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アンジェリカ令嬢の斜め奮闘記

作者: 柚月 明莉

こんばんは☆

久しぶりの更新です(^^;)

お楽しみ頂ければ幸いです(*^_^*)




それはまるで、異国の言葉のようだった。


「──はい?」


(わたくし)は目をぱちくりと瞬かせ、目の前の男性──お父様を、眺めた。

ロマンスグレーの髪は幾筋かほつれ、頬はげっそり痩けている。目の下にははっきりとした隈があり、お父様の疲労具合が手に取るように分かった。


「……お父様……今、何と……?」


「……すまない、アンジェリカ……すまない……」


項垂れながら、続けられた言葉。

力無い父を、許してくれ。

まるで、懇願するようなお父様。

隣に寄り添うお母様は、目を真っ赤にさせて泣いている。

こんな両親の姿は、初めて見たわ。


「………………」


泣き崩れ、絶望に打ちひしがれる2人を前に、私は持っていた扇子を床に落とした。

その動きと同じように、私の中で、1つの可能性がすとんと落ちてきた。


「…………──まさか、そんな……確認は、何度もされたの……ですよね…………?」


途端、お母様がわっと声を上げて泣き崩れる。普段であれば、ドレスが汚れると、淑女にあるまじき行為だと、あれだけ怒ってみせる、あの母が。


お父様はぐったりしたまま、すまない、と、そればかり繰り返した。力不足で申し訳ない、と。


異様な2人から聞かされた言葉は、聞き慣れた母国語である筈なのに。

けれど私にはまるで、異国の言葉のようだった。






* * * * * * * * * *






突然だが、実は我が領は貧乏である。

包み隠さず言えば、極貧である。


小さな領地で皆慎ましやかに生きてきたけれど、この夏にやって来た干ばつ、冬にやって来た寒波には勝てなかった。

作物は全然育たないし、水も充分に確保できないし。


お父様は領主として、お母様も領主婦人として資金繰りや作物の購入を頑張ってきたけれど、財政が先に悲鳴を上げた。

つまり、お金が底を突いた。


領民達を助ける為に、我が家は奔走した。

売れる家財は全てお金に換え、食糧や水の代金に充てた。宝飾品やドレスなんて、我が家には何処にも無い。

私のお気に入りだった物も、泣く泣く全て手放した。

けれども、自前で出来ることなんて所詮は限界があって。

もうどうしようもない状況に陥ってしまった。

明日も生きられるかと心を苦しめていた、その時。


何と、資金援助を申し出てくれた人が居たのだ!


何という奇特な方!

ありがとうございます!


両親はその方と契約を結び、沢山の資金や物資の援助を受けた。

お陰で我が領は何とか冬を越せる目処が立ち、更には来春に向けて作物の種や良質の土なども貰え、灌漑事業も計画・実行できた為に良質の水がたっぷり確保できた。


その方は我が領の土壌に合った作物を提案してくださったり、溜め池を作ること、井戸を掘ることなど指示してくださったり。

もう、感謝してもしきれない!

領民諸手を挙げて大感謝だ!


──が。


「いいえ、どうかお気になさらず。我が主は、契約を履行さえしてくだされば満足ですから」


契約者代理人の執事さん。

彼に爽やかににこやかに言われて、ん?と気が付いた。

契約?

履行?


当たり前だけど、まさかまさか善意だけでこれだけのことをしてくれた訳が無い。


両親は、大事に仕舞い込んでいた契約書を慌てて引っ張り出した。

目を皿のようにして、端から端まで読む。

読む。

読む。


そして。


「…………──ぇ…………」


真っ青になった。


契約書の最後に書かれた1文。

達筆で流麗な文字が、静かに並んでいた。




──『尚、此度の資金、物資、進言等の見返りとして、貴家御息女・アンジェリカ=ユーステス嬢を貰い受けること』。




──だからあれ程人の話は最後まで聞きましょうと言っているでしょうが!!!






* * * * * * * * * *






さて。

突然だが、実は我が両親は非常に危なっかしい。

お父様はお人好し。

お母様は天然。

ぼけぼけ夫婦な2人は、これまで幾度となく他人の口車に乗せられそうになってきた。

壺とか。

絵画とか。

宝石とか。

せめて本物であればまだ救いもあるけれど、大抵が贋作で。

素人の私でも分かるぐらい。

私や使用人一同で、何度止めたことか。


だから。

今回の援助も、当然『その手』の類かと疑った。

使用人一同で。


けれど、書状を携えてやって来た執事さんは、まるで紳士のようで。

その書状も、きちんとした時節の挨拶から始まり、お手本みたいに綺麗な文字で書かれ。

我が領の土壌、気候などを鑑みて、こういった対策をしては如何かといったふうに、懇切丁寧に助力を申し出てくださった。


何て良い人なんでしょう……!!


この冬を無事に越せるかと危惧していたから、私達は有難く申し出を受けることにした。

ただいつも代理人しか姿を見せないのが気になったけれど、きっと謙虚な方なのだろうと皆あまり大して気にしなかった。


両親が契約書にサインし、事業も順調に進み。

やっとのことで、来春に向けての希望が見えてきた矢先に。

契約書にあった1文が発覚。

ばっちりきっちりサイン済みだ。


おほほほほ。

全く笑えない。


みし。と手元の扇子が嫌な音を立てた。




「……──お嬢様。どうか、お気を楽になさってください」


え?

