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鬼王の巫女  作者: ふみよ
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47話【想いを告げて】

もくもくと、楓の作ってきたおにぎりを頬張る冥鬼を少し拗ねたような表情で見つめていた楓だったが、声を上げたことで気持ちが若干和らいだようだ。

ようやく景色を楽しむ余裕が出てきた楓は、ゆっくりと動く景色を眺めながら目の前に座る冥鬼へと話しかける。


「あのね、あたし……高校を卒業したら鬼道の家を出ようと思ってたの」


静かに語り始める楓に、冥鬼は返事をすることなく塩味の特に効いた部分をどう食べようか考えながら眉を寄せている。

そんな冥鬼の心中など知る由もなく、少女は続けた。


「アンちゃんや鈴蘭と一緒に都会に出て、働きながら学校に通って…素敵な恋愛をしたいって言うのが小さい頃からの夢で……」


「……その話、長くなるか?」


一口に残りのおにぎりを放り込んだ冥鬼が、コップに見立てた指の形を傾けるジェスチャーをしながらくぐもった声で問いかける。

楓は、肩を竦めてバッグから水筒を取り出すと、水筒の蓋に温かいお茶を注いで冥鬼に手渡してやった。

水筒の中身が酒でないことに気づいた冥鬼が少しだけ不満そうな顔をする。


「長くしないから聞いてよ。いつも寝る時に小さい冥鬼に話してたこと、あんたにも聞いて欲しくなっただけなの」


受け取った蓋を手にして一気に飲み干す冥鬼を見ながら、楓は次第に言葉尻を小さくして呟いた。

口の中いっぱいに強烈な塩味の効いた米粒が支配していたため青い顔をしていた冥鬼は、熱いお茶でそれを喉の奥に流し込んでから、ようやく完食できたと言わんばかりに大きなため息をつく。

