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鬼王の巫女  作者: ふみよ
49/63

49話【天狗と青鬼】

「いやあ、今日は絶好の洗車日和っすねえ」


冬の寒空の下、露出度の少々激しいアニメキャラが目を引く痛車の窓を丹念に拭きながら髪を金髪に染め上げた青年がしみじみと呟く。

古めかしさを感じる日本家屋の庭先で、鈴の音を響かせながら桜柄の手毬をついていた幼女が顔を上げた。

前髪を瞼の上でまっすぐに切りそろえた幼い黒髪の幼女は今日もその素顔を鳥の骨で作られた仮面で覆い隠し、椿の花と黒い羽根の柄で彩られた赤い着物を身にまとっている。


「そうだな……」


鳥仮面の下から幼女とも老人ともつかない声が紡がれる。

男は機嫌が良さそうに鼻歌を歌いながら大切な愛車に汚れや傷がついていないか熱心に確認をしていた。


「楓ちゃんたち、今頃楽しくデートしてっかな〜」


「そうだな……」


心ここに在らずと言った声色で幼女が同じ返事を口にすると、洗車を続けていた男がおもむろに顔を上げて唇を尖らせた。

胡散臭そうなその顔は普段よりもずっと幼く見える。


「もー小鳥ちゃん!さっきから、そうだな……ばっかりじゃないすかー!」


とびきりの渋い声を上げてみせた男の言葉に、鳥仮面の幼女はゆっくりと顔を上げると、両手の中で手毬をコロコロと転がしながらため息混じりに言った。


「それは我の真似か?全く似ておらんぞ」


呆れたように幼女が告げる。

結構迫真のモノマネだったんだけどなあ、などと男がボヤく。

そして、車を彩るキャラクターと同じものがプリントされたタオルを使って車のボディを拭き始めた。


「……小鳥ちゃんさあ、何か考え事?」


日本家屋と和服の幼女とは完全に不釣り合いの外見をした青年が問いかける。

くるくるとした猫っ毛を蜂蜜色に染め上げ、どうみても和風という言葉とは程遠い。

ギラギラとラメの入ったゼブラ柄のタートルネックの裾を肘まで捲り上げ、細身だがしっかりと筋肉のついた腕を覗かせている年齢不詳のその男の名前は、大鳥(おおとり)と言った。

人の良さそうな……と言うよりも、どちらかと言うと高齢者をオレオレ詐欺で騙したり怪しげなセミナーに勧誘してくるのではないかと初対面の人間を警戒させる胡散臭い笑顔と立ち振る舞い。

女子ウケのする甘いマスクではあるのだが、彼の理想の女性は(ごく一部で)人気のアニメ【ディアブル風魔法少女ネージュたん】に出てくるネージュたんのライバル関係にある美少女、ルーたんである。

ちなみにルーたんと言うのはファンたちの間で呼ばれている愛称であり、クールビューティーで通っている彼女はルー子と呼ばれると顔を真っ赤にして怒る一面もある。

本名はラインヴァイス・ルーヴォルフ。

美しい純白の髪と金色の瞳を持つ美少女で、気に入らないことがあると「噛み殺されたいの?」と言うのがお決まりのキメ台詞であり、同志の集まるイベントでは「噛み殺して!」とファン達が野太い声で叫ぶのが鉄板だが、本作には全く関係ない。

大鳥は、【ルーたん】や【ネージュたん】の顔が印刷されていない部分で車を拭きながら、車のボディに映る妹、小鳥(ことり)の姿を見つめた。

小鳥にとっては熱心に痛車を拭く兄の姿はいつもの光景であり、特に気にした様子はない。

それよりも、小鳥には気がかりなことがあった。


「じいさまが我に語りかけてくるのだ。怪異がこの街を覆っていると、忠告しておる」


小鳥は、自分の顔を覆う鳥仮面をぷくぷくとした幼い指でなぞりながら呟いた。

すると、車を拭いていた大鳥はゆっくりと手を止めて一度だけ瞬きをする。


「じいさんが? ってことは怪異ってのは……あいつのことか」


大鳥は、車のボディに映っている鳥仮面を見つめてそう言った。

いつもは胡散臭く微笑んでいるタレ目がちの瞳が僅かに細められる。

小鳥は、鳥仮面をゆっくりと手で撫でた後、手毬を抱えて大鳥に近づいた。


「楓と冥鬼殿に間違いなく危険が迫っている。昨夜の修行の後、楓にきちんと鬼符を渡したのだろうな?」


「あー……」


念を押すような小鳥の問いかけに、大鳥はしばらく間の抜けた返事をした後、落ち着かなさそうに畳んだままのタオルを開いてから四つ折りにすると、ぎこちなく振り返って苦笑した。

