第8話 久しぶりの町
カルは初めて見る人工建造物に、好奇心が止まらない。
「もうすぐ着きますね。とりあえず冒険者組合へ行って、お金を引き落としてきます。そのあと一緒に食事をしましょう」
ドミトリーはにこやかにグレイに告げた。
町に着くと、それぞれが門番に身分証を渡す。
グレイも渡すようにいわれたが、持っていないと伝える。
「持っていないのでしたら、冒険者の場合は組合で発行をお願いします。冒険者でないのでしたら、役所で身分証を作って頂かないといけません」
「ああ、分かった」
「今はとりあえず、お名前と職種、従えている魔獣の種類と名前をお教えください」
「グレイ、魔法使い。カル、耳長狼」
カルは耳長狼と自分の種族を偽られた瞬間、怒ってグレイに噛みつこうとした。
しかしグレイは容易くカルの頭を片手で止め、そのまま何事も無いかのように門番と話を続ける。
「耳長狼ですか、初めて聞いた種族ですね」
「まぁ、珍しいからな」
「それでは、こちらが魔獣用の首紐です」
首紐と聞き、グレイとカルがぎょっとする。
「この町での魔獣は、冒険者組合に登録されていて、かつ安全を確認されたものしか自由歩きは認められておりません。
もし自由歩きをさせたいのであれば、魔獣を組合に登録し、専用の首輪、もしくはスカーフやリボンなどの目印をつけていただく必要があります。」
「・・・・ソウデスカ」
グレイはとてつもなく嫌そうな顔をしたが、カルももっと嫌そうな顔をしている。
そうして無事町に入ることができたが、グレイの手にはカルに繋がった首紐が握られていた。
そんな様子を見たドミトリーが、苦笑いしながら提案してくる。
「まず組合へ行きましょう。ついでに、魔獣の登録をされてはいかがですか?
登録自体は5分で済みますし、そのあと魔獣の試験がありますけど、それも20分で終わりますよ」
「そうだな。カルの子守りなんてやってらんねぇしな」
「キュキュン!」
ドミトリー達に案内されて、冒険者組合へ到着する。
立派な建物に入っていき、受付へ案内される。
ドミトリーが受付嬢に気さくに話しかける。
「この魔獣を登録したいんだが、早めに頼むよ。こちらのグレイさんは俺たちの命の恩人、いや、この魔獣が恩人?まぁ、とにかく命を助けられたんだ」
「まぁ、それは良かったですね」
「ああ、危ない所だった。俺はちょっと金を引き落としてくるから、グレイさん達を頼むな」
「はい、わかりました」
受付嬢に促され、書類を記入していく。
種族には迷いなく耳長狼と書き始めたところ、いきなり後ろから大きな声が上がった。
「はぁ!?なんでカーバンクルがこんなところにいるんだよ!!?」
「あら組合長。おかえりなさいませ」
グレイが振り向くと、そこには屈強な体の顔に傷がある30代半ばとみられる男がカルを凝視していた。
カルはカーバンクルと言い当てられたことにドヤ顔をして答える。
「いや、これは耳長狼だ」
「グルルル・・・」
「・・・・君の魔獣は納得していないようだが?」
グレイはしれっとした顔をしていたが、カルが唸るのを止めないので溜息をついた。
「分かったよ、お前はカーバンクルだよな。はいはいカーバンクルカーバンクル」
「しかし神獣を連れてくるとは・・・。よく手懐けたな」
グレイは組合長の話を無視して書類の続きを書き始めた。
耳、まで書いた部分をぐしゃっと書き潰し、カーバンクルと書き換える。
組合長は無視されても気にせず、話を続ける。
「なぁ、なんでこのカーバンクルは灰色なんだ?染めたのか?」
「あ?生まれつきだろうよ」
「触ってもいいか?」
「カルが嫌がら無ぇんなら好きにしろよ」
グレイは背を向けたまま受け答えする。
組合長はゆっくりとカルに手を近づけた。
特に嫌がる様子はないので、そのままカルの頭を優しく撫でた。
「組合長、その魔獣がカーバンクルって本当ですか?俺初めて見た」
