ゾンビの洋服
夜、墓地に足音が聞こえてきました。誰がやって来たのだろうと、十字架の墓石の陰から、ゾンビのゾン美は顔を出しました。「きゃっ」と女の子が、「わっ」と男の子が叫び、まばたきするほどの間に走り去ってしまいました。でも、ゾン美は一瞬で女の子が何を着ていたか、記憶しました。リボンの髪飾り、肩にフリルのついた、薔薇色のワンピース、それに縞々(しましま)の靴下。
「私も着てみたいな」
誰にともなくつぶやきます。今のゾン美の服装と言えば、ぼろ雑巾のような布切れを腰や胸に巻いているだけです。しかもその布切れは、カビが生えていたり、黒ずんでいたり、ところどころ穴が空いていたりするのです。
服が欲しくてたまらなくなったゾン美は、次の日のお昼、街へ繰り出しました。
商店の連なる大通りには、人間がたくさんいて、めまいがするほどです。人ごみに押されながら、ようやくお洋服屋さんにたどり着くと、すぐ店員が駆け寄ってきました。
「お客様、申し訳ありませんが、他のお客様のご迷惑になりますので、お引き取り願えますか」
「どうして?」
「その、お客様の恰好があまりに、とにかく、お引き取りください」
言いよどみながらも店員は、ハンカチを持った手でゾン美の肩を押し、外へ押し出すのでした。他のお店に行っても同じことでした。薄汚いゾン美を入れてくれる店などありません。
ゾン美は打ちひしがれる思いで、大通りをあとにしました。
墓地へ帰る途中、人気の少ない通りにお洋服屋さんを見つけました。こじんまりとしたお店です。
入ろうか、でも、また追い出されたら嫌だし、と店の前で右往左往していると、扉を開けて黒髪の青年が出てきました。
「入る?」
「入っていいの?」
「もちろん。見てって」
通りから見たら狭いと思えた店は、実は奥行きがあって、外見よりも広いのでした。夏に着ると涼しそうな半袖シャツ、ボリュームのあるドレス、色とりどりの靴下、子供用の寝間着。ハイヒールや帽子も置いてあります。中でも汚れ一つついていない真っ白なワンピースに惹かれました。
「着てみる?」
「でも、私が着たら服が汚れちゃう」
「じゃあ、お風呂で体洗ってきなよ」
言われるまま、二階のお風呂を貸してもらい、石鹸で体をこすります。目の周りの黒ずみだけは消えませんでしたが、他の汚れはほとんど落ちてしまいました。
ワンピースを着て、姿見の前に立つと、感激で声も出ませんでした。
「よく似合ってるよ。買う?」
「買いたいけど、お金が」
ゾンビがお金など持っているはずがないのでした。
「じゃあ、ウチで働いてよ。給料をその服の代金にあてるから。どう?」
ゾン美はすぐうなずきました。
店に来たお客さんの相手をしたり、服を作る青年の手伝いをしたりしている内に、ゾン美はますますきれいになりました。毎日欠かさずお風呂に入っていたからか、人間に接する時間が増えたからか、ゾン美は外見も中身も人間に近づいていきました。そして、すっかり仕事を覚えた頃には、本当の人間になっていました。
日に日に美しくなるゾン美のすぐそばにいた青年は、ある日、言いました。
「プレゼントがあるんだ」
「お洋服?」
「いや、でも、気に入ってくれたらうれしい」
そう言って青年は小さな箱を開けました。中には、ダイヤモンドの輝く指輪が入っていました。
「結婚してほしいんだ」
それから死ぬまで、ゾン美は色々な服を着て過ごしました。花びらのようなスカート、麻のシャツ、腰をきつく締めつけるドレス、落ちない染みのついたエプロン、真っ白なワンピース。二日続けて同じ服を着た日はありませんでした。でも指輪だけは、毎日同じものをつけ続けました。