返事を聞かずとも小鳥には分かる。

大鳥のその顔は【鬼符を渡し忘れました】と言っているのだ。

小鳥は全身でため息をついた後、大鳥の顔に向けて手毬を投げつけた。


「……この、馬鹿者! いつ何が起きても良いように毎回多めに渡しておくように言ったであろう!」


「ごめんごめん小鳥ちゃん! わざとじゃないんだって! ズボン伸びちゃうから! 暴力反対!」


投げつけられた手毬を難なくキャッチした大鳥だったが、間髪入れずにズボンを思い切り引っ張られたために情けない声を上げて妹に平謝りをする。

そんな兄妹の後ろから、ゆっくりと近づく小さな影があった。


「今、楓……と……」


掠れた声でそう告げたのは十歳ほどの子供だった。衰弱しているのか、顔色が良くない。

大鳥にしがみついたままの小鳥が振り返る。


「楓と冥鬼……そう言いましたね」


よろめきながら、子供が言葉の続きを紡いだ。

子供の耳は人間離れをしてツンと尖り、その額からは二本のツノが生えている。

中性的なビジュアルをしたその子供は、小さく息を吸い込むとどこか強ばった表情で尋ねた。


「あなたたちは、何者……なんですか?」


そう告げた幼い子供は、赤いつり目がちの瞳を細めた。

時間は、少しばかり遡る。

冥鬼が楓に叩き起されていた時間よりも前、洗濯物を干しに外に出た大鳥は、傷だらけで庭に倒れた鬼の子供を見つけた。

まだ息のあるその子供に興味本位で近づいた大鳥だったが、その血の跡を辿ってきたらしい悪鬼たちがぞろぞろと湧いてくる。

大鳥は、困ったように苦笑してから武器を持っていないことを証明するように長い腕を頭上へと上げてみせた。


「オマエ、妖怪ダナ?」


「そうっすよ〜」


大鳥は、悪鬼の問いかけに正直に応えた。

ヘラヘラと笑う金髪の男を胡散臭そうに眺めていた悪鬼たちは、ひそひそと何かを相談するように囁きあった後、血のついた棍棒を突き出す。


「まあ良い、オマエは食っても不味そうダカラ見逃してヤル。そこのオモチャをコッチに寄越セ。勝手に逃げ出しやがって……たっぷりかわいがってやらなきゃナ」


悪鬼は棍棒の先を軽く振りながら鬼の子を指す。

鬼の子は全身傷だらけではあったが、僅かに身を捩って立ち上がろうとする。

しかし、力が入らないのかすぐに地面に突っ伏してしまった。

大鳥は、目の前で倒れたままの鬼の子を見下ろす。

鬼の子の赤い瞳が大鳥を捉えて僅かに強ばった。

悪鬼の次は得体の知れない人間の男に捕まるのか、とでも言いたそうな眼差しだ。

大鳥は鳶色の瞳を細めると、普段のヘラヘラした表情とは違う無感情な眼差しで鬼の子を見下ろしてからおもむろに子供の体を跨いで悪鬼たちの前に進み出る。

その顔は、すぐにいつもの胡散臭い笑顔に戻っていた。


「いやはや……お言葉ですけど、鬼同士で殺し合うのはご法度じゃなかったっすかね?確かそんなふうに聞いたんだけどなあ」


半笑いで問いかける大鳥の問いかけを聞きながら、鬼の子は強ばった表情のまま彼の後ろ姿を見つめている。

悪鬼たちはそれぞれ顔を見合わせた後、金属を擦り合わせたような耳障りな声で応えた。


「そいつは半妖ダ。半妖は鬼じゃないカラ虐めてもイイんだヨ」


「なるほど! だから殺してもいいってことっすね? いやあ、考えたなあ」


悪鬼の返事に、大鳥は両手を叩いて快活に笑う。

別に面白くも何ともないと言うような顔をして鼻を鳴らした悪鬼が、軽く棍棒を振りながら大鳥の話を遮る。


「さっさとその半妖をオレたちに渡セ。あんまりグズグズしてるとオマエも同じ目に遭わせるゾ」


苛立ったように悪鬼が急かすと、大鳥は両手をヒラヒラさせてからわざとらしくその掌を顔の前で重ね合わせた。

そのひょうきんな仕草とは裏腹に、大鳥の目は笑っていない。


「はーいはい……あ、もうひとつだけ聞いてもいいすか?」


