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鬼王の巫女  作者: ふみよ
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8話【鬼符】

目覚ましの音よりも早く起きた朝。

楓は嫌な夢を見たような、何とも憂鬱な気持ちで布団から起き上がった。


「何か、全然疲れが取れてないような…」


大きなため息をついて目を擦る。

目覚まし時計に触れて時間を確認してから、ゆっくりと布団から起き上がった。

と、同時に襖の前であぐらをかいている鬼の姿を見て目を見張る。


「め、冥鬼!?」


思わずぎょっとして叫びそうになる楓だったが、冥鬼が腕を組んだまま眠っていることに気づいて声を飲み込んだ。

そして、昨夜の出来事が瞬時に脳裏に蘇ってくる。

浴室の中で鬼に襲われたこと。

冥鬼に助けられたこと。

その全てを思い出して、楓はゾクッとするほどの恐怖を感じた。


「冥鬼が…助けてくれたのよね」


あぐらをかいたまま眠っている何とも器用な冥鬼をまじまじと見つめて、楓が小さく呟く。

彼は目を瞑ったまま、静かに眠りについていた。

楓は、掛け布団を引き上げて自分の体に巻き付けるようにしながら冥鬼に近づくと、遠慮がちに冥鬼の頬に触れる。

まるで死んでいるかのように大人しく眠り続ける冥鬼の様子に、楓はしばらく黙ってから小さな礼を述べた。


「ありがとう…あたしを助けてくれて」


「それは昨日の時点で言え」


蚊の鳴くような小さな声で礼を言った楓だったが、その声を打ち消すかのようなハッキリとした低音が部屋の空気を震わせる。

目を瞑ったまま短くそう告げた目の前の男は、ゆっくりと瞼を開けて緋色の瞳で楓を見つめた。

深い赤。血のような赤い瞳が楓の姿を映している。

反射的に手を引っ込めた楓は、布団ごと思い切り後退した。


「おっ、起きてるなら起きてるって言ってよっ!」


ひっくり返ったような声で言うと、冥鬼は大きな欠伸で返事をする。

肉厚のステーキを難なくと噛みちぎれそうな人間離れした鋭い歯が上下に見えた。


「俺様は耳がいいからな、ちょっとの物音でも目が覚めちまう。おかげで快眠とは言い難いが」


冥鬼は組んでいた足を寛げてから大きく背伸びをした。

ずっと座ったまま寝ていたせいもあるのだろう、ちょっと体が痛そうだなと楓は思った。

そんな楓を前にしてゆっくりと立ち上がった冥鬼は、襖を開けて思い出したように振り返る。


「…そうだ。着替えたら桜のところに行け。昨日のことで話があるとか言ってたからな」


「お、お祖母様が…?」


狼狽える楓を気にもとめず、冥鬼はゆっくりとした足取りで部屋を出ていく。

楓は布団を頭から被った格好のまま、ぽかんとした顔で冥鬼の後ろ姿を見送っていた。


着替えを済ませて居間に向かった楓は、朝飯を食べながらテレビを見ている父と、何故かその場面に馴染んでいる冥鬼を見てから厨房で洗い物をしている祖母の元へと向かう。

桜は、楓に気づいたのか割烹着で手を拭きながら振り返った。


「おはよう、お祖母様…」


「楓、おはよう。本当はもっと早くからやっておくべきだったんだろうけどね…昨日みたいなことがまたいつ起きるとも限らないし、これはひとまずの気休めさ。付いといで」


そう言った桜は楓を手招くと居間にある木製で出来たタンスの、一番下の引き出しを開ける。

そこには真新しい墨で不可思議な文字が書かれた御札が何枚も入っていた。

桜はその1枚を手に取ると、楓の手に握らせる。


「な、なに?これ…」


「それはね、鬼符ってモンだよ」


桜が静かに告げる。

時折、楓の父が興味深そうにチラチラと見つめていたが、そのたびに冥鬼に声を掛けられてテレビに視線を戻していた。

どうやら朝の占いを熱心に見ているらしい。

何てロマンチストな奴らだ、と楓は心の中で思った。

そんな男二人を尻目に、桜が説明を続ける。


「鬼道家はこういった符に霊力を込めて邪悪な者を打ち払う術を持っている。まあ符を作ってるのはまた別の人だがね…その話はいつかしてやるさ。それより…」


桜は自分も引き出しの中から鬼符を1枚取ると、楓の手を取って居間から出ていく。

どこへ行くのかと、手を引かれるままに後へ続いた楓は手入れの行き届いた庭に連れてこられた。

そして、桜は鬼符を手に取って何やら集中するように眉間に皺を寄せる。

