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鬼王の巫女  作者: ふみよ
34/63

34話【知りたい】

冥鬼と顔を合わせたくないばかりに、朝の風呂から上がるなり早々に居間へ向かった楓は、桜特製の出来たて鮭茶漬けを早めに平らげることにした。

カリカリに焼けた脂の乗った鮭がそぼろ状にほぐされ、刻み海苔とわさびを白米の上に乗せた楓はアツアツのほうじ茶を茶碗に回しかける。

白米の上に乗った鮭を箸でほぐしてから、楓は茶碗を手にすると一気に鮭茶漬けをかきこんだ。


「むぐっ!ごほっ、ごほ!」


「おやまあ…そんなに慌てて食べなくてもごはんは逃げないだろうに」


桜が呆れたように肩をすくめているが、楓はむせながら慌てて水を口にした。

アツアツのほうじ茶をかけたせいで思いの外、白米が熱くなってしまったことを密かに後悔しながら朝食を済ませると、桜が漬けてくれた漬物を口直しに味わってから楓はすぐに家を出た。

家を出た楓が向かった先は、大型のスーパーマーケット。

そこの駐車場に、一際目立つ【痛車】が停まっていた。

ワンピースコートで服を隠しているとはいえ、桃色の衣に緋色のミニ丈スカートといった一見コスプレのような格好をした楓と痛車のコンボは、なかなか通行人の目を引く。

そして、痛車の主は髪の色を蜂蜜色に染め上げてくせっ毛を指先で弄っているホスト風の男だ。

怪しいイベントの集会か撮影会にしか見えない。


「おお、楓ちゃん!それってお母さんのすみれさんがよく着てたヤツっすね〜!懐かしいなあ」


周囲の視線すら気にすることなく大鳥が機嫌良さそうに運転席から顔を覗かせる。

楓は、この服で外出したのは失敗だったと心底後悔しながら桜のプレゼントしてくれたワンピースコートの前をきっちりとしめるように両手で掴んだ。


「お、大鳥さん…迎えに来てくれてありがとう。その…小鳥ちゃんに修行を、つけてほしくて」


「はいよ、もちろん修行でなくても喜んで招待しますとも!さあさあ、乗って乗って」


恥ずかしさのあまり俯いている楓のことを気にする風もなく、大鳥は助手席を開けて機嫌良さそうに楓を車内へと招いた。

以前、楓が車に乗った時よりも、車内のぬいぐるみが増えているような気がしてならない。

楓は、助手席の頭上からぶら下がっているかわいらしい女の子のぬいぐるみと目が合って苦笑した。


「キャストオフしたネージュたんのかわゆさったらマジパネェっすよ?これゲーセンのUFOキャッチャーで取ったんすけどね、実は都会限定バージョンなんすわ。下着の色が違うでしょ?」


「は、はあ…」


大鳥は相変わらず聞いてもいないことを楓に説明しては、自宅へ着く間にいかに【ネージュたん】が愛くるしいかを熱弁していた。

どうやら彼の話す【ディアブル風魔法少女ネージュたん】というアニメ番組は、楓たちの住む土地の局では放送すらしていないらしい。

大鳥はネージュたんのためだけに毎週都会に出向いてはネージュたん好きの地方仲間とホテルで落ち合ってネージュたん鑑賞会を開いている、ということまで熱弁してきた。

家では小鳥にネージュたんの話をさせてもらえないのだと不満げに愚痴る大鳥へ楓がぎこちない返事を返す。

DVDも出ているので今度是非見てほしいと熱く告げる大鳥の話をのらりくらりと聞きながら、楓は窓の外を見つめた。

マシンガンのように喋り続けていた大鳥は、いつの間にか相槌すら打たなくなった楓に気づくと思い出したように「そう言えば」と再度口を開く。


「そう言えば…今日は冥鬼様と一緒じゃないんすね」


「……うん」


今更!?とツッコミを入れる気力すら無くなった楓は窓の外を見つめたまま小さく頷きを返す。

どこか元気のない楓を見て、大鳥が目を瞬くが特に何も問いかけたり気遣ったりということはなく、彼の自宅へと車を走らせた。

相変わらず、チャラチャラした外見の大鳥とは正反対の古めかしい日本家屋が楓の目を引く。

以前は内装が我が家と似ていると感じた楓だったが、外観もどことなく我が家に似ているな…と感じた。


「…あ、今あたしんちに似てるぅ、って思いました?大正解」


楓は何も口にしていないのに、大鳥は運転席から降りるとにっこり笑って自分の家へと目を向ける。


「オレんちって、元々鬼道さんちだったんすよ。桜さんが若い時に民宿を買い取ってちょいと改装したのが今の鬼道さんちなんすけどねー…桜さんは若い頃までここで暮らしてたんす。冥鬼様を祀ってた鏡だとか社もここから持ってきて、民宿の敷地に神社を作らせたんすわ」