「ナンダヨ、もう。早くシロ」


悪鬼の顔に明らかな苛立ちの色が浮かぶ。

しかし大鳥はマイペースな口調で続けた。


「この場所、私有地なんだけどさあ……あんたら、それ知ってて……」


明らかな作り笑顔で大鳥が問いかけようとしたまさにその時、背後から勢いよく炎の玉が飛んで目の前の鬼を焼き尽くした。

それだけではない。

密集するように立っていた鬼達もまとめて、赤い炎が包み込んで燃やしていく。

それは大鳥が瞬きをする間の、まさに一瞬の出来事だった。

大鳥は目を瞬いた後、わざとらしい苦笑を浮かべる。

彼の背後には鳥仮面を被った幼女が鬼符を手にして立っていた。


「心無き者と会話など不要」


「こ、こえー……小鳥ちゃんこえー……。鬼だって生きてるんすよ〜! 良心とかないわけ?」


「ない」


鳥仮面の幼女が淡々と吐き捨てる。

大鳥はわざとらしく自分の肩を抱いて怯えた素振りをして見せた。

しかしすぐに、血まみれで倒れている子供の存在に気づくと思い出したようにその場に屈みこむ。


「そうだそうだ……小鳥ちゃん、この鬼の子、どうします? 追われてたみたいっすけど〜」


「どうもこうもなかろう、勝手に土足で人の敷地に入り込みおって」


子供の口の前に手を翳して呼吸音を確認した大鳥は、妹に指示を仰ぐように振り返る。

しかし、小鳥は悪鬼をすべて焼き殺したことを確認すると倒れた鬼の子供に見向きもせず身を翻してしまう。

きょとんとした顔の大鳥を見ることなく、小鳥が呆れたような口振りで言った。


「どうせお主のことだ。手当をしてやりたいとかぬかすのだろう? 勝手にしろ」


「あは〜……バレてた?」


興味を示すことなく、小鳥はゆっくりと家の中へと戻っていく。

そんな妹の後ろ姿を見つめていた大鳥は茶化すように笑ってから幼い鬼の子供を抱き上げた。

子供の外見年齢は十歳ほど。

青みがかった前髪を瞼の上できっちりと切り揃え、肩につくかつかないか程度の長さまで伸ばしている。

血まみれではあるが、さほど傷は深くないようだ。


「半妖ねぇ……こんなに小さい子供じゃ、良くも悪くも悪い大人のおもちゃだよなあ。あ、大人のおもちゃって変な意味じゃないっすよ?」


誰も聞いていないのだが、自分で自分の発言をフォローした大鳥は、腕の中の子供の瞼が僅かに動いたのを見て「おっ」と声を上げた。

全身が血にまみれた子供は、緋色の瞳で大鳥を睨むように見つめる。


「僕は、子供じゃありません……よ」


大鳥を睨みつけたまま、苦しそうに言葉を紡いでいた鬼だったが、間髪入れずに、ぐぅ……と情けない音が子供の腹から聞こえた。

目を丸くする大鳥に、鬼の子は顔を真っ赤にして狼狽える。

大鳥はきょとんとした後に、気さくに微笑みかけた。

もちろん、いつもの胡散臭い笑顔と何ら変わりはない。


「……君さあ、もしかしなくても腹減って飢え死にしかけてんじゃないっすか?見たところ丸五日は食ってないでしょ」


大鳥が問いかけると、鬼の子はしばらく固まった後、恥ずかしそうに頷きを返した。

躊躇いがちに頷いたその子供の素直さが愛らしくて、大鳥は子供をあやすように笑いかける。


「オレたちと一緒で良ければ食います?朝飯」


にこにこと問いかける大鳥の後ろで、家に上がろうとしていた小鳥が呆れたように小さくため息をついた。

行き倒れの鬼の子は目をぱちぱちと瞬かせていたが、再度腹が鳴ると今度こそ恥ずかしそうに俯いてしまう。

かくして、血まみれで倒れていた子供は天狗兄妹の家へと招かれて体の汚れを風呂で十分に落としてから炊きたての白米をいっぱいに頬張った。

言葉を発する元気もなく行き倒れていたらしく、無心に飯を口にすると茶碗を手にしたまま眠ってしまったのだ。

よほど気を張りつめていたのだろう。

