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鬼王の巫女  作者: ふみよ
3/63

3話【転校生】※挿絵あり

鬼道楓、17歳。

彼女は由緒正しい鬼之社という神社を守る若き巫女だ。

先代の巫女である母が昨年亡くなり、慌ただしく引き継ぎの儀が行われた。

その際、先々代の巫女である祖母から楓に託されたお守りがある。

それは、古く小さなツノの形をした不格好な首飾りだ。

かつて鬼道の家は強力な力を持った鬼を封印したとされる逸話がある(もちろん、楓は半信半疑だった)。

その際に、鬼の力の源であるツノを根元から折った先祖が大事にそのツノを保管してきたのだ。

鬼を倒して手に入れた戦利品…とでも言えば聞こえはいい。


「鬼ねえ…たしかにツノっぽく見えないこともないけど」


首飾りのツノを弄りながら、楓は握り飯を頬張っていた。

まだ通学の時間までには余裕がある。

そのため、本殿の隣にちょんと置かれている小さな社に赴いた。

小さな社の中には、経年劣化ですっかり曇ってしまった鏡が祀られている。

何でも、楓の先祖はこの鏡に鬼を封じたのだと言う。


「おはよ、鬼さん。あたしは元気だよ」


指で軽く鏡を拭いて楓が問いかける。

鏡はただ静かに、そこで佇んでいるだけだ。

鬼の声が聞こえるわけでもなければ怪しい力で鏡の中に引き込まれたりもしない。

何せ物心のついた頃からこの鏡とは向き合ってきたし、こっそり部屋に持ち込んで遊びに使ったこともある(もちろん、祖母にすごく怒られた)。

ゆえに、彼女はこの鏡に害がないことを知っていた。


「よしよし、今日もいい感じ」


鏡を覗き込んで前髪をチェックするほど危機感は皆無だった。

握り飯のほどよい塩気に食欲をかきたてられ、ペロリとたいらげてから彼女はもう一度鏡を覗き込んだ。

曇った鏡の向こうではぼやけた姿の自分が映っており、もぐもぐと口を動かしている。

我ながら間抜けな顔だな、思いながら楓は無言で鏡を見つめていた。

長い間野ざらしになっていた鏡はところどころ亀裂が入り、鬼に対する畏怖も尊敬もへったくれもない。

楓は亀裂を指でなぞった。


「これ、接着剤か何かでくっつくの?」


なんて呑気なことを呟く楓の指が、僅かに強ばる。

鏡の向こうで、何かがゆらめいて見えた。

それは赤い炎のような【何か】だ。

鏡には楓の姿しか映ってはいないはずなのに、赤い炎が微かに視認できた。

それは、人の目のように見えた。


「……ッ!?」


赤い炎から深い敵意を感じて、楓は思わず鏡から手を離す。

うっかり落としそうになってしまったが、何とかすんでのところで拾い上げた。


「…っあ、危ない危ない…。一応これ、文化財みたいなもんだしね…壊れなくてよかったあ」


そんなことを独りごちながら鏡を社に戻そうとする楓の後ろで、ふと視線を感じた。

ゆっくりと振り返る楓の目に飛び込んできたのは、純白の犬。

朝日に輝く綺麗な毛並みは白銀のようにも見えた。

犬は金の瞳を大きく見開いて楓の姿をとらえると、一歩前に進み出る。


「えっ…い、犬?どこから…」


楓は鏡を持ったまま狼狽えた。

彼女の家はそこそこ大きな屋敷であり、家の周りを高い壁で囲んでいる。

唯一の入り口である玄関の扉には鍵がかかっているし、玄関のチャイムを鳴らして家人に開けてもらわなければ出入りはできないはずだ。

ゆえに、今楓の目の前にいる犬は異質な存在であった。


「……え、っと…どこから入ってきたの?飼い主、は?」


僅かに狼狽えた後、楓は平静さを装うように犬に声をかける。

犬は僅かに楓の話に耳を傾けるようなそぶりを見せたが、その歩みだけは止めなかった。

ギラついた金の瞳が、楓を食い入るように見つめている。


「ゥウ……」


「う、嘘でしょ…?おかしいな、犬には好かれるタイプなんだけど…」


明らかに敵意を向けた表情の犬が楓を捉えて離さない。

楓は無意識に後ずさった。

彼女が後退するたびに、犬が一歩一歩と進み出る。

楓は思わず緊張に喉を鳴らした。