掛けられた言葉に、私はようやく我に返った。

ふと顔を上げると、向かいの席に座るマリー。私の侍女だ。


馬車という狭い空間の中で、私達は時折揺られながらも、大人しく座っている。

……この馬車も、恥ずかしながら契約のお相手が準備してくださった物で、もう本当頭が上がらない。


窓の外を呆然と眺める私を、マリーは心配そうに見つめていた。


「……その、確かに、かのお方につきましては、あまり良いお噂を聞きませんが……」


──ん?


「……えぇと……あまり愛想が無いとか、登城もあまりなさらず領地のお屋敷に引きこもっていらっしゃるとか、夜会にも全然出席されないとか、随分厳しい物言いをなさるとか、あとそれから」


「…………」


すらすらと並べ立てる彼女に、私はただただ驚き、ぽかーんとした。

立て板に水って、こういうことかしら。


「…………随分、詳しいわね。マリー……」


「割と有名な噂なんですよ、お嬢様」


「……そ、そうなの……」


し……知らなかった……。


付き添いのマリーですら知っていることを、当の本人である私は欠片も知らなかった……。


い、いいえ!

でも、それも仕方ないのよ!

だって領地のことで頭が一杯で、それどころじゃなかったのよ!


「…………あっ……も、申し訳ありません。お嬢様を不安にさせるなんて……」


黙り込んだ私に気付いて、急いでマリーが付け加える。

いいのよ……。

無知な主で、ごめんなさいね……。


「大丈夫よ、マリー。私、精一杯頑張るわ!」


「お、お嬢様……!」


「私だって、家事は一通り出来るわ! お料理もお洗濯も、マリー達と一緒にやっていたもの!」


「おじょ…………え…………?」


「だから大丈夫! 安心して頂戴、私は逃げたりしないわ!」


「す、素晴らしい決意ですが……お嬢様、あの、何か勘違いされてませんか……?」


「私、頑張るわー!」


「いえ、あの、待っ……お嬢様!?」






* * * * * * * * * *






──それから、しばらくして。


私達の馬車は、無事にお屋敷に到着しました。


えぇ、出資者の──エドワード=ティセウス=ハーグバース様の、お屋敷よ。


余談だけど、ミドルネームがあるのは由緒正しい家系である証拠。

代々続く貴族である証なの。


……うちはただの貧乏貴族ですけどね!




「……………………」

「……………………」


馬車の扉が開く。

のと同時に、私とマリーはぴしりと固まった。


降り口の先で、手を差し伸べて待っていらっしゃったのは──。




絶世の。

美丈夫でした。




「……………………」

「……………………」


きらきらと光を放つのは、眩い金髪。

新緑の葉を思わせる明るい緑色の瞳が、その御髪(おぐし)とよく似合っている。

日焼けなんて知りませんと言いたげな肌が心底羨ましい。


思わず見惚れそうになって、私ははっと我に返る。

私はそんなことをして良い立場ではありませんもの。


「……──ご機嫌よう。ハーグバース様、で宜しいでしょうか?」


出来るだけ愛想良く。

にっこり微笑んで見せる。

最初が肝心ですからね!


「……えぇ。私が、エドワード=ティセウス=ハーグバースです……」


表情を変えないまま、目の前の男性が頷いた。

やっぱり、この方がそうなのね。

……ちょっと戸惑っていらしたようにお見受けしたのは、気のせいかしら?


お手を。

そう言われて、私はご厚意に甘える。

力仕事を知らなさそうな細い指に支えられて、馬車から降りた。


「ハーグバース様御自ら、お出迎えくださり、ありがとうございます」


「……いえ、そんな……当然です……」


さり気なく目を逸らされながら、返される。


……あら?

…………。

…………あ、そう言えば。

さっきマリーが、人嫌いだと言っていたっけ。

初対面なら尚更ですわね。


私は気にしないことにして、あくまでも愛想良く、を心掛けた。


「不束者ではございますが、今日から何卒よろしくお願い申し上げます」


ドレスを緩く掴んで、出来るだけ優雅に一礼する。

余談ですけれど、このドレスもハーグバース様が用意してくださった物ですわ……。


「……あっ、いえ、こちらこそ……」


何処かぎこちない動きで、ハーグバース様が頷く。

緊張されているのかしら?








荘厳な屋敷の玄関ホールで、しっかりと握手を交わす2人。

だが彼らは、行き違いがあることに気が付いていなかった。


屋敷に準備された、数多くのもの。

例えば。

様々なデザインのドレス。

それらを収めた衣装部屋。

色とりどりのアクセサリー。

王都で有名なデザイナーの手掛けたそれらは、そう簡単に入手できるものではない。

そして。


夫婦(・・)寝室・・


──そう。

アンジェリカは、決定的な勘違いをしていた。


契約書にあった『貴家御息女・アンジェリカ=ユーステス嬢を貰い受ける』とされた文言の意味。


それは、女中や侍女といった、雇用関係などではなく。


エドワード=ティセウス=ハーグバースが、以前見かけた彼女に一目惚れし、妻にと望んだ結果のことであった。


アンジェリカの両親も、付き添いのマリーも、エドワード側の使用人達も。

全て、その認識である。


ただ。

アンジェリカだけが、盛大に意味を履き違えていた。


(──よし! 私の家事スキルを見せて差し上げましょう!)


借金返済のあてに、奉公に来たと。

そう勘違いしていた。


(頑張りますわよー!!)


そして、それを訂正する者は、生憎この場には居なかった。




アンジェリカ=ユーステス嬢。


エドワード=ティセウス=ハーグバース公。


彼らに幸多からんことを。




どんまい☆

って感じでしょうか(笑)

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