満腹感もあったが、それ以上に口の中がお茶でさっぱりして気持ちがよかったようだ。


「餓鬼の俺様もかわいそうにな、つまらん与太話を毎晩延々と聞かされて」


冥鬼は喉を潤した後、ワンテンポ置いてから皮肉たっぷりに言った。

その言葉に、楓の表情が曇る。

最近は、幼い冥鬼が楓の元に現れる頻度は減ったが、目の前の冥鬼が現れるまでは毎晩幼い冥鬼が枕元に現れていた。

幼い冥鬼はいつも熱心に楓の話を聞いてくれたが、確かに幼い冥鬼にとってはつまらない話だったかもしれないと楓は思う。

冥鬼は米粒のついた指をぺろりと舐めると、窓の向こうの景色から視線を外して、楓へ目を向ける。

切れ長の赤い瞳に見つめられたことで、楓の胸は大きく高鳴った。

宝石のように美しい輝きを放つ緋色の瞳は、楓の心の内を見透かすように妖しく煌めいている。

術を使われている気配などないのに、まるで全てを読まれているかのようだ。


「……んで、夢は叶いそうなのか?」


先程、皮肉を口にしたばかりの冥鬼から告げられたのは、意外にも話の続きを問いかける言葉だった。

楓は目を丸くすると、すぐに嬉しそうにはにかんでからかぶりを振る。

自分でも単純だと思った。

話の続きを促されただけなのに、楓の気持ちは軽くなり、嬉しさでいっぱいになる。

楓が手に持った水筒を軽く揺らしてみせると、冥鬼は再度手に持ったままの水筒の蓋を差し出した。


「夢はね、諦めたの」


蓋に再度お茶を注いで、楓が言う。

お茶から立ち上る湯気が、空気に熔けて消えていくのを少しだけ眺めてから、冥鬼はお茶を一気に飲み干した。

空になった蓋を渡された楓は、その蓋を水筒の上部に嵌めながら続ける。


「巫女として鬼道家や友達を守りたい。今は、そのことで頭がいっぱい」


修行も始めたし頑張らなきゃよね、と楓は笑うが冥鬼は笑わなかった。

幼い頃からの夢を楓の口から聞いたのは初めてだった。

彼女の夢に興味すらない冥鬼だったが、それでもあっさりと夢を諦めたと口にした少女に良い顔はしない。


「俺様は……お前が巫女になろうがなるまいが関係ないって、前に言ったよな」


冥鬼は静かに告げる。

以前、巫女としての修行を受けるかどうかを迷い、口ごもった楓を遮るようにして冥鬼はその言葉を口にしたことがある。

楓は巫女になりたいわけではないのだと、その時に何となく感じ取った。

だから、巫女になりたくないなら、別にならなくてもいいと思ったのだ。

それは本心だったし今でも変わらない。

人間の娘が危険をおかしてまで巫女になり、修行などをして鬼と戦う必要はないと思ったからだ。

しかも、幼い頃からの夢を諦めてまで。


「お前の中の力は高まりつつある。過去の出来事を【視る】ことができるまでになった。もう何も知らない一般人として暮らすことは出来ないぜ」


「……分かってる」


冥鬼が静かに続けると、楓は少し強ばったような真剣な表情で彼を見つめた。

その瞳には強い意思が感じられる。

以前のような迷いはない。

冥鬼は、表情を和らげると悪戯に口角を上げて、わざと茶化すような口振りで言った。


「だが問題ねえよ。お前がちんちくりんのへっぽこ巫女でも、あの家には俺様が居る」


ちんちくりんという言葉を聞いて目を丸くした楓が頬を膨らませる。

どうやら強ばった彼女の気持ちを解すことは出来たらしいと、冥鬼は少しだけ笑った。

そして、と付け足した冥鬼は一度口を閉じると、少しだけ間を置いてから自身の尖った鬼の爪を弄りながら告げた。


「お前は俺様の所有物だが……その前に、ただの人間だ。都会とやらに行きたいなら行けよ。俺様や鬼道の家に縛り付けられる必要はどこにもないだろ」


どこか投げやりにもとれる言い方をした冥鬼の言葉を聞いて、楓は表情を歪ませる。

そして、わずかに泣きそうな顔をして声を荒らげた。


「縛り付けられてるなんて……思ってないっ!思ったことなんか一度だってないわよ!」


長いポニーテールを揺らして楓がかぶりを振る。

まさか楓の機嫌を損ねるとは思わず冥鬼が緋色の瞳を丸くすると、楓は遅れて声のトーンを落とした。


「ご……めん、冥鬼……ありがとう。あたしのために言ってくれたのよね」


そう言って、楓は自身の膝の上で拳を作った。

俯き加減だった顔を上げて、再度まっすぐに冥鬼を見つめる瞳は、先程と同じように真剣そのもの。


「でもね……あたし、もう決めたの。もっと修行を続けて、強くなりたいのよ。あんたのことも守れるくらいに」


楓のまっすぐな瞳が冥鬼を映す。

目の前の鬼は、しばらく目を丸くしていたのだが、やがてその切れ長の瞳を細めると小馬鹿ににしたように鼻で笑った。


「俺様を守るとはまた大きく出たな……人間風情がデカい口を叩くじゃねーか」


背もたれに寄りかかって目を細めた鬼が楓を見つめ返す。

緋色の瞳がキュッと細くなり、冥鬼の眉間に僅かな皺が刻まれた。