犬とは言ってもその体躯はまるで闘犬のようにがっしりとしている。

白くふさふさとした毛並みを自信たっぷりと言ったように日の下に晒して、また一歩進み出た。


「……っ何なの…?」


低く唸り声を上げる飼い主不明の犬に睨みつけられて、楓がたまらず2歩後ずさる。

すると犬も、楓と同じように2歩前進した。

低い唸り声が次第に楓の耳に届くほどの怒りを孕んだ唸り声へと変貌していく。

犬は一歩一歩と距離を詰めながら楓へ近づいていった。


「……っ…!」


これ以上近づかれると、さすがに身の危険を感じずには要られない。

たまらず、震える足を一歩前進させると犬が意外そうに目を丸くする。

その時だった。


「楓ーっ、お友達が外で待ってるよー!」


間延びした声と共に、父の声が近づいてくる。

その声を聞いた犬が体を強ばらせたように感じた。

のんびりとした足取りで縁側に近づいてくる父の声に、楓はこれほど安堵したことはないだろう。


「お父さん!いっ、今デッカい犬が!」


「ええ?犬なんてどこにも居ないよ」


思わず声を張り上げて父を見つめながら目の前を示す楓に、父は不思議そうに首を傾げた。

楓が示した先には、昔に植えた大きな桜の木が生えているだけだ。

広々とした庭を見渡してみても、どこにも巨大な犬の姿はない。

今度は楓が首を傾げてしまう番だった。


「楓っ!おはよーう!」


玄関を出て早々に声をかけてきた幼なじみ2人組が楓に駆け寄る。

1人は小田原杏子。杏子と書いてあんずと読む。

スラッとした長い足は引き締まっており、素人目に見てもスポーツをやっていると分かるほどだ。

髪も動きやすく短く切りそろえており、少年のようにも見える中性的な顔立ちをした少女。

サバサバとしていて、楓が数少ない親友と呼べる友人の1人だ。

制服ではなく、指定の体操着を着て首にはピンクのフェイスタオルをかけていた。

また今日も走り込みをしてきたんだな、と思いながら楓は笑って応えた。

彼女は例え通学前だろうと、厳しいメニューを課して体力作りをする子だった。

いわゆる運動オタクなのである。

もう1人は、牛乳瓶よりも厚いのではないかと言うほどの眼鏡をかけた、文学少女という呼び方がふさわしい慎ましやかな幼なじみ。

栗色の髪を2つにゆるく結んだお下げが特徴的な彼女の名前は、三浦鈴蘭(すずか)と言った。

瞳の色はグリーンで、色白というまるでフランス人形のような外見をしている。

作家である父の影響か昔から本が好きで、外国の絵本や小説などをいつも持ち歩いている変わった少女だ。

一度本の世界に没頭してしまうと、いつまで経っても返事をしてくれないところはあるが…基本的には穏やかで心優しい。

彼女たち2人は楓の幼なじみであり、腹を割って何でも話せる親友だ。


「なあ、今日から来る転校生、うちのクラスらしいぜ。こんな時期に変わってるよなー、もう11月なのにさー?」


「ま、待ってアンちゃん。それ初耳。転校生って?」


挨拶も早々に杏子がまくしたてるのを辛うじて楓が押しとどめる。

楓の返答にキョトンとした表情をしている杏子に変わって、鈴蘭がおずおずと口を挟んだ。


「あのね、昨日…職員室の前を通ったら…聞いたの。転校生…うちのクラスに来るって」


可憐な、鈴が鳴るような声で鈴蘭が説明する。

それは初耳だと目を丸くする楓の肩を抱くようにして杏子が続けた。


「オレの席、隣空いてるじゃん?きっと転校生の席だぜ。美味い学食教えてやろっかな」


杏子は自分のことをオレと呼ぶ。

小さい頃からずっとそうだ。

男勝りでスポーツ万能で、時々本当に男だと錯覚してしまうくらいに。

そんなことを考える楓の横で、鈴蘭がちょっとだけムッとした表情を浮かべる。


「アンちゃん、今日は私の作ってきたお弁当を食べるって約束…」


「あ?言ったっけ!悪い悪い!じゃあさ、みんなで食おうぜ!賑やかになるしなー!」


咎めるような鈴蘭の声をあっけらかんと笑い飛ばす杏子。

鈴蘭は少し不満そうな顔のままだったが、大人しく頷きを返した。

そんな2人の間で楓は困ったように笑って、一緒に通学までの道を歩き始める。

