25話【一日の終わり】
真剣な眼差しで楓を見つめたままの冥鬼が言い放った言葉。
それは…。
「腹減った」
「はあ?」
まっすぐに楓を見つめて言い放った冥鬼の言葉に、楓が思わず素っ頓狂な声を上げる。
冥鬼は至極冷静にもう一度口を開いた。
「だから、腹が減った。俺様の腹時計がもう夕餉の時間を知らせてる」
キッパリとそう言い放った冥鬼に脱力してしまって、楓は力の抜けたため息をつくと「帰りましょうね…」と呟いた。
既に外では大鳥が待っている。
楓は小鳥に深々と頭を下げると家を出ていった。
そんな彼女の後に続いて冥鬼も外へ出ようとするが、じっと自分を見つめたまま黙っている小鳥へと振り返る。
しかし小鳥は何も言わずに身を翻し、部屋の奥へ消えていった。
「…ふん」
小鳥の後ろ姿を見つめて冥鬼が鼻を鳴らす。
そして楓の後に続くようにして家を出ると、今まで自分たちが過ごしていた場所が緑に囲まれた一軒家であることに気づく。
市街地からは少し離れているのだろう。
平屋建ての古き良き日本家屋といった家がそこにはあった。
趣を感じさせる家とは対照的に、大鳥の所有する車はやたらとカラフルだ。
白いボディにデカデカとキャラクター物のステッカーやロゴが貼られている。
いわゆる【痛車】というやつだ。
露出の激しい幼い女の子が魔法のステッキを持っている。
楓は、この車のせいで小鳥が外出したがらないのでは…?と心の中で思った。
何とも言えない外装を見つめる楓に、大鳥は運転席に乗り込みながら楓たちを見やる。
「あれあれ、お二人共ディアブル風魔法少女ネージュたんをご存知なかったり?」
「楓、肉傷んでないか?」
「大丈夫。小鳥ちゃんが冷蔵庫にいれておいてくれたし冬だから問題ないでしょ」
隙あらば喋りたいのか外装に施された萌えキャラについて説明しようとする大鳥を遮って、後部座席に乗り込んだ冥鬼が買い物袋の中身を覗き込む。
楓は買い物袋を開けてみせると、心配要らないというように頷きを返した。
気持ちよく無視をされた大鳥は気を取り直して車を発進させる。
市街地から離れているとはいえ、車での移動はそう長くはなかった。
先程まで買い物をしていたスーパーと、見慣れた住宅街への道が楓たちの目に入る。
さほど時間はかからず、鬼道家の自宅の前で車は停まった。
「ありがとうございます、大鳥さん…送ってもらっちゃって」
楓は車をおりると、運転席から顔を見せている大鳥に頭を下げる。
大鳥は「また修行がしたくなったらすぐに連絡くださいよ」と人懐っこい笑みを見せて自分の連絡先の書かれた電話番号をメモ用紙に書いて手渡す。
そのメモ用紙にも車の外装と同じ魔法少女の絵柄が印刷されていて、よっぽど好きなんだな…と楓は苦笑した。
両手に買い物袋を持って玄関に向かう楓の後に続いて冥鬼も家に戻ろうとするが、おもむろに運転席の男へと振り返る。
「……おい」
「どうかしました?冥鬼様」
へらっと大鳥が笑う。
その胡散臭い笑顔にも慣れた冥鬼だったが、どうにもこの大鳥という男と小鳥という少女の真意が分からないままでいた。
「貴様らは何が目的だ。さっきはぐらかされたぞ、妹のほうに」
冥鬼の問いかけに、大鳥はきょとんとしてみせる。
先程問いかけた時、小鳥は黙ったまま返事をすることは無かった。
だからもう一度冥鬼は問いかける。
「貴様ら、人間じゃないだろ。大方キツネか…天狗の類いだ。そんな奴らが人間に手を貸す目的は何だ、と聞いている」
「……お見通しでしたか」
大鳥は、いつもの胡散臭い笑顔ではなく口元だけで笑ってみせた。
運転席の窓をいっぱいに開けてそこに腕を乗せると、少しの間があってから「俺たちも冥鬼様と同じですよ」と告げた。
「冥鬼様が鬼道家を守ろうと思う気持ちと一緒で、俺たち【天狗】も鬼道の家の人達が好きなんすわ」
「答えになってねえだろ」
冥鬼は不機嫌そうなジト目で言う。
彼自身、鬼道家を守ろうと思って動いたことは今まで一度もない。
きっとこれからも、誰かのためを思って動くことも、誰かのために戦うことなどないと冥鬼は思った。
鬼道家のことを好きなのかどうかも、今の彼にはよく分からない。
大鳥は「アハハ」と笑ってから、「他に御用はおありで?」と冥鬼に問いかける。
「用なんてねえよ、さっさと消えろ」
「はいはい、それじゃあまたごひいきに」
ふてくされたように冥鬼が顔を背けると、大鳥はヒラヒラと手を振って窓を閉めた。
既に玄関から呼んでいる楓の声に目を向けて、冥鬼が足早に家へと戻っていく。
既に日はすっかり傾き、冥鬼の足元に長く影を伸ばしていた。