「ああ。間違いなくカーバンクルだな」
「俺も触ってもいいかな~」
「あ、ちょっと俺も触ってみたい・・・」
数人の冒険者達が近寄ってきたが、最初の男が手を出そうとするとカルは牙をむいて威嚇する。
「はっはっは。お前達は嫌だそうだ。やめておけ、カーバンクルを怒らせても良い事ないぞ」
豪快に笑った組合長は、次にグレイに興味を持った。
「なぁ、お前は凄腕の魔法使いか何かか?」
「いや、ただの旅人だ」
「カーバンクルを連れて旅してんのか?」
「ああ」
組合長は、今しがたグレイが書き終わった書類を受付嬢からから奪い目を通す。
「なんだ、冒険者登録じゃなくて魔獣登録か。まぁ、神獣に紐付けて歩くのはねぇよなぁ」
「おい、こっちは急いでるんだが。おっさんの意見なんか聞いてねーんだよ。この後試験だろ?さっさとやろーぜ」
「はっはっは。試験はあるが、まぁいいだろう。試験はやらなくていいぞ。そのかわり説明だけ受けていけ」
組合長は受付嬢に、グレイとカルの2人に説明するように指示を出す。
「なぁグレイ、お前は凄腕と見た。金に困ったらうちに来いよ。稼がせてやるぞ」
そう言い終えると、奥の部屋へと去って行った。
グレイとカルは受付嬢の説明を受ける。
人を傷つけてはいけないとか、露店の食べ物を勝手に食べてはいけないとか、ありきたりな説明だった。
説明が終わる頃、ちょうどドミトリー達がやってきた。
「グレイさん、なんか噂になってますけど、そのカル君はカーバンクルって本当ですか?」
「ああ。説明面倒だし、興味を持たれるのもごめんだから黙ってた」
「じゃあ俺達、神獣のカーバンクルに助けられたってこと!?すっげえええ!!」
「キュ?」
カルは先ほどから言われている神獣というものに興味を持った。
グレイが教えなかったということは、他から聞くしかない。
喜んでいる男に、前足でつんつんと突っついて話をうながす。
「ん?え、あ、何だろう・・・何が聞きたいのかな?神獣のことかな」
カルは頷く。
「神獣っていうのは、ドラゴン、ユニコーン、カーバンクルの3種類を差す言葉だよ。この3種類は魔獣の中でも飛びぬけて賢く、強い。
神に愛された獣。だから神獣って呼ばれてるんだ」
神に愛された獣という言葉が気に入り、カルはドヤ顔をして尻尾を振る。
その様子をグレイは呆れた顔で見ていた。
「神に愛されたとか、ロクなもんじゃねーな。神獣って言っても、お前はただの灰色の獣だけどな」
良い気持ちになっていたカルに、グレイが水を差す。
カルが怒ってグレイに飛び掛かる。
「なんだよ、本当のことじゃねぇか」
「そ、そろそろ食事にしませんか?」
「ああ、そうだな。こいつも入れるところで頼む」
組合を出ていこうとしたところで、受付嬢が走ってきた。
「すみません!グレイさん!あの、魔獣の登録料貰ってませんでした・・・」
カーバンクル騒ぎで忘れてしまっていたのだろう。
「金貨3枚になります」
「ああ、ちょっと待ってくれ。ドミトリーさん、先に金を貰ってもいいか?」
「はい、こちらをどうぞ」
手渡されたのは金貨10枚。
ここに来るまで、露店などで物価を確認していたグレイは驚愕した。
「じゅ、10枚・・・」
「すみません。俺たちはまだランクの低い冒険者で、そんなに蓄えが無くて・・・装備の借金とかもあって・・・。
足りない分は今後も仕事を受け次第ーー」
「いやいい、交渉の時に金額の確認はしてなかったからな。これで全額という事で良い」
グレイは謝るドミトリーを制止すると、受付嬢にお金を支払った。
(金の価値が分かんねぇから、あの時は交渉しようがないにしても・・・6人の命を助けて金貨がたったの10枚だと・・・)
どうにも腑に落ちない様子のグレイを見ていたドミトリーは、せめて今晩の食事は懐の許す限りの美味い店に連れて行こうと決意した。