冬に差し掛かった季節特有の、ひんやりとした朝の風が頬を撫でた。


「炎よッ!」


そう叫んで桜が鬼符を手放すと、突然目の前で自然発火が起こったように楓には見えた。

鬼符が炎となり、目の前で火を起こしたのだ。

メラメラと空中で燃え続ける鬼符を、桜が手に取るがその火は桜の皮膚も服も焼くことなく燃え上がっている。


「お、お祖母様…それ、手品?お祖母様って実はマジシャンだったとか…」


おそるおそる楓が尋ねるが、桜は「そんなわけあるかい」と鼻を鳴らしてから両手で鬼符をパン!と挟んだ。

すると、先程まで燃え上がっていた炎はどこへやら、鬼符を纏っていた火は一瞬にして消えてしまう。

残ったのは、炭化した鬼符のみ。

はらはら、と風にさらわれるようにして消えていく鬼符の残滓を見つめながら、桜が言った。


「この鬼符は、いわばあたしらの内側に眠る巫女としての力を増幅させてくれる使い捨ての増幅器のようなもんさ。巫女としての修行をしてないあんたでも使えるはずだよ、楓」


現実離れした桜の説明に、楓は半信半疑で鬼符を見つめる。

巫女が簡単に炎なんかを出せたら今頃日本中の神社で火事が起こっているに違いない。

そんなことを考えながら鬼符と睨み合う楓を見て、桜は告げた。


「習うより慣れろってやつさ。こいつを使えるようになれば、昨日みたいな危険な目にも遭わずに済む。額に熱を集めるようなイメージで集中して、熱いと思った時に鬼符を投げればいい。後は勝手に鬼符があんたの霊力を炎という形で具現化してくれる」


簡単だよ、と笑って言うが楓は祖母の抽象的な表現を噛み砕いて理解するのが上手くない。

言われるがままに鬼符を見つめたまま睨むように集中はしてみるが、額に熱を集めるイメージがどうにも湧かずに額を押さえた。


「だ、ダメ…全然出来ない」


「あれま。鬼符がすんなりと力を引き出してくれるはずなんだけどねえ。あんた、ちゃんと集中してんのかい?それとも不良品の鬼符でもつかまされたかね…」


鬼符を手にしたまま頭を抱えてしまった楓に、桜は肩を竦めてたしなめるように言う。

楓自身、もちろん集中はしているつもりだ。

だが、言われるがままにやってみて一発で成功したら苦労はしないだろう。

そもそも、桜の言う通り楓はこれまで1度も巫女としての修行をしてこなかった。

1回や2回練習して成功したらそれは奇跡と呼んでいい。


「楓、明日からこれから毎日1時間早く起きて鬼符を使った特訓をすること。いいね」


「え、ええ!?1時間もっ!?ま、待ってよお祖母様…!」


桜から告げられる衝撃的な言葉に、楓はギョッとしてしまった。

これから毎日1時間も早く起きなければいけないなんて、たまったものではない。

夜更かしも出来ないし休日ゆっくり寝ることもできないということだ。

しかし桜は聞く耳を持たずにキッパリ「毎日サボらずに早起きするんだよ」と告げて居間に戻っていく。

家の中に鬼が現れた以上、これからは楓自身で自分の身を守らなければいけないことになる。

鬼道家の古い風習を好かない楓や、亡くなったばかりの自分の娘のことを思って無理に修行をさせてこなかった桜だったが、冥鬼の封印が解けたことで悪しき鬼が活動的になった今、年老いた自分の力だけでは家を守ることは難しい。

現に、昨夜は孫の危機に気づくのが遅くなってしまった。

幸い冥鬼が救出したおかげで命に別状は無かったが、楓は大事な跡取りであり大切な娘の残した、桜にとってはかわいい孫だ。

楓には巫女としての修行を積んで、自分の身は自分で守れるようになって貰わなければ困る。


(ま、冥鬼様も居るからそこまで危機に瀕してるってわけでもないが…準備は早めにしておかなきゃならんだろうね…。いっそ山に修行にでも出すか?なんてね…あたしの修行時代じゃあるまいし、楓にそんなことまでさせられないよ)


桜は、ふうっとため息をついて居間に戻っていった。

そんな祖母の真意を知る由もなく、楓は鬼符を手にしたまま憂鬱な気持ちで頭を抱える。


「こんな気持ちで集中なんてできっこないわよ…」


大きなため息をついてしまった楓は、手の中に握ったままの鬼符を睨むように見つめた。

しかし集中どころか、今の楓には鬼符に力を込めるイメージすら湧いてこない。

楓はもう一度、大きなため息をついてから朝飯を食べに居間へと戻っていった。

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