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鬼王の巫女  作者: ふみよ
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62話【告白の続き・1部完】

「ちょ……やめてよ冥鬼!」


抵抗することなくじっと金色の瞳を向けている獣に冥鬼が凄んでみせるが、すぐさま楓が二人の間に割って入った。

白銀の獣を庇うようなその言葉に、冥鬼は静かな殺気をその身に漂わせたまま、表情を変えることなく淡々とした口振りで応える。


「黙れ。こいつはお前を連れ出して化け物に食わせようとしたんだろうが」


「響子ちゃんはそんなことしてないわよ! 連れ出されたのは事実だけど、響子ちゃんはあたしを化け物から守ってくれたの!」


誤解よ、と楓が言う。

冥鬼は白銀の獣を見つめたまま話を聞いていたが、やがて興味が失せたとでも言うように瞼を伏せる。


「……ふん、それでそのザマか」


冥鬼は鼻で笑うと、刀を退けて白銀の獣の体に手をかざした。

危害を加えられることを警戒した楓が冥鬼の名を叫ぶ。

思わず雪鬼も冥鬼に声をかけようとするが、橙色の光を見た途端、すぐに口を噤んだ。

相変わらず冥鬼の顔は不快そうに歪められたままだったが、彼の手のひらから放たれる優しい治癒の光は、白銀の獣が受けた傷をたちまち綺麗に癒していく。


「……どうして、私を?」


戸惑う獣に、冥鬼は顔を逸らすと黒衣の袖に手を突っ込んで肩を竦めて見せた。


「勘違いするんじゃねえ。この足でまといの馬鹿女を守って怪我をしたんだろ。なら、これでチャラだ」


「もう、冥鬼っ! 素直じゃないんだからっ!」


命拾いしたなと付け足す冥鬼に、楓はみるみるうちに笑顔になると彼の腕にしがみついて嬉しそうにからかった。

そんな楓に小言を言いながらデコピンを喰らわせている冥鬼を険しい表情で見つめていた獣は、やがて雪鬼の服を軽く口で引っ張る。


「帰るわよ、ユキ」


「か、帰るってどこにですか?」


「……私たちの家」


嫌?と白銀の獣がしおらしく雪鬼を見上げる。

雪鬼は目を丸くして獣を見つめていたが、やがて獣の額を撫でて深く頷きを返した。

この場から立ち去ろうとしている一人と一匹を見て、冥鬼は静かに告げる。


「今度は捨てんなよ、そのチビを」


冥鬼の言葉に、白銀の獣が顔を向ける。

その緋色の瞳には嫌味や悪意はない。

まるで雪鬼のことを案じて放ったかのような台詞だった。


(優しい目……)


