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鬼王の巫女  作者: ふみよ
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15話【賑やかな朝食】

「冥鬼、それは楓殿の秋刀魚だろうが」


風呂を終えてしっかりと濡れた髪を乾かしてから居間に向かった楓が見たものは、既に朝食の支度をし始めている祖母と、待ちきれずに秋刀魚をつまみあげている冥鬼の姿だった。

そんな冥鬼をたしなめているのは、既に道着に着替えた雪鬼だ。

割とそんな光景は慣れっこになってしまった楓は、「ユキくん、気にしないでいいから」

と言って祖母に特製の漬物をねだった。

これが白米によく合うことを冥鬼はまだ知らないのだ。

かわいそうな奴、と心の中でひそかに思いながら楓は祖母に用意してもらった漬物を頬張る。


「うんうん、パリパリでおいしい。ほら、ユキくんも食べてみて」


小さな小鉢にちんまりと盛り付けられた漬物をこっそり雪鬼に差し出す楓。

雪鬼はおずおずとその漬物を口に頬張ると、目を輝かせながら「美味ですね」と小声で感想を教えてくれた。

遅れて起きてきた父親にも朝の挨拶をして、ようやく鬼道家の朝食がスタートする。


「楓、アンちゃんたちは何時から来るんだっけ?」


「ん、朝ごはんを食べてから来るって言ってたから9時とか10時くらいかしら…」


白米をよそいながら問いかける桜に、楓は味噌汁をすすりながら答えた。

今日の味噌汁は桜の得意な、鮭がゴロゴロと入った野菜と魚介のうまみがたっぷりの味噌汁だ。

家族一同これがお気に入りで、1週間に3回は食卓に並ぶ。

特に今の時期、冷えきった体をあたためてくれるにはもってこいの一品なのだ。

朝食はもちろん、夕飯にもおいしい。


「楓殿、今日は客人が来るのですか?でしたら僕はそろそろ…」


会話の流れを読んで雪鬼が遠慮がちに口を挟む。

だが、楓は「気にしないで」と顔の前で手を振って続けた。


「アンちゃんも鈴蘭も小さい時からの親友だし、ユキくんもきっと友達になれると思うの」


楓はそう言って笑うが、雪鬼はぎこちなく笑って返事を濁す。

味噌汁に白米を突っ込んでかきこんでいる冥鬼が言った。


「言いたいことがあるなら言っておけ、チビ」


「誰がチビだ腐れ外道」


冥鬼の余計な一言に雪鬼がこめかみに青筋を立てる。

しかし、すぐに声のトーンを落として俯きがちに告げた。


「僕は…その、今までも人間社会で暮らしてきました。一応戸籍もあります。ですが…どうも馴染めぬのです」


ぽつぽつと話し始める雪鬼の話に、テレビのニュースを見ている冥鬼以外の一同が聞き入る。

雪鬼は恥じるように、膝の上で拳を作った。


「それは僕が半分鬼だから、人の気持ちが理解できないのかもしれません。学校でも…クラスメイトや教師に距離を置かれていますし…。子供特有のかわいげがない、んでしょうね…」


はは、と自嘲気味に笑って雪鬼は俯いてから、自分が聞かれてもいないことをポロポロと話してしまっていることに気づく。

しかし一度口に出した発言は止められないものだ。


「すみません…!こ、こんな…せっかくの朝食なのに辛気臭くしてしまって、僕…」


頭を垂れて謝罪を続ける雪鬼。

自分はいつだって間が悪いのだ。

大人にはかわいげがないと言われ、クラスメイトには近寄り難いと言われる。

そのせいでどんどんクラスで浮いてしまっていることも知っている。

それは何年経とうと、何十年経とうと変わらない。

ああ、何てかわいくないのだろう。

どうして学習しないのだろう。

雪鬼は心の中でそう悔やんで、一層背中を丸くした。

その時だった。


「ユキくんは偉いね、自分の悪いところに気づけるなんて。大人ですらなかなか気づけないものなのに。…あ、ユキくんは僕達よりずっと年上だっけ」


そう言って雪鬼の頭を優しく撫でたのは楓の父親だった。

楓によく似た屈託のない笑顔で、父が言う。

冥鬼の茶碗に白米をよそいながら桜も同調した。


「そうだよ、楓を見てごらん。17にもなるのに靴下の表裏逆さに履くほどだらしないんだから」


「お祖母様!?気づいてたなら言ってよ!」


たまらず楓が突っ込むが、既に半泣きになっている雪鬼を慰めるように優しく肩を叩いた。

雪鬼が小さくしゃくりあげる。


「ほら、ユキくん…泣かないで。アンちゃんと鈴蘭のことなら本当に気にしなくていいんだから。二人ともすっごく優しいのよ?」


「は、ぃ…」


ぐす、と鼻をすすって雪鬼が顔を上げる。

桜は「おやまあ、かわいい顔が台無しじゃないか」と言って雪鬼の涙をティッシュで拭った。

ようやく落ち着いた雪鬼を確認してから、再び鬼道家の朝食がスタートする。

既に冥鬼は飯を平らげた後だった。


「楓、要らないならそれもらうぞ」


飯を食った後にも関わらず、冥鬼は楓の味噌汁を狙っている。

思いのほか至近距離で告げられた楓の鼻腔に甘くて優しい花の香りが漂った。

それは楓がよく知っている、最もお気に入りの匂いだ。

楓は般若のような顔でゆっくり振り返ると、冥鬼の胸にかかった髪を摘んで問いかける。


「あんた…あたしのシャンプー使ったでしょ…」


「何だ、今更気づいたのか」


悪びれもなく冥鬼が応える。

わざわざネット通販で5000円オーバーのシャンプーを購入している楓は、密かに自慢のロングヘアがお気に入りだ。

毛先まで潤い、広がることもなくまとまった髪を触ると気分がいい。

パーマも毛染めもしていないために傷みとは無縁だし、楓が自慢の美しい髪を保つ秘訣はこのシャンプーのおかげなのである。

楓は、やたらと毛艶の良い冥鬼の髪を手に取ってわなわなと震えた。


「どーりで最近ツヤツヤしてると思ったッ!!絶対許さないからッ!」


そう叫んで楓が立ち上がるより先に、冥鬼がひょいと身を翻して居間から逃げ出す。

楓は、桜が「行儀が悪い」とたしなめるのも聞かずに冥鬼を追っていった。

朝から何と慌ただしいことか。

雪鬼はもくもくと朝飯を頬張りながら賑やかな朝食を楽しんでいた。

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