ちらりと家の方角へ振り返ってみるが、やはり白い犬がうろついている形成はない。

杏子と鈴蘭に白い犬を目撃したか聞いてみようかとも思ったのだが、2人が楽しそうに話しているので水を差すのも悪いかと思い、やめた。

そんなことよりも楓は、犬の騒動でどさくさに紛れて文化財並の価値を持つ鏡をうっかり持ってきてしまったことに対して頭を抱えていたのだが。


(HRが終わったらすぐに帰って社に戻せば、バレない…よね…?)


なんてことを考えながら学校へと向かう。

田舎の学校と言うこともあり生徒数は少ないが制服はかわいらしいデザインだった。

わざわざほかの県から制服目当てに入学する女生徒も居るほどである。

都会に憧れる楓でですらお気に入りの1枚ではあるのだが、いかんせんスカートの丈が短いのが悩みの種だ。


「そろそろかな?転校生が来るの」


しっかりHR前に教室に辿り着いた楓たちは、各々の席について時間を潰していた。

壁際の1番後ろの席が杏子、ちょうど教壇のある列の後ろから2番目が楓、その右隣が鈴蘭だ。

杏子は相変わらず転校生のことが気になるらしく、そんな杏子を面白くなさそうに見つめているのが鈴蘭だった。

楓はと言うと、こっそりと鞄の中に入れている鏡をチラチラと見ながら落ち着かなそうに時間を過ごしている。

家の宝とも言うべき鏡をうっかり割ってしまったり紛失してしまったら大変なことになってしまう。

幸いなことに今日は体育も移動授業もないため、教室を空けてしまう心配はない。

なので安心して鏡を見張っていようと楓は思った。


「皆さん、席についてェ…」


けだるげな声と、都会には不釣り合いの濃厚なメイク。

体のラインをぴったりと強調するボディースーツを身にまとった教員が席に入ってくる。

教師より田舎のスナックのママのほうが向いているのでは?と思うほど場違いなその教師は後ろの席にまで届く香水の匂いを振りまきながら現れた。

風に乗って香るその香水の匂いに思わず杏子が「うへえ…香害魔人、今日もキマってんなー」と呟く。

その呟きに近くの席に座っている生徒達が声を殺して笑った。

生徒達にどう思われているかなど露知らず、教壇にもたれ掛かりながら担任が口を開く。


「今日はァ、HRの前に…新しいお友達を紹介したいのォ…」


まるで発情期の猫のように身をくねらせて言葉を紡ぐ教師は楓たちにとっていつもの光景だった。

それでも見ていてあまり楽しいものでもないのだが。


「はァい…中に入って来て…」


ねっとりと扉に目を向ける担任の言葉に、ワンテンポ遅れてから白く長い足が扉から覗く。

男子生徒達から「おお…!」と嬉しそうな声が聞こえた。


(………っ!?)


スカートからすらりと伸びた長い足が教室に入ってくるその瞬間、楓は言い知れぬ恐怖を覚えて身を縮こませる。

まるで教室の中が南極にでもなってしまったかのように、強烈な寒気を感じた。

まるでスローモーションのように、ゆっくりとした足取りで転校生が教室へと入ってくる。

白銀の髪を腰まで靡かせて、切れ長の冷たい瞳でまっすぐに前を見つめた長身の少女は、迷うことなく教師の隣に立った。


「お父様の仕事の都合で、東京から引っ越してきたのよネ…自己紹介して」


教師のねっとりとした視線が少女に向けられる。

白銀の髪を持つ少女は黙ってチョークを取ると、綺麗な筆跡を黒板に残した。


「狗神響子……それが私の名前」


挿絵(By みてみん)


名前を最後まで書いた後にゆっくりと振り返った少女が、楓を射抜くように見つめる。

楓はさっきからずっと動けないまま少女を、狗神響子を見つめていた。

呼吸すらさせないと言ったように鋭い眼差しで見つめる響子の視線から目を逸らすことができない。


「……っ……」


「…覚えた?」


響子が冷たく嘲笑する。

氷のような笑みは、まるで心の底まで見透かしているようにも思える。

明らかに楓へ向けて言ったその言葉に、楓はただ頷くしかなかった。

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