狗神響子の獣の瞳は、人間の体で居る時よりもずっと鋭く生き物の本心が見える。

その者が悪意に満ちていれば身を纏う負の気配が一目で分かるし、逆に心優しい者の気配は彼女の心を自然と穏やかにする。

今、目の前に居る冥鬼は、心から雪鬼のことを思って口にしたのだと響子にも分かった。

半妖である雪鬼を突き放して一人にしてしまったのは、完全に響子の過失だ。

雪鬼がやつれたように見えるのは気のせいではないだろう。

響子はしばらく瞬きもせずに冥鬼を見つめていたが、やがて小さく頷きを返すと、壁を蹴って地上へと戻って行った。

彼女の後に続くようにして雪鬼が軽快に響子の後を追う。

その場には、冥鬼と楓だけが取り残される。

冥鬼は腕を組んだまま何も言わない。

化け物の死骸を一瞥して鼻を鳴らしてから、赤茶けた土で塗り固められた空間を観察するように見上げている。

楓はと言うと、すっかり汚れてしまった服の泥を叩いて落としながら何を言おうか考えていた。

服に染み込んでしまった湿った土の汚れは簡単には落ちないだろうな、と楓が苦笑する。


「……冥鬼、あのね」


しばらくの沈黙の後、楓が静かに口を開く。

地下を見渡していた冥鬼は、黙ったまま楓へと視線を向けた。


「あんたが無事でよかった。本当に、もう大丈夫なのよね?」


はにかむようにして微笑んだ楓に、冥鬼は少しだけ目を見張るが、やがてすぐにいつもの仏頂面になると楓の額を指で弾く。

しかも、立て続けに二回も。


「あたっ!」


「……やっぱ、全然似てねえ」


ぱちん、と楓の額を弾いた鬼の顔は、何だか嬉しそうにも見える。

いつのまにか、【お守り】は、元の大きさへ戻っており、彼の手の中に握りこまれていた。

冥鬼は、赤銅色の【お守り】を楓に突き出すと用がなくなったと言わんばかりにそれを返す。

額を何度も小突いておいて嬉しそうな顔をしている冥鬼に文句を言いながらそれを受け取った楓は、大事そうにツノをヒモで巻き付けて再度首にかけた。


「……なあ楓」


「何よ。ま、またデコピンするつもり!? その手には乗らな……」


ふと、冥鬼の手が楓に伸びる。

散々額を痛めつけられていた楓は反射的に額を押さえるが、冥鬼の手は額ではなく別のところへ伸びていた。

楓の背中へと冥鬼の腕が回される。

やんわりと、楓が抵抗できるような力加減で彼女の体は抱き寄せられていた。

突然の出来事に、楓は目を点にしたまま冥鬼を見上げる。

緋色の瞳は、真剣な眼差しで楓を見つめている。


「……俺は、これからもお前を守りたい」


静かに、だがハッキリとした声でそう言った冥鬼は、すみれの写真立てが飾られた仏壇の間でも宣言した言葉を再度口にする。

楓は目を丸くしたまま冥鬼を見上げていた。

それが恥ずかしさを増長させたらしく、やがて冥鬼は、照れくさそうに視線を泳がせてしまう。


「……お、お前が頼りなくて弱っちくてへっぽこ女だから善意で言ってやってんだぞ」


冥鬼の声が少し上擦ったことで、楓はようやく彼が照れていることに気づいた。

暗がりの中で分かりにくいが、観覧車の中で見たあの表情だ。

だが今度は、照れた顔を見るなと鬼のような形相で睨んでくることはなかった。

先程までの余裕ぶった態度も、化け物対峙をした時の自信満々な振る舞いも、既にない。

冥鬼が懸命に言葉を選べば選ぶほど、彼の顔は赤く染まっていった。


「お前は紅葉に全然似てねえし、というか紅葉のほうが美人だったし……立ち振る舞いも料理の腕も、巫女としての力も最弱で女として嫁の貰い手も無い。……いや……」


俺が言いたいのはそんなことじゃない、と小さな声で呟いた冥鬼の声は楓の耳に届いた。

いつの間にか、楓はゆっくりと額から手を離して不思議そうに冥鬼を見つめている。

品のない間抜け顔だ、と冥鬼は思った。

彼の姉、紅葉とはもちろん違う。

すみれや桜、他の子孫たちに向ける感情と楓に向ける冥鬼の感情は明らかに違っている。

この気持ちをどう言葉にしていいのか、冥鬼には分からない。


「だ……だから、俺は……」


「冥鬼」


冥鬼の言葉を遮るように、楓が告げる。

その顔は、冥鬼以上に赤く染まっていた。

どこか覚悟を決めたかのような楓の表情に、冥鬼は慌てて言葉を被せる。


「お、俺が喋ってんだ。お前は黙っ……」


「あんたばっかりずるい。あたしの話も聞いてくれたっていいでしょ!」


顔を真っ赤にして楓の話を遮ろうとする冥鬼に、楓も意地になったかのように声を荒らげる。

俺が、私が、と騒ぐ二人の少年少女を急かすように、地上から声がかかった。


「いつまでやってるんですか、早く上がってきてください」


「ゆっユキくんまだ居たの!?」


「盗み聞きしてんじゃねえよチビ」


地上からの呆れたような声に大慌ての楓と、怨みがましい眼差しを向ける冥鬼。

地上からは少女のため息も一緒に聞こえた。


「乳繰り合うのは良いけど、帰ってからにしたらどう?」


その言葉に、ますます楓は顔を赤らめて狼狽える。

冥鬼は機嫌悪そうに地上を睨んで歯噛みした後、有無を言わさず楓の体を抱き上げた。


「地上に出たらまずあの犬を殺る。今度こそ間違いなく殺す。チビはその後だ。半妖と化け犬の肉でも酒のつまみくらいにはなるだろ……」


「だ、ダメに決まってるでしょ!」


ぶつぶつと恨み言を呟いている冥鬼を叱責した楓は、ふと勢いに任せて冥鬼の毛先を引っ張った。

突然髪を引っ張られた冥鬼の顔が傾く。

すると、少し顔を上げた楓と至近距離で見つめ合う形となった。


「……話の続き、あたしから言わせて」


楓が囁くような声で言う。

突然髪を引っ張られたことに文句を言おうとした冥鬼だったが、顔も逸らせないほど至近距離で潤んだ瞳の少女に見つめられると、何も言えなくなってしまった。

黒衣越しに、冥鬼の鼓動が速まっているのが聞こえる。

その鼓動の音は、彼が生きていることを確かに教えてくれた。

地上で待っているであろう響子と雪鬼の元へ戻るには、まだもうしばらく掛かりそうだ。

そんなことを考えながら、楓は静かに唇を開いた……。

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