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鬼王の巫女  作者: ふみよ
32/63

32話【紅葉と楓】

「き…きゃあああああーーーっ!!!」


たまらず楓が声を上げると同時に、強制的に眠りから覚醒する。

ハッと目を開いた楓は、冬であるにも関わらず汗を全身にびっしょりとかいていた。

ぜえぜえと呼吸を繰り返して、布団をキツく握りしめたまま楓は天井を見つめている。

朝を知らせる小鳥のかわいらしいさえずりも、楓の耳には届いていない。

弾かれたように上体を起こした楓は、昨夜に謎の獣が現れた場所である障子を見やる。

眩しい朝日が差し込む障子は半分ほど開いており、そこには既に朝の着替えを済ませた鬼王が腕を組んで立っていた。

彼は、明らかに怯えた様子の楓を見下ろして何も言わずに黙っていたが、おもむろに枕元に屈んで言った。


「酷い顔だな」


普段なら軽口にしか聞こえない冥鬼の言葉だが、今の彼はふざけているわけではない。

よほど楓の怯え方が尋常ではなかったのか、静かにぽつりと呟いた。

そうして、冥鬼はしばらく注意深く楓を見つめていたのだが、やにわに彼女の肩を掴んで傍へと引き寄せる。

そして、視点の定まらない様子である楓の額に思い切りデコピンをかましてやった。


「うぐっ…いたあ…何するのよ!?」


「お、気がついたか」


脳髄まで痺れるようなデコピンを喰らって楓が額を押さえると、冥鬼はようやくニヤリと笑って意地の悪い表情を見せる。

悪夢からの突然のデコピンにすっかり機嫌を悪くしてしまう楓だったが、目覚める直前に見た白銀の獣、そして冥鬼と自分にそっくりな女性、紅葉とのやりとりが脳裏に蘇ってくる。

楓は、思いのほか至近距離に居る鬼王を見て目を見張った。

夢ではない、現実の冥鬼が傍に居るのだ。

楓の顔はみるみるうちに赤くなっていく。


「あ…あんた、冥鬼…何であたしの部屋に居るのよ?」


「さあな」


楓の問いかけに、冥鬼はわざとらしく肩を竦めるだけでハッキリと応えない。

興味なさげに視線を逸らした冥鬼だったが、それが彼の優しさであることを楓は知っていた。

先程の夢の中で彼が紅葉を労わったように、冥鬼は楓を心配しているのだと。


「……ごめん。心配、してくれたのよね。ありがとう、もう大丈夫だから」


楓は、小さく呼吸を整えてから冥鬼に礼を告げる。

すると、冥鬼は楓の体調を窺うようにチラリと視線を向けたがすぐに鼻を鳴らして「心配なんかしてねえよ」とぶっきらぼうに応えた。

思わず笑みを零した楓は、ようやく恐怖に震えていた気持ちが落ち着くのを感じて、長い安堵のため息をつく。


「何だよ、デカいため息なんかつきやがって」


「うん?…何でもないっ!これはほっとしただけよ」


ため息について言及してくる冥鬼に、楓はニコリと笑って布団から抜け出すと、乱れた長い髪を払ってからクローゼットを開けた。

本日の着替えを選びながら、機嫌良さそうに鼻歌を歌っている楓の後ろ姿を、冥鬼が黙って見つめている。

冥鬼は衣服を選んでいる楓の後ろ姿を険しい顔で見つめていたが、やがて口を開いて彼女へと声をかけた。


「楓」


「ん、なあに?」


背中から聞こえる冥鬼の声に、楓はのんびりと返事をする。

今日は大鳥小鳥兄妹の家へ修行に行くつもりでいる楓は、あまりおしゃれな格好は出来ないなと思いながらロングスカートを二枚、クローゼットの中から取り出してどちらの柄を選ぼうかと考えていた。

しかし、クローゼットの奥に見える桃色の装束が目に止まる。

いっそ今日はこの巫女装束に袖を通してしまおうかと考えたのだ。

厚手の桜色の衣には桜の刺繍が施されており、緋色のミニ丈スカートは袴と同じ素材で作られている。

それは楓の亡くなった母が着ていたものだ。

本来、巫女装束の下に着用する緋袴は長い丈のものが一般的であったが長い丈ではなくミニスカートのほうが良いと楓が祖母に頼み込んで、母の袴を再利用し新しく作ってもらったのである。

楓は、ロングスカートを戻すとクローゼットの奥で眠ったままになっている巫女装束を取り出して懐かしそうに目を細めた。

そして、巫女装束を手に持ったまま冥鬼へと振り返る。


「ねえ冥鬼…あたし、お風呂行って着替えるから、あんたは先にご飯食べてていいわよ」


「……紅葉」


着替えを手にして冥鬼へと語りかけた楓は、彼の口から零れた言葉を聞いて耳を疑いそうになる。

思わず楓が言葉をのみこむと、冥鬼は再び口を開いた。


「さっき、寝てる時にお前が…紅葉、と言ってたが」


「あ、あはは…あたし、声に出てたのね…。いや、その…夢なのよ!紅葉さんって言う女の人が夢に出てきて…あたしとそっくりだったからびっくりしちゃったのかも」


冥鬼が静かに告げると、楓はぎこちなく笑った。

まさか夢の中で自分にそっくりな女性と冥鬼がいい雰囲気になっていたとか、そんな二人に少なからず嫉妬してしまっただとか、口が裂けても言えない。

そんなことを口にしたら、自分は冥鬼を異性として意識していると告白しているようなものだ。

歯切れ悪く、そしてぎこちなく笑う楓を見つめて何を考えているのか、冥鬼は険しい顔をして言い放つ。


「お前は…夢の中で何を見た?」


静かに問いかける冥鬼の表情は酷く真剣で、血のように赤い瞳が楓の姿を捉えて揺れていた。

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