第4話
ダンゴ虫に案内されていた俺は、魔王城の中を歩く。
空が厚い暗雲に包まれているせいか、まるで夜のように暗い。本当に夜かもしれないが。
しかし雰囲気は出ている。薄暗い通路、揺れる松明の灯り、そして、水を張ったような静寂の中で反響する足音……。
(……っていうか、静か過ぎじゃね?)
そこそこ歩いた気がするが、今のところ魔物やモンスターや兵士みたいな当たり前のようにいてもいいような存在とは一度たりとも遭遇していない。それどころか、足音や声なんていう気配すらも感じない。なんかガッカリである。
しかし、もしかしたら当たり前のようにそこにいて、魔王が合図しないと姿を現さない感じなのかもしれん。いわゆる指パッチン召喚だ。それならば話は別だ。ロマンはそこにある。今はそうだと信じよう。
しばらく歩き、とうとう他の城の者と遭遇することのないまま、バカでかい扉の部屋に辿り着いた。
「ここが……」
「そうです。魔王様がおられる部屋です」
ダンゴ虫は改めて俺の方を見る。
「……魔王様に話をしてきます。ここで待っていて下され」
「うっす」
「いいですか? 絶対待っているのですよ? 決して逃げ出すことなく、ちゃんと待っているのですよ?」
念入りに念押ししながら、ダンゴ虫は一人部屋へと入って行った。
残された俺は壁に寄りかかってダンゴ虫を待つことに。しかしながら、ここは仮にも魔王城。薄暗い通路は再び静寂に包まれて……などいなかった。
「やりましたぞ魔王様! 部下希望者が現れましたぞ!」
「え!? 本当なのダンゴちゃん!?」
周りが静か過ぎるせいで、部屋の中の声が駄々洩れである。
あのダンゴ虫って、ダンゴって名前なのか……。まんまじゃねえか。もう一人聞こえる声は若い女だった。ここが魔王の部屋だとするなら、魔王って女なのかもしれん。
だがしかし、そんなことより会話内容が酷い。たかだか部下希望者一人でここまで驚くってどういうことだろうか。どんだけ人材が不足してんだこの世界の魔王は。
「ど、どうしようダンゴちゃん……。私、初対面の人といきなり話すなんて……とても……」
「気をしっかり持つのです魔王様! どーんと構えてそれっぽく対応すればいいのですよ!」
「で、でも……恥ずかしいよ……」
「頑張りどころですぞ! 気合です! 魔王様!」
……どういう魔王と臣下なんだこいつらは。
聞けば聞く程魔王とは真逆に位置する人柄が伝わってくるんだが。
「いいですか!? 部屋に入れますからね!?」
「う、うん……! が、頑張ってみる……!」
そして、まるで円陣を組んだかのようなやり取りの後、ようやくダンゴ虫改めダンゴは中から姿を現した。
「……魔王様が“通せ”とおっしゃられております」
思いっきり嘘つきやがったよ……。
でもせっかく魔王様も頑張ろうとしているようだし、ここは空気を読んで黙っていることとした。
ダンゴは、最後に執拗なまでの確認をしてきた。
「いいですか? とにかく粗相な言動や失礼な言葉は慎んで下され。間違っても、怒鳴ったり詰め寄ったり武器を構えたりなどしてはなりませんぞ。それと、基本的には魔王様が話されて聞かれたことだけ答えればいいですからね。質問攻めなんてしたらもう大変なことに……」
「あーはいはい。大丈夫。それは絶対、しないから……うん……」
そんなことしたら泣いちゃいそうな雰囲気だったし。ダンゴの気遣いが痛み入る。
「では、こちらへ……」
そしてダンゴは扉を開ける。
開けた部屋の奥には王座があり、そこには、黒いマントを着た女性がいた。艶のある黒い髪と、超グラマーな体。そして妖艶な顔には、どことなく魔族っぽいペイント。聖璃さんも美人だが、この人はまた違ったタイプの美人である。言うなれば、光の美人と闇の美人。昼の美人と夜の美人。
彼女は笑みを浮かべ俺を見る。うん、たぶん頑張ってキャラ作ってるのだろう。意外と演技派。
「魔王アスタ様でございます。魔王様、お言葉を……」
ダンゴが視線を送ると、魔王アスタは意味深に頷く。
「……よぉく来たわね。妾は魔界の王、アスタ。覚えておくことね……ウフフ……」
魔王は頑張っていた。精いっぱいの演技で、それはもう頑張っていた。女魔王を必死に演じているのがヒシヒシと伝わってくる。だって足震えてますよ魔王様。ずっと足がプルプルしてますよ魔王様。頑張って魔王様。
「……どうも。陸です」
「フフフ……ここまで来たことは褒めてあげるわ。でも、これまでよ。お前が妾の力を知った時、闇よりも深い絶望を味わうことに……」
ダンゴくんが慌て始めた。
「ま、魔王様! 違いますぞ! 彼は勇者ではなく、部下希望者です!」
「え!? あっ! え、ええと……! 今のは……その……違うんです……!」
めちゃくちゃテンパる二人。なぜか俺まで申し訳なくなってきてしまった。
フォロー役であったはずのダンゴくんまでアタフタしちゃってるし、もう俺がフォローするしかないのだった。
「……さすがは魔王様。俺を部下にするにあたり、まずはその力を見せつけてくれるということなんですね?」
「え? え??」
俺が何を言いたいのか分からない様子の魔王様。
(いやそこはピンと来いよ!)
