序章-3
カタリア王国の決まりでは貴族の子供は七才を迎えると社交界に参列できるようになる。貴族の子供は七才になるまでに社交界での所作やマナーなどを習い、身に付けなければならない。私は両親の口から実際の社交界について何も聞いておらず、執事や乳母から伝え聞いたことしか分からなかった。その為、私の中では社交界は豪華で煌びやかな大人の世界という漠然とした想像しか出来なかった。
母は社交界についての教育は、どの習い事よりもとても厳しく指導をしていた。社交界でのルールや仕来たり、その一つ一つを教える時、母は必ず同じ言葉を繰り返し言って聞かせた。
「周りの目を引く程堂々としていなさい。ウィルダム家の人間として、一人の女性として凛とし、それに相応しい品格を持ち、何にも屈さず自分の意志を貫く心を持ちなさい」
母がどうしてその言葉を口を酸っぱくして言うのか、何故何度も聞かせるのか。初めの頃は母のプライドの所為だと思っていた。ウィルダム家の一人として、貴族の女性の一人として恥をかくようなことをするなと言われているように思えた。けれど何度も聞いているうちに、母からは身勝手なプライドではなく、私に向けた強い意思が感じ取れた。母は私の知らぬ所で母なりの考えがあって言い聞かせているのだろう。事実、私は内向的で消極的、かつ引っ込み思案な性格をしていると思う。それを見抜いた上で、それを正す為に言っていたのかもしれない。
七才になった私は社交界に出ることに胸をときめかせて楽しみにしていたが、その年に私が社交界に参列することは一度もなかった。社交場に相応しいドレスが無いことやウィルダム家宛てにあまり招待状が届くことがないということも理由のうちではあったが、一番の理由は父が社交場に出たがらないことだった。父の生まれは平民であるため、社交界については厭わしく思っているに違いなかった。社交界では特別な理由がない限り、既婚者がパートナー不在の状態で参列することは許されていない。
憧れていた社交界に出れないことは残念に思ったが、母が私の気を紛らわすために簡単な魔法を教えてくれた為、苦にするほどではなかった。それからは屋敷の中や庭、周辺の森や野原を一人で探検したり、本を読んだりと自分の好きに過ごすようになった。母から魔法を教わるのは楽しく、私を夢中にさせた。
私が十歳になる年にカタリア国の王妃から母宛てに手紙が届いた。カタリア国王の一人息子、スティン・ロードの十二歳の誕生パーティーにぜひ参列してほしいという内容だった。父にも国王から招待状が届き、息子が十二歳という節目を迎えたので、婚約者を決めるためにウィルダム家の娘を伴い参列するようにという旨が書かれていた。国王と王妃はウィルダム家の娘には未だに一度も会ったことがないので、必ず参列するようにと追記されていた。
父は国王の命令に背くことは出来ず、家族三人でスティン王子の誕生パーティーに参列することになった。ウィルダム家にはそれなりにドレスはあったが、流行遅れのデザインであったり、流行遅れの色のドレス、私に至ってはもう着れなくなった小さなドレスが数着くらいしかなく、パーティーに相応しいドレスを持ってはいなかった。これではパーティーで恥をかきに行くようなものなのでドレスを新調することになったが、父は渋い顔をした。国王や多くの貴族の前で恥をかきたくないのだろう。しかし父は私が思っていた以上に守銭奴だったらしく、屋敷に仕立屋を呼んでも、あれは高すぎる、もっと安いものはないのかと一々口を挿んだ。それでも私は母とドレスを選ぶのが楽しかった。母とあれは可愛い、これは綺麗と様々なドレスを試着した。結局、母は落ち着いた青色のドレスを選び、私は母に合わせるように水色のふわふわとしたドレスを選んだ。父はいつの間に用意したのか、母と私とは色味の合わない赤と黒のタキシードを着て誕生パーティーに参列した。
パーティー会場である城の大広間には、招かれた貴族で溢れかえっていた。三年ほど前に漠然と想像した夢の世界に一度だけ来ることを許された気がして嬉しかったが、大広間に一歩踏み出した瞬間、今度は何か失敗をしやしないかと、場違いではないかと、急に緊張し始めた。いくつものテーブルの上には美味しそうな料理が並び、給仕たちが飲み物が入ったグラスを忙しそうに運んでいる。会場に居る女性たちは皆華やかなドレスを着て優雅に話をしている。それを見ていると私と母のドレスはとても控えめで地味なものの様に思えた。私は恥ずかしくなって少し俯いた。両親とはぐれないように二人の一歩後ろを歩いて奥へと進んでいく。人の側を通るとどこかでこそこそと話す声が聞こえた。それは私達家族に対しての悪口だった。
