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鬼王の巫女  作者: ふみよ
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46話【初めての観覧車】

「退屈だ」


観覧車が動き出してしばらく経った後、生まれて初めての観覧車を堪能するまでもなく開口一番に眠そうな顔をした少年が言った。

ゆっくりと上昇していく観覧車から見える景色は見慣れない園内と、それから羨ましそうに観覧車を見上げる杏子の姿がある。

杏子の傍らに居る鈴蘭は観覧車を見上げることはなく俯いたままだ。

そのため、観覧車に乗っている冥鬼たちには彼女の表情が読み取れない。

先程、観覧車に乗り込むタイミングで鈴蘭が何かを口走っていたようだったが、それにつついて問いかけるよりも先に搭乗時間となってしまった。

鈴蘭の呟いた言葉は、深い恨みのこもった呟きだったが、冥鬼には鈴蘭に恨まれる覚えもなければ彼女の親を殺した仇というわけでもない。


(それよりも、だ)


冥鬼はゆっくりと瞬きをする。

恨み言を口にした鈴蘭からほんの僅かに感じたのは、確かな妖気。

妖怪ならまだしも、人間が纏うものではない。

鈴蘭は楓の友人で普通の人間だし、以前も会ったことがある冥鬼にだってそれは分かっている。

その時には妖気など感じなかった。


(俺様の鼻が鈍ってやがるのか……?)


俯いたままこちらを見ようともしない鈴蘭が、突然その場を逃げるように離れていった。

どんどん小さくなっていく少女の姿を、冥鬼は緋色の瞳を細めて見つめる。

そんな冥鬼に対して、楓はどこか楽しそうな口振りで話しかけてきた。


「退屈とか言わないで。ほら、景色を見てみたら?今日は空気が乾燥してるのね……遠くの山まで見えるわよ」


朝の口やかましい態度はどこへやら、楓は手提げのバッグを膝の上に乗せて、観覧車の小窓に手を添える。

空気が乾燥してよく晴れた今日のような日は、楓の言う通り遠くの山までよく見えた。

山くらい自宅の傍にもあるだろうにと思いながら、冥鬼が視線を楓へと向ける。


「機嫌良さそうだな、お前」


冥鬼がそう言うと、楓は不思議そうに目を丸くした後、何だか気恥ずかしそうに毛先を指に絡めて視線を泳がせた。

楓の首筋からチラリと、お守りの首飾りが繋がれている紐が覗く。

肌身離さず付けているのか、とぼんやり思いながら冥鬼が目を細めた。


「べ、別に機嫌がいいわけじゃ……」


「ふん、どっちでもいい」


しどろもどろにそう告げる楓をからかうような気分でもなく、冥鬼が視線を逸らした。

朝からあまり機嫌の良くなさそうな冥鬼を見て、楓は今更気まずそうな表情を浮かべる。

朝はともかく電車の中での一件は言いすぎたかもしれないと楓なりに反省をしていたのだが、冥鬼のことを子供っぽいと思っているのは事実だ。

それとも年頃の少年というものはみんな子供っぽいのだろうかと考えてみるのだが、同級生の男子のことを楓はよく知らないのだ。

いつも杏子や鈴蘭と一緒に行動していたし、共学とはいっても男子と関わることは皆無と言っていい。

楓は視線を揺らして少し考えていた様子だったが、ふと自分の膝の上に置いたままのバッグのことを思い出して顔を上げた。


「……そ、そうだ冥鬼! お腹空いてない? お弁当、作ったのよ」


「弁当?」


気まずい沈黙に耐えられなくなったのか、楓がわざと明るい声を上げて手提げバッグの中を漁り始める。

その中には、楓が早起きをして作った自信作のおにぎりが詰め込まれている、のだが……。

楓の両手に収まりきらないほど大きくて歪な形のおにぎりはラップに包まれてひらべったくなっていた。


「……何で桜に作らせなかったんだ」


酷い形のおにぎりを目にした冥鬼が思わず眉を寄せて問いかける。

楓は慌てて、おにぎりを手にしたままかぶりを振った。


「ち、違うの! 作った時はちゃんと綺麗な形だったのよ? 朝はあんたのせいでバタバタしてたから、それで形が崩れて…」


「うまい」


おにぎりに張り付いたラップをぺりぺりと剥がして歪な形をしたそれに口をつけた冥鬼が放った言葉は、意外にも好意的な反応だ。

力いっぱい言い訳をしようとしていた楓は、目を丸くして自分の手から離れたおにぎりと冥鬼を交互に見つめる。


「形は酷いが、俺様好みの塩味だ。大きさも十分だし…悪くねえ」


そう言って、冥鬼はもう一口おにぎりを頬張る。

先程とは打って変わって饒舌に感想を述べる冥鬼を見て、楓は心底嬉しそうに目を輝かせながら胸をなで下ろした。


「よかった…」


そう呟いた楓は、嬉しそうに手提げバッグを両手に抱えた。

もくもくとおにぎりを頬張る鬼王を見て、まるでハムスターか何かのようだと思いながら楓が嬉しそうにはにかむ。

このおにぎりは、初めて楓が冥鬼のために作った食事だ。

絶対に美味しいと言って欲しくて、修行の傍らおにぎりの作り方を密かに特訓していた。

いつも祖母の作るおにぎりを真似て、しかし祖母に頼ることはなく、一から自分で作ったおにぎり。

それを褒められたのだと思うと、先程まで気まずく感じていた気持ちはどこへいったのか、楓は幸せな気持ちでいっぱいになった。


(嬉しい……)


楓は、おにぎりを食べる冥鬼を見ながら幸せそうに微笑む。

そんな楓の視線に気づいたのか、冥鬼は食べかけのおにぎりを差し出して言った。


「食いたいのか?塩気が偏っててそんなに美味くないぞ、これ」


「い、要らないわよっ! っていうかそれあたしが作ったやつなんだから美味しくないなら食べなくていいわよ、馬鹿!」


前言撤回だ、と楓は思った。

彼女は出来上がったおにぎりの表面に直接塩をまんべんなくふりかけたものがおにぎりの完成形だと思い込んでいる。

そのせいで相当塩味の偏ったおにぎりになっているのだが、楓はもちろん味見をしていない。

料理が下手な人間は、大概味見をしないものだ。


「変な女だ」


冥鬼は肩をすくめるが、すぐにまた形の悪い大きなおにぎりを口に頬張る。味のしない部分と、やたら塩味の濃い部分を器用に食べ分けながら。

そうでもしなけりゃ塩辛い。

しかし、出された食事は美味かろうが不味かろうが最後まで食べるのが冥鬼という鬼であった。

例え、それがどんなに塩辛いおにぎりでもだ。


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