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鬼王の巫女  作者: ふみよ
9/63

9話【遭遇】※挿絵あり

その日、楓は全く授業が頭に入らず親友たちには心配をかけ、何とも憂鬱な気持ちで本日の学校生活を終えようとしていた。

楓を心配した杏子や鈴蘭が声をかけてくるが、てんで上の空。

家に帰ってからのことを思うだけで気が滅入りそうになる。


(やっぱりあたし、巫女なんか嫌だ…)


大きなため息をついて机に突っ伏してしまう楓を見て顔を見合わせる杏子と鈴蘭。

そんな楓を励まそうと、杏子が声をかけてきた。


「なあ楓、今日はオレたちがクレープ奢ってやるよ。好きだろ?いちごクレープ!」


「アイスの乗ってるやつじゃないと嫌…」


机に突っ伏したままの楓が言う。

杏子は身を乗り出して楓の肩を抱いた。


「アイスも付けるって!」


「クリーム増し増しのやつね…」


楓は少しだけ顔を上げて杏子を横目で見た。

アイス付きでクリーム増し増しいちごクレープだと相当料金がかさむのだが、親友のために人肌脱ぐべく杏子が力強く頷く。


「当然だぜ!」


「うわあん…杏子すきぃ…」


半泣きで楓が杏子に抱きつく。

今日ばかりは鈴蘭も嫉妬の眼差しを向けることは無かった。

それほどまでに楓の元気が無かったせいだ。


「楓ちゃん、お家で何かあったの…?」


学校からの帰宅途中、心配そうに鈴蘭が問いかけてくる。

楓は小さな頷きを返した。

祖母に1時間早く起きて鬼符を使った修行をするように言われたことを説明する。

その他にも、鬼に襲われたことや冥鬼という鬼が家に住み始めたこと、胸の内に溜め込んでいた荷物を全て下ろすように親友たちに話した。

もちろんこんな現実離れした話を2人が信じるとは思っていない。

現に杏子は話が複雑すぎてよく分かっていないようだ。

だが、鈴蘭は目をキラキラさせながら食い入るように話を聞いていた。


「すごい…鏡から封印が解かれて鬼が現れたの?その鬼って、悪い鬼なの?」


「分からないけど…顔はこんな感じよ、すっごく目付きが悪いんだから」


そう言って楓が目尻を指でつりあげる。

杏子たちは腹を抱えて笑った。

そんな会話をしているうちに、移動販売のキッチンカーが停まっている公園へとたどり着く。

そこでは曜日によってたい焼き、クレープ屋、メロンパン屋に変わるキッチンカーが停まっているのがお決まりで、楓たちはよく学校帰りにそのキッチンカーの前でクレープを買うのが日課だった。

いつもなら学生たちが取り囲んでいるキッチンカーだが、今日は人の姿が見えない。

それどころか、キッチンカーの周りに人の気配すらなかった。


「あれ…今日は営業してないのかな?」


不思議に思ってキッチンカーに近づく楓だったが、車の中でクレープを作っている店員を見て思わず息を飲む。

いつもなら若い大学生くらいのアルバイトの女性がクレープを焼いているはずだった。

しかし、今日は何かがおかしい。

土気色をした肌の女性が、今にも死にそうな顔で俯いている。


「ど、どうしたんだろう…?お姉さん、すごく顔色が悪いけど…」


鈴蘭が心配そうにクレープ屋の店員と楓たちを交互に見やる。

しかし杏子は「体調が悪くても休めないなんて移動販売って大変だよなあ〜」と呑気なことを言った。


「お姉さん、いちごクレープのアイスとクリーム2倍増しくれよ!」


「…………」


杏子が元気に声をかける。

しかし女性は憂鬱そうな顔をしたまま俯いていた。


「杏子!その人から離れて!」


背中を走る悪寒に楓が思わず声を上げる。

この感覚は前にも覚えがあった。

彼女が初めて冥鬼と出会った日、大きな木の下で出会った小鬼たちに囲まれた時に感じた胸騒ぎと同じ感覚。


(この感覚はっ……!)