大広間の奥には国王と王妃が何人もの人に囲まれて愉快そうに話をしていた。父はその輪を平気で割って国王の前へ行き
「お招きいただき、ありがとうございます」と礼をした。
「久しぶりだな、ヴィヌス団長」
国王と父が堅苦しい話を始めると、王妃が母の近くへ来て
「お久しぶりですね。息災でしたか?」と母を気遣う。母は敬意をこめて丁寧に礼をする。
「お久しぶりですわ、王妃様。暫くの間お会いできず申し訳ございません」
「それは致し方ありませんわ。ヴィヌス団長はお忙しい方ですから」
王妃は母と親しい間柄のように見えた。ウィルダム家についても何か知っている様子だった。
「スティン王子の十二歳のお誕生日おめでとうございます。スティン王子のお話は度々耳にしております。とても優秀な方のようですね」
「いえ、まだまだ遊びたい盛りで、手を焼いておりますわ。少しは王子らしく落ち着いて自覚を持ってくれるといいのですけど」
母と王妃は親し気に話を続ける。その途中、王妃は私が母の陰に隠れて立っていることに気が付いた。
「その子が娘さん?」と王妃は母に尋ねた。
「ご紹介が遅れまして申し訳ございません。娘のビビですわ。ビビ、御挨拶を」
母は私に目で合図する。私は緊張したまま一歩踏み出して
「ビビ・ウィルダムと申します。王妃様、本日はスティン王子の誕生パーティーにお招きいただきありがとうございます」
精一杯挨拶をしてぎこちない礼をした。少し俯き小さな声で言ってしまった為、母は怒っているだろう、王妃は呆れているだろうと自分の不出来を後悔した。
王妃は小さく笑い、屈んで自分の目線を私の目線に合わせて、私の両頬を手で包んだ。私が驚いて王妃を見ると、王妃は微笑んでいた。
「お母様に似て可愛らしい子ですね」
私は恥ずかしくなって、ぽっと顔が熱くなるのを強く感じた。娘ながら母は綺麗な女性だと常々思っていたが、王妃も華やかで美しい女性だった。例えるのなら母は百合で、王妃は薔薇のようだった。
王妃は私の頬を包んでいた両手を離す。
「ビビはスティンに会うのは初めてですね」
「は、はい」と上擦った声で返事をしてしまう。
「あの子はとても素直で元気で、女の子が相手をするのは少々大変でしょうが、仲良くしてあげてちょうだいね」
王妃の一つの集団を指して
「あそこに居る茶色の髪の子がスティンよ。ぜひお祝いの言葉を言ってあげてね」
王妃の視線の先には数人の子供が集まって談笑をしている。男女共に五人ずつおり、スティンらしき人物を囲んで話をしているように見える。私が王妃に顔を向けると王妃は私の背中をそっと押した。今度は母を見ると優しく微笑んだので、私は意を決して一人で歩き出し、子供だけの集まりへと近づいていった。
あの集団の中へ割って入るにはどうしたらいいのか、どのように話しかけたらいいのかと歩きながら考えた。今まで人が集まる場に来たことの無い私には、輪を乱さない声のかけ方も、友達の作り方もわからなかった。いい案が思い浮かばないまま子供たちの近くまで来た。私の足は自然と止まり、そこで立ち止まってしまった。
子供たちは楽しそうに話をしているが、私には会話の内容が理解できなかった。知らない単語ばかりが飛び交っていた。その為、話を中断させてしまうことに躊躇し、立ち尽くして会話が終わるのを待った。
子供たちの様子を見ていると、スティンと思われる男の子は気だるそうな様子だった。その隣に大人しそうな金髪の男の子は無表情でいる。そこにいる三人の男の子と五人の女の子たちだけが楽しそうに口を動かしている。女の子たちからは淑やかさよりも興奮の熱が伝わってくる。何となくだけれど、仲良くなれそうとは思わなかった。
話が終わり、声をかけるタイミングを見計らっていると、スティンと思われる子と目が合った。スティンは周りが一生懸命に談笑しているというのに、それを無視して私の前へ歩み出た。そしてじっと私を見つめた。
≪序章-3≫お読みいただきありがとうございます。
毎度毎度更新が遅れてしまい申し訳ございません。
序章が長くて序章で話が終わりそうで怖いです。
とても長くなりそうな気がしてなりません。
気長にお付き合いくださると幸いです。
次話の更新は≪ 7/15 21:00 ≫を予定しております。
更新が出来ない場合、報告等でお知らせいたしますのでよろしくお願いします。
最後までお読みくださりありがとうございました。




