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鬼王の巫女  作者: ふみよ
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2話【封印された鬼】

体を鎖のようなものでがんじがらめにされているかのような窮屈さを覚えて、男は意識を少しだけ取り戻す。

辺りは暗くてよく見えない。

自分の体がどうなっているのかすらも。

一体今日は何日なのか、数えるのも面倒なので500年をすぎた辺りからやめてしまった。

彼は気が遠くなるほどの永い間、ずっとここで眠りについていた。

いや、強制的に眠らされていたと言っていい。


(クソ犬め…)


折られたツノがずきずきと痛んだことで、脳裏に忌々しい狗神の姿が思い出された。

白銀の毛並みをした巨大な狗神の姿。

果敢に飛びかかって彼の立派なツノを1本噛み砕いた、その痛みだけは昨日のことのように覚えている。


(次に会ったら必ず喰い殺す…)


古い記憶を怒りで手繰り寄せるようにして、男は額を押さえる。

白い毛並みの狗神と共に脳裏に蘇ってきたのは、袈裟を身にまとった坊主だった。

坊主が何かを唱えると、突然体の自由が奪われた。

どんどん狭くなっていく視界の中で彼が最後に見たものは、坊主と狗神の姿。

自分の力が徐々に奪われていく中、強い呪詛の言葉を吐いたのを最後に、彼は意識を手放した。

それから1200年もの間、ずっと暗闇の中で幽閉されていたのだ。


「ぐ……」


彼は暗闇の中でもがくように、感覚のない手を使って周囲を仰ぐ。

またすぐに意識が遠のいてしまうのは分かっていた。

それでも、抵抗せずにはいられない。

1200年も解けない封印がこの程度の抵抗で解けるとは思っていないが。

きっと坊主の子孫が律儀にも自分の封印を重ねがけしているせいなのだろう、自分を拘束するその力はピクリとも反応しなかった。


『人間の力にも抗えないほど、俺様の力が衰えたってことかよ…』


誰に言うでもなく、彼は鼻で笑う。

何も無い暗闇の中で、気がおかしくなるほどの永い時間を拘束されているのだ。

もはや肉体も現存するのか分からない。

前回目覚めた時の出来事も覚えていない。

封印される以前のことすら記憶にない。

自分が鬼の妖怪、冥鬼という名前であること、自分は坊主と狗神によって封じられたこと…この2つしかもはや思い出せないのだ。

まるでパズルのピースのように、記憶がぐちゃぐちゃになっていた。


「……………」


無限に続く暗闇の中で自分が立っているのか寝かされているのか、それとももはや肉体は滅び、精神だけの存在となっているのか、それすらも分からないでいる。

自分の息遣いだけが聞こえる無限の静寂の中で彼は、目を細めた。


『腹、減ったな……』


その声すらも暗闇へと消えていく。

大体、今の自分に空腹感があること自体驚きだ、と彼は思った。

そんなことを考えながらどのくらいの時間が経ったのか、彼はふと誰かの視線を感じて暗闇の中で目をこらす。

墨を流したような真っ暗な世界で、ちょうど頭上にぼんやりと人の顔のようなものが見える。

漆黒の長い髪に古風な顔立ち、桜の髪飾りが揺れている。


(誰だ、貴様は…)


声にならない声で問いかける彼に気づかないのか、ぼんやりとした人の顔をしたものは彼の顔を覗き込んで綺麗に切りそろえられた自分の前髪を弄っている。

まるで鏡を前にして身だしなみを整えるかのように。


「よしよし、今日もいい感じ」


彼の顔を覗き込むようにして、【それ】が笑ったように見えた。

片手には握り飯を持っている。

どうやら飯を食いながら身支度をしていたらしい。

何がいい感じだ、と思いながら彼は舌打ちをする。

こっちは腹が減って仕方がないと言うのに、目の前の【それ】は呑気に飯を食っているわけだ。


『飯を置いて消えろ、人間』


呪いの言葉のように吐き捨てる。

どうせ聞こえるとは思っていない。

自分の体さえもどうなっているか分からないし、そもそも言葉がきちんと声になったのかも定かではなかった。

それでも、言わずにはいられない。


「…………」


恨みのこもった呟きが聞こえていたのかそうでないのか、人の形をしたそれは何も言わなくなってしまった。

ただ、呑気にもぐもぐと握り飯を食べている。

彼の気も知らないで。


(俺様が封印を解いたら、まず真っ先に貴様から喰うからな)


骨も残さんぞ、と恨みがましく付け足して彼は暗闇の中で目を伏せた。

ずきずきと痛む折れたツノ、絶え間ない空腹感。

そのせいで、今すぐ封印を解いて怒鳴り散らすような気力など残っていなかった。


それに、聞こえていた声が彼にとってどこか耳馴染みのある声だったから、本気で怒るような気持ちにはなれなかった。

その声が誰だったのか思い出そうとすると、また意識が薄れていく。

まずい、と思った時には既に強烈な眠気に抗えずにいた。

ドロドロと、つま先から溶かされていくように彼の意識は真っ黒に染まっていく。

ああ、これは…何百年も繰り返してきた感覚だったな。

彼はそう思った。

次に目覚めるのはいつになるだろうか。

その頃には、人間など一人残らず滅んでいればいいのに。

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