だがここで、ようやくダンゴくんが気付いた。
「――ッ! ま、魔王様! そうですよ! これから配下となり仕える者に、そのお力を見せておやりなさい!」
「え、えええ!? で、でもそんなの……危ないし……」
(心配性か! っていうかキャラ設定どこに行った!)
「大丈夫です! 魔王様は魔王様ですぞ! 力を見せつけてなんぼみたいなところがありますから! コソコソ演技しないで最初からそうしておけば良かったですな!」
「そんな……頑張ったのに……」
「しかし無駄ではありませぬぞ。それっぽく振舞おうとしたことに意義があるのですよ」
もうこの二人に見境はないようだ。隠す気もなく堂々と素を見せてしまっている。
「そこのあなた!」
ダンゴくんが俺を呼ぶ。
「ここ。ここに座って」
そして部屋の隅にある椅子に座らせられた。
「とくと見るのです! これぞ! 魔界の統治者たる魔王様のお力ですぞ! ――さあ魔王様! あの窓の外に見える山を吹き飛ばしてくださいませ!」
「えええ……!? ダ、ダンゴちゃん……それ、ダメ……!」
「何をおっしゃっておられます! 魔王様にかかれば造作もないことでしょうに! それで威厳が保てるのであれば、山の一つや二つ安いものですよ!」
個人的には、保つ威厳は底を尽きかけていると思う。
だが心優しい魔王様は難色を示していた。
「そ、そうじゃなくて……! そ、その……山に、人や動物さんがいたら……危ないから……!」
全くもって正論だ。確かにその通りである。さすがは魔王様。良識と慈愛に満ち溢れておられる。
ダンゴくんは腕を組んで方策を考えているようだった。そして、何かを思いつく。
「……それならば、こうしましょう。ワタクシがこれからあの山の様子を見て来ましょう。そこに誰もいないことを確かめたうえで、魔法で野生動物を別の山に移動させます。そして周囲に結界魔法を張り、被害を最小限にとどめたところで山を吹き飛ばす……どうですか?」
いやダメでしょ。そこまでするならもう山を吹き飛ばさなくてもいいじゃん。全然最小限じゃないんだけど。
だが魔王様は「それなら大丈夫かな」なんておっしゃられてしまった。
そしてダンゴくんは、意気揚々と身支度を始める。
「四時間もあれば準備が終わると思いますので! 陸さん……ですかな? それまでゆっくりとしていてくだされ!」
そう言い残したダンゴくんは、颯爽と部屋を出ていった。最初の目的を完全に見失っている気もするが、もう好きにやらせようと思う。
しかしここで問題が発覚する。
俺が、気の弱くて美人の魔王さんと二人きりになってしまった。
「……」
「……」
沈黙が気まずい。気まずいんだ。何か話さなけらばならない気がする。
だが何を話せばいいのか。魔王様なんて目も合わそうとせず俯いてしまってるし……。
(……うん?)
どことなく……だが、彼女の横顔には見覚えがある気がした。何となく、見たことがあるような顔をしている。
俺が首を傾げながら顔を見ていると、彼女もそんな俺の視線に気付いたようだ。少し頬を赤くしながら恥ずかしそうに顔を逸らす。
「あ、あの……なにか……」
「い、いや……。魔王さん、どこかで会ったことがある気がして……」
思わず「魔王さん」なんて馴れ馴れしく言ってしまったが、もうそれでいいだろう。
「え……? さ、さすがに……気のせい、では……?」
「うーん……そっかなぁ。それならいいんだけど……」
とは言ったが、そう言われたら魔王さんも気になってしまうようだ。横目でチラチラと俺の顔を見ていた。俺も記憶の奥底に眠る引き出しを開け閉めし思い出そうとする。確か、割と最近だったと思う。
そして……。
「……あ」
思い出した。
しかしまさかと思い、改めて顔を見る。……だが、どうやら間違いない。
「……あの、もしかして、ですけど……」
俺が尋ねると、向こうも俺の顔に注視する。
「もしかして……しらゆり荘の203号室の方じゃないですか……?」
「え? ど、どうしてそれを……」
そこまで言ったところで、ようやく彼女も思い出したようだ。
「……あ、お隣に……引っ越して来た……」
異世界で出会った魔王さんは、俺の部屋の隣に住む隣人さんであった。