楓の嫌な予感が的中したかのように、クレープ屋の店員はゆっくりと楓を見やると突然目を大きく見開いた。

彼女の口から小さな土気色の手が覗く。

ズン!と音がして女性の口から何かが出ようとしていた。


「こ、こいつ…口から何かが…」


「杏子ちゃん、危ないよっ…離れて…!」


店員の目の前から動くことが出来ない杏子に鈴蘭が震えた声をかける。

既に女性の目は白目を向いており、口から泡を吹きながら土気色をした何かを生み出そうとしていた。

無意識に、楓は首飾りのツノを握りしめる。

ツノはじんわりと熱を持って脈打っていた。

まるでその熱さが、楓に力を分け与えてくれているように感じる。


「うご…ぉ…」


女性の口から土気色の頭が覗いた。

それは杏子や鈴蘭の目にもハッキリと見えている。

口から生まれ出ようとしている何かは、恨めしそうに呟き始めた。


「恨めしい、妬ましい…クケケ…人間の暗くドロドロした感情は最高のごちそうだよなあァ…」


その声に答えるように女性の手がスパチュラを2本両手に持って擦り合わせた。

ギィギィと耳障りな音が聞こえる。

顎が外れるほどに大きく口を開けた女性の中から生まれ出た鬼は肩まで身を乗り出すと、唾液か体液でぬらぬらと光る手でクレープ生地を摘むなり自分の口に放り込んだ。

くちゃくちゃと音を立てながら、舐めるように楓たちを見やる。


「活きのいい人間が3匹かァ…生まれたての食事にはもってこいだよなァ!」


ゲラゲラと大きな声で鬼が笑う。

しかし相変わらず公園には人の気配はおろか、声すらしない。

いつもなら学生だけでなく、小さな子供や親子の姿が絶えない公園であるにも関わらずだ。

楓は震える足で鬼の前に進み出た。


「あんた…その人に取り憑いてるの?」


気丈に問いかける楓に、鬼はニヤニヤと笑いながらもう1枚のクレープ生地を口の中に放り込む。

そして「それは違うなあァ」と間延びした声で否定した。


「この人間の感情がオレを生み出したんだ。妖怪っていうのは人の恐怖心だとか妬みや嫉みによって生まれるんだよォ〜、巫女のくせに知らないのかァ?」


「…っ…あたしのことを知ってるのね…」


鬼の説明を聞いて、楓が身を堅くする。

冥鬼が封印から解かれる前は鬼なんて見たことも襲われたことすらなかった。

それなのに、まさか2日連続で遭遇するなんて。


(それもこれも冥鬼のせいよ…!)


楓はやり場のない怒りを冥鬼にぶつけることで恐怖を紛らわす。

昨夜の出来事といい突然言い渡された毎日の修行といい、楓のフラストレーションはピークに達していた。

怒りに任せて、楓は制服のポケットからしわくちゃの鬼符を取り出して鬼に見せつけるように構える。


挿絵(By みてみん)


「楓ちゃん…!逃げなきゃダメだよ…!」


鈴蘭が叫ぶように言う。

しかし、楓はその場から退かなかった。

大きく息を吐き出して、鬼符を見つめるように集中する。

首飾りのツノを握りしめることで力を分けてもらうような気持ちで、祖母から言われたように眉間に全神経を集中させた。


(眉間に熱を集めるように、集中して…離す!)


楓は、勢いよく鬼符を女性店員目掛けて放つ。

狙い通り鬼符に小さな炎が宿ったのだがその火はとても弱く、鬼へとたどり着く前に力を失って消えてしまった。


「うそでしょ…!?」


思わず声を上げてもう一度楓がスカートのポケットを探るが、鬼符は朝に渡された1枚しか持っていない。

まさに絶体絶命だった。


「杏子、鈴蘭!先に逃げてっ!」


「楓はどうすんだよっ!一緒じゃないといかないからなっ!」


何よりまず先に親友たちを巻き込むわけにはいかないと楓が叫ぶ。

しかし杏子たちは楓をその場に置き去りにしてはいけないと強く言い切って彼女の手を取った。


「に…逃げるなら、みんなで…一緒に…!」


鈴蘭が小さな、それでもハッキリとした声で意志を示す。

今にも口の中から這い出てこようとしている鬼を背後にして楓はしばらく迷った後、深く頷きを返した。

杏子を先頭にするようにして、3人同時に駆け出す。

背後で、何かが地面に落ちる音が聞こえた。

鬼が女性の口から【生まれた】のだ。


(…っこのままじゃ、いずれ追いつかれる!)