大して面白くもなさそうに笑った冥鬼を見て、楓は少し強ばった表情を浮かべる。

彼のプライドでも傷つけたろうかとそんな楓の思惑とは裏腹に、冥鬼は少し間を置いてから口を開いた。


「お前は俺様の後ろに居な。黙って守られてりゃ良い」


静かに告げたその言葉に、今度は楓が眉を寄せる。

無性にその言葉に腹が立って、楓は感情を殺したような声で呟いた。


「何よそれ……あたしなんか足でまといってこと?」


俯きがちになった楓の声が小さく震える。

冥鬼は普段の声のトーンで口早に否定をした。


「おい待て。足でまといとは言ってな……」


「言ってるようなものじゃないっ!」


冥鬼が否定をしようとすると、その言葉に被るようにして楓が声を荒らげる。

同時に座席から立ち上がった楓は、瞳を涙で潤ませながら冥鬼を睨みつけた。

激昂したためか白い肌は染まり上がり、握ったままの拳を小さく震わせている。

彼女が立ち上がったことで膝の上から転げ落ちたバッグと楓を、冥鬼は交互に見る。


「おい、鞄が落ち……」


「あたしだってっ!」


バッグを拾い上げようとした冥鬼を気にする余裕などないのか、楓が再度声を上げる。

すると、バッグに伸ばした冥鬼の手が止まった。

緋色の瞳だけを、黙って楓に向ける。


「あたしだって……あんたに頼って欲しい」


堪えようとしていた涙が、とうとう楓の左目から零れ落ちた。

何故楓が涙を流したのかわからない冥鬼は目を丸くして、それから自分のコートのポケットに両手を突っ込む。

桜が持たせてくれたハンカチとティッシュがそれぞれ入っているからだ。

焦りながらポケットを探っている冥鬼を気にする余裕などなく、楓が続ける。


「あんたはあたしが小さい頃からずっと傍にいて、見守ってくれたの。お母さんが亡くなった日の夜だって……何も言わないでそばにいてくれた」


楓はしゃくりあげながら言う。

もちろん冥鬼には身に覚えのないことだ。

彼が封印されていた間は、幼い姿をした冥鬼が鏡から抜け出して、楓や白昼夢で見た楓の母を見守っていたのだろう。

冥鬼はポケットに手を突っ込んだまま苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。


(俺様の知らないところで余計なことしてんじゃねえよ、餓鬼)


可能なら舌打ちをしたいところだったが、楓が泣きじゃくっているためにそれは出来ない。

冥鬼はポケットの中からようやく綺麗に折りたたまれた花柄のハンカチを探り当てるとそれを差し出しながら言った。


「……わかったから拭けよ、鼻水」


「出てないわよっ、鼻水なんか…ひっく…」


差し出されたハンカチを受け取った楓がしゃくりあげる。

冥鬼はため息をついて、少し困った顔をしながら楓を手招いた。


「……悪かった。傍に、来い」


その言葉は突き放すような冷たい声色でも、人を馬鹿にしたようないたずらっぽい声色でもない。

どちらかと言うと子供をあやすような、楓が初めて聞く声色だった。

夢で見た、身重の紅葉を気遣っていた時の声色にも似ている。

楓は自然と、素直に頷いて冥鬼の傍へ歩み寄ろうとした。

その時、観覧車が大きく揺れる。


「きゃあっ!」


楓は、自分の足元が激しくぐらつくのを感じた。

咄嗟に冥鬼の手が楓の腕を掴む。

それによって冥鬼に覆いかぶさるようにして倒れ込んできた楓の体を、彼はしっかりと抱きとめた。

大きく揺れた観覧車が静かに動きを停止する。

楓は、抱き寄せられた時のまま、冥鬼の首筋に顔を埋めていた。

観覧車の緊急停止を詫びるアナウンスが、楓の耳にはどこか遠くに聞こえる。


「緊急、停止?」


小さく呟くと、楓の息がかかるのか長く尖った冥鬼の耳がぴくりと動く。

それを目にしてようやく、楓は自分が冥鬼に抱きしめられていることに気がついた。

冥鬼は楓を抱きとめたまま顔を逸らしている。

楓は、今自分が置かれている状況をゆっくりと振り返っていく。

観覧車が大きく揺れたために体をぐらつかせた彼女は、冥鬼に手を取られて事なきを得た。

楓は冥鬼の足の上に座り込む形となり、思いのほか体を寄せ合う形となっている。

楓は、自分が冥鬼に体を押し付けていることにようやく気づいて顔を赤らめた。


「ご、ごめんなさい! すぐ退くから……」


「べ、別に……お前が泣き止むまでの間くらいなら、このままでいろ。泣かせたのは俺様だ」


慌てて体を起こそうとする楓の言葉を遮るように冥鬼が声を被せる。

心無しか、楓の背に回された冥鬼の手には力がこもっているようだ。

相変わらず顔は背けたままではあったが、楓をあやすように、鬼の手はやんわりと少女の背中を叩いていた。

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