「そうなの…!?全然知らなかった…」


大鳥の告白を聞いて楓が目を丸くする。

桜からは何も聞いたことがない。


「んー…オレたちの爺様が桜さんと親交があって、この家を譲り受けた…的な?まあそんなとこっす」


どこまでも軽い口調で大鳥はそう告げると、おもむろに玄関の柱に手をついて古びた日本家屋を見上げる。


「ここは、鬼道澄真(きどうとうま)が晩年を過ごした家の跡地…とも言われてます。冥鬼様を封印した…楓ちゃんのご先祖さまの名前っすね」


「鬼道…澄真…?」


初めて聞く名前に目を丸くする楓。

大鳥はニコニコしながら頷きを返すと、室内に楓を招いた。

そんな大鳥に駆け寄るようにして、楓は話の続きをせがむ。


「大鳥さん…鬼道澄真について分かること…この家に記録のようなものは無いの?」


「ありますよー、そりゃ」


大鳥は楓を見ずに廊下を進んでいく。

どこまでも軽い口ぶりだ。

楓は続きをせがむように大鳥を見上げる。


「み、見たいっ!」


「どうして?」


足を止めることなく歩き続ける大鳥が問いかける。

二つ返事でオッケーをもらえると思っていた楓は、思わず言葉に詰まってしまう。


「そ、それは…その…冥鬼のこと、少しでも分かれば…って思って」


「知ってどーするんすか?」


しどろもどろな返事をする楓を横目で見つめてニヤニヤしながら、大鳥が再度問いかけた。

ここにきて突然意地悪な問いかけをする大鳥に、臆することなく楓は応えた。


「あいつは、その…知らないことがたくさんあるみたいなの。きっと、分からないことばっかりで混乱してる…」


朝の出来事を思い出して、楓は少しだけ表情を曇らせる。

幼い冥鬼が言っていたのだ。大きな冥鬼は知らないことがたくさんあると。

それ故に、焦りから妖術を使ってまで夢の内容を聞き出そうとするという強行に出たのだろうということも楓は分かっていた。

分かっていたはずなのに、彼女は冥鬼を突き放してしまったのだ。

そのことが、朝からずっと心に重くのしかかっている。


「あたしは、冥鬼のことが知りたいだけなのかもしれない…」


楓は表情を歪めて呟く。

彼と紅葉との関係や、冥鬼が昔どうやって、何を思いながら暮らしていたのか、それらを知りたいと思ってしまった。

そんな楓を見て、大鳥はニヤニヤと笑う。


「いやあ〜っ、青春ってヤツっすねぇ」


「何が青春じゃ、大鳥。散々焦らしおって」


しみじみと、なおかつ冷やかすように呟く大鳥の背後から幼女のような、老人のような声が聞こえる。

2mはある黒ずくめの衣装を身にまとい、鳥の頭骨を仮面に加工した人物。

大鳥の妹、小鳥だった。

突如背後から現れた妹を見て、慌てて大鳥が飛び上がる。


「うわ!小鳥ちゃんっ、いつから居たんすか!?」


「あたしんちに似てる…というところからじゃの」


「帰ってきてすぐじゃないすかー!」


二人の兄妹のやりとりに、楓が小さく吹き出す。

小鳥は小さく咳払いをするとおもむろに身を屈めて黒ずくめの衣装の中から突如長い竹の棒を突き出した。

すると、途端に小鳥の背丈が半分以下に縮む。

衣装の中から突き出された二つの竹の棒を大鳥が受け取った。


「こ、小鳥ちゃんが縮んだ…っ!?」


「いやいや、これが本来の小鳥ちゃんのサイズですよ。最初に会った時もそうだったでしょ?」


驚愕する楓をよそに、大鳥はヘラヘラと笑って竹の棒を二つ並べて床に立てる。

その棒は、楓も知っている子供の遊具にそっくりだ。


「た、竹馬…?」


楓がぽつりと問いかける。

すると、小鳥はこほんと咳払いをしてから、丈が長すぎて床に引きずっている黒ずくめの衣装の前を開けた。

初めて出会った時にも見た赤い布地に白い花の着物、そして長い黒髪姿の少女が黒ずくめの衣装の中から現れる。

しかしその顔に、鳥の頭骨で出来た仮面はつけたままだ。


「何、このほうが動きやすいのでな」


「小鳥ちゃん…いつも家の中で竹馬に乗ってたのね…」


なんとも言えない表情を浮かべて小鳥を見つめる楓。

小鳥は艶やかな長い黒髪を揺らして楓の元へ歩み寄ると、鳥の頭骨で出来た仮面を彼女に向けて語りかける。


「…お主は、それほどに冥鬼殿のことが知りたいのか」


その問いかけに、楓は迷うことなく頷きを返した。

先程までの話を聞いていた小鳥には、楓が冥鬼のことを知りたがっている理由も分かっている。

分かっているからこそ、再度確認をしたのだ。

彼女の瞳に迷いがないことを確認した小鳥は、裸足で廊下をペタペタと歩き始めた。


「ならばついてくるがよい」


「…あ、着替えはオレが片付けるんすね…この流れ」


さっさと歩き始める小鳥の後ろで、乱雑に脱ぎ捨てられた黒衣と竹馬を大鳥が回収する。

楓は、遅れて小鳥の後へと続いた。

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