楓は後方を振り返ってから友人たちが公園から走り去るのを確認すると、すぐに自ら鬼へ向かって走っていった。

狙いは、鬼に向かって投げた鬼符だ。


(今度こそ、やってやる…!)


運動神経には自信がある。きっとやれる。

そう信じ込むことで、楓は自分を奮い立たせた。

生まれ落ちたばかりで、よたつきながら起き上がろうとしている鬼のちょうど真下、足元に鬼符が落ちていた。

楓はまっすぐに鬼符目掛けて手を伸ばしながら駆け寄る。


「絶対成功させるんだからっ!」


親友たちに危害を加えさせないためにも、自分が鬼を倒さなければならない。

そのためにも鬼符での攻撃を成功させなければならなかった。

楓は自分を鼓舞するように叫んで、鬼の足元へと身を投げ出すように飛び込む。

その時、目の前で赤い炎が弾けた。


「ぎ、ぎゃああああっ!?何だこれはあっ!」


決して大きな炎ではないその火は瞬く間に鬼の足に引火し、たちどころに鬼の体を燃やしていく。

楓は飛び込んだ勢いでその場にうつ伏せになるように倒れ込むが、目の前で突然発火した鬼を呆然と見つめていた。


「あ、たしが…やったの…?」


燃えていく鬼をぼんやりと見つめていた楓は、力が抜けたようにその場に突っ伏す。

そんな楓を見守るように移動販売車の後ろで鬼符を手にした桜が安堵の息を漏らした。


「驚くほど才能がないな」


ちゃっかり桜と共に外出している冥鬼がフーセンガムを膨らませながら声をかけてくる。

その両手には買い物袋を持っていた。

服も、楓の父親に譲ってもらった赤いシャツとやたらゴテゴテとした黒いライダージャケットを着ている。

ズボンはジーンズなどではなく白い道着であったが、冥鬼は動きやすくて気にいっているようだ。


「桜が手を貸さなかったら死んでたぜ、あいつ」


「…さすがに…いえ、そうかもしれませんね」


楓を庇おうとした桜は、少しの間の後に項垂れた。

彼女に修行をさせなかったのは自分の甘さが原因だ。

その甘さがこれほどに楓を危険な目に遭わせてしまうことになった。


「だが…」


買い物袋を地面に置いてゆっくりと歩み寄った冥鬼は、楓が伸ばした手の先にある鬼符を取って小さく笑う。

鬼符は微かに小さな炎を纏って、チリチリと符の上部を焦がしていた。


「努力次第で化ける可能性もある」


そう言って、冥鬼がその場にしゃがみこむ。

気を失ったままの楓を見下ろした冥鬼は、小さな火を纏う鬼符を手のひらで丸めてからその場に投げ捨てた。


「これからはもっと忙しくなるぜ、楓」


どこか楽しそうに、返事をしない楓に語りかけるとそのまま気を失った少女の体を抱き上げる。

冥鬼が封印から目覚めたことで悪鬼も活発化しているため、これからもますます楓の身の回りは騒がしくなるだろう。

鬼とは本来、人の心に巣食う闇が形となって現れたもの。

純粋な鬼である冥鬼はともかく、現代に生きる鬼は非常に少ない。

稀に、人と鬼が交配をして生まれ、現代にひっそりと生きている鬼もいるのだが。

次は、そんな現代に生きる鬼の物語だ。

ご覧くださりありがとうございます。

今回は楓がちょっと、だいぶヘタレ気味になってしまいましたが、楓には少しずつ活躍してもらう予定です。

しばらく楓はヘタレで冥鬼無双ですが次回も見てくださると嬉しいです。

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