あと、外で眠ってるニズちゃんもいてくれて……」


「ニズちゃん?」


「あ、あの……ドラゴンの、ニズちゃん……。ニーズヘッグってドラゴンらしくて……。だから、ニズちゃんって……」


(ニズちゃん……)


 ドラゴンも形無しである。

 しかしそれが本当であれば、現状魔王軍はドラゴン含めたら一人と二匹らしい。一人は掃除に来るって言うくらいだから使用人的な人だろう。数には入れない方が無難だ。

 なんと言うこじんまりとした組織だろうか。少数精鋭と言えば聞こえはいいが、こんな情報が天界に知れたら嬉々として全兵力を送りつけてくるだろう。苦労するのはそのニズちゃんくらいだろうし。午前中には戦いも終わるかもしれん。

 すると彼女は、少しだけ微笑んだ。

 

「で、でも、陸くんが来てくれたから……。同じ立場の人がいるって、やっぱり、心強いし……」


「あー……そうっすね……ははは……」


 ……言えねえ。魔王を見たいがためにテキトーに仲間になるって言ったなんてとても言えねえ。だってこんな状況になってるなんて夢にも思わなかったし。

 とりあえず、しばらくは様子を見ることにしよう。

 

 それからしばらく雑談をしていると、ダンゴくんは戻って来た。


「ゼェ……ゼェ……い、今、戻りましたぞ……」


 疲れ果てまくった様子のダンゴくんに胸が痛む。

 だが彼はすぐさま顔を上げて、累さんに告げた。


「準備は完璧ですぞ魔王様! もうあの山を吹き飛ばして大丈夫です!」


「ほ、本当に……?」


「ええもちろんですとも! 用心のために、奥二つの山もついでに措置をしておりますので、万が一の場合も大丈夫ですよ!」


 このダンゴ虫、仕事ができるダンゴ虫。

 そして累さんは「じゃ、じゃあ……」と呟いて窓際に立ち、右の掌を山に向けた。


(……さて、どんな仕掛けをしたのやら……)

 

 ダンゴくんがこれだけ時間をかけたのだから、おそらく何かしらの下準備をしているはず。確かに前魔王を倒したのかもしれないが、話を聞く限り色んな魔族が協力していても可笑しくはない。ここまで大人しくて臆病な子がそんな大それたことを出来るなんて到底思えないし。

 俺が累さんの様子を見ていると、一瞬だけ彼女と目が合う。彼女は恥ずかしそうに照れ笑いをしていた。

 めちゃくちゃ可愛いじゃないか。聖璃さんに爪の垢どころか爪を丸ごと飲ませてやりたい。絶対聖女と魔王の立場を入れ替えた方がいい。絶対それっぽいから。

 ……と、そんなことを考えていた瞬間だった。

 ズオォォォォォン――ッ!! と。

 累さんは右手から野太い光線を放つ。光線が超高速で山にぶつかるや、数メガトンの爆薬に着火したかのような超巨大な爆発を起こす。衝撃波が山々を伝い、森の木々を圧し折り、上空の厚い雲をドーナッツ状に散らす。散らされた雲の穴からは陽の光が差し込み、その惨状を鮮明に映した。

 山は、完全に姿を変えていた。まるで大きくかじられたおにぎりか。累さんはその手で目の前の景色ごとを変えてしまったのである。見ればダンゴくんが予備で準備したと言っていた後ろ二つの山まで同じ状況となっていた。

 そんな中、累さんは慌てていた。


「つ、強くしすぎちゃった……! ダ、ダンゴちゃん……どうしよう……!」


「大丈夫ですぞ魔王様。落ち着きなされ。あの辺は確認しております故」


「そ、そっか……良かった……。山も、後で戻しておかなくちゃ……」


 累さんが安心する一方で、俺は呆然とその光景を見ていた。


 ……認識を改めようと思う。

 さっきまで好き勝手言っていたが、どうやら俺が勝手な勘違いをしていたようだ。

 本当に累さんが前魔王を倒したのか?

 ……間違いない。倒したのは累さんだ。

 少数精鋭?

 ……そんなレベルの話ではない。

 現状を知れば天界の全部隊が嬉々として攻めて来る?

 ……もしそうなら、あっという間に返り討ちだろう。ドラゴン一匹にあれだけ翻弄されていたところを見ると、強さの桁が違う。桁どころか、次元ごと違う。

 例えるなら、蟻と竜か。

 蟻はいくら数が多くても蟻なのだ。仮に数千、数万の数で襲って来ても、相手が空を飛び火を吹く竜であればそんな数など無意味に等しい。手の届かない上空から火炎で焼き尽くされ、あえなく全滅するだろう。 


「……いかがでしたか?」


 ダンゴくんは俺に尋ねる。


「あ、ああ……。その……ヤヴァいな……」


「そうでしょうそうでしょう」


 俺が精いっぱい絞り出したクソみたいな感想に、ダンゴくんは満足そうに頷いていた。

 そして累さんは、俺の前まで歩み寄る。そのまま頬を少しだけ赤くさせながら、口を開いた。


「……こ、これからよろしくお願いします……陸くん……」


「……こ、こちらこそ……あはは……あはははは……」


 モジモジする魔王様の姿に、俺はもう笑うしかなかったのであった。


 

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