そんな鬼の子を寝室に移動させて寝かしつけた後、洗い物を済ませた大鳥が日課の洗車をするべく外に出たところで冒頭へ戻る。

楓に鬼符を渡しそびれていたことを叱られた大鳥が平謝りしていたまさにその時、寝室で眠っていたはずの鬼の子が部屋から出てきた。

まだ疲れの色濃く残る子供の表情は僅かに強ばっている。


「楓と言うのは、鬼道楓殿のことですか?」


よろめいた体を、壁に手をついて支えながら鬼の子が問いかける。

小鳥は黙ったまま大鳥を見上げた。

その無言の威圧に苦笑して、大鳥は胡散臭い笑みを浮かべたまま鬼の子へと近づく。


「あー……まあ一応? 小鳥ちゃんの弟子の、鬼道楓ちゃんってことに……なるっすねえ?」


「我を見るな」


鬼の子の正体がわからない分、正直に話していいのか惑いながら小鳥を見る大鳥だったが、あっさりと冷たい返事を受けて肩を落とす。

そんな頼りない兄の代わりに、小鳥が鬼の子の前へ進み出た。


「半妖、お主の名は?」


幼い鳥仮面の少女に見据えられて問いかけられた鬼の子は、躊躇うことなくハッキリと小鳥を見つめて応える。


「僕は、雪鬼と言います。冥鬼と楓殿に命を救われたことがある……ただの、雪鬼です」


緋色の眼差しがまっすぐに鳥仮面を見つめる。

小鳥は黙って、雪鬼と名乗った鬼を値踏みするように見つめた後、おもむろに視線を外して大鳥へ小さく頷きを返した。


「この者は悪しき鬼ではない。安心せよ」


小鳥が静かに告げると、大鳥はタレ目がちの目を細めて雪鬼を見つめた。

その瞳がいつになく真剣な眼差しだったものだから、小鳥は僅かに声のトーンを落とす。


「大鳥?」


「この背格好に人外要素……ネージュたんのコスプレをしたら間違いなく神レイヤーになれるんじゃ……ん?ああ……いや。何でもないっすよ」


顎に手を当てて雪鬼を見つめていた大鳥は小鳥の視線に気づくと、いつもの胡散臭い笑みを浮かべて見せた。

しかしすぐに雪鬼を真剣な眼差しで見つめると「敬語キャラとかますます反則だろ……」と低いトーンで呟く。

小鳥は今すぐにでも大鳥を引っぱたくか脛を蹴りあげたい衝動に駆られたのだが、それよりも先に雪鬼が口を開いた。


「ひとつ、聞かせていただきたい。さっき話していた怪異と言うのは…何ですか?」


雪鬼の問いかけに、小鳥は大鳥をひっぱたこうとした手を下ろして小さく咳払いをした。

相変わらず頭上では大鳥が雪鬼を見つめたまま真剣な眼差しでぶつぶつと呟いている。

小鳥は小さくため息をついた後、雪鬼を見上げて応えた。


「……この町を、犬神の気が覆っている。あれは我らにとっての仇。ゆえに警戒しておるのじゃ」


小鳥は、鳥仮面を指でなぞりながら告げた。

すると明らかに雪鬼の表情が変わる。


「犬神…!?まさか、あの人は本当に楓殿を狙って…」


雪鬼の表情が強ばったのを小鳥は見逃さなかった。

この幼い鬼は犬神を知っている。

そして【怪異】と顔見知りであろうことも、今の反応を見て明らかだ。

小鳥は鳥仮面から手を離すと、その手で大鳥の腰をどついた。


「雪鬼とやら、お主の知っていることをすべて話してもらおうか。大鳥はさっさと洗車を済ませろ。出かけるぞ」


「いでっ! で、出かけるって? どこに?」


話を全く聞いていなかったらしい大鳥は、相変わらず雪鬼を見つめたままぶつぶつと呟いていたが、突然小鳥に腰をどつかれると思い切り姿勢を崩して小鳥と雪鬼を交互に見やった。

ため息をついた小鳥が兄のふとももを思い切り抓る。


「ええい、察しの悪い奴め。楓と冥鬼殿のところへ行くと言っておる。お主も来るか、雪鬼」


兄妹漫才を見せられている雪鬼は目を丸くしたまま狼狽えていたが、口早に問いかけられると迷うことなく頷きを返したのだった。

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