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鬼王の巫女  作者: ふみよ
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14話【鬼と朝風呂】※挿絵あり

修行を始めて何日が経ったのか、未だに楓は鬼符の扱い方を極めてきたとは言い難い。

額に力をためるイメージは何とか掴めてきた。

自分の悪いところは、すぐに気が散って集中できなくなるところだ。

5枚も鬼符を使うと、まるで勉強疲れの後のように頭がぼーっとして疲れてしまう。

持久力がないところも、今後改善すべき課題だな…と楓は思った。


(よし、もう1回…)


楓は大きく息を吐き出して鬼符を構えた。

自分の母も、巫女になんてなりたくなかったと祖母から聞いている。

だが父と出会って楓をこの地で産んだ母は、娘をこの家で育て、交通事故で亡くなった。


(母さんはどうして巫女になったの?)


鬼符を睨むように見つめて、楓が問いかける。

自分が今、修行を続けるのは友達や家族に危害が加えられた時に守れる力をつけるためだ。

もしかすると母も同じ気持ちだったのだろうか?と楓は集中するのをやめて鬼符を握ったままの手を下ろした。

母にとっての大切な存在は楓や、夫である父だろう。

自分たちを守るために巫女としてこの地に留まることを選んだのだろうか?

もちろん、全ては楓の憶測でしかない。


「はーっ、何か集中できない…。今日の修行はここまでにしておこうかな…」


暗がりの空にようやく朝日が昇り始めたのを見て、楓は縁側に腰掛けた。

1時間ずっと集中しっぱなしだったため、まるでテスト勉強の前日に徹夜で猛特訓したような気持ちだ。

楓はしばらく縁側に座ったままぼうっとしていたが、そのうちに冷えた汗が体を冷ましていくのを感じて小さく身震いをした。


「……お風呂、入ろ」


そう呟いて体を起こした楓は、再び自分の部屋へと戻っていく。

部屋の中では、雪鬼が体を丸くしてスヤスヤと眠りについていた。

布団の端で眠っている小さな体を布団の真ん中へと移動させてやってから楓はクローゼットの中から着替えをを取る。

今日は朝から親友二人が遊びに来るため、風呂に入るついでにおめかしもしておこうと思ったのだ。

そして足早に地下一階にある大浴場へと向かうと、既に誰かが風呂を使っているような気配があった。

きっと早起きの祖母だろうと推測した楓は、手早く服を脱ぐと引き戸に手をかけて浴室への入口を元気よく開ける。


「お祖母様、おはよー…」


「もう修行が終わったのか?早いな」


髪を流しながら早朝の風呂を楽しんでいたのは祖母でも、ましてや父でもない。

楓の表情がみるみるうちに赤くなっていく。

鬼の王、冥鬼が別段驚きもしない顔で楓に視線を合わせた。


「き、きゃああああっ!!!何であんたが入ってるのよ!信じられないっ!」


思い出したように悲鳴を上げる楓だったが、冥鬼は耳を塞いで楓の大声を咎める。

楓はあたふたと背を向けると、大判のバスタオルを体に巻き付けた。


「うるせえな…桜が起きるぞバ楓」


「ば…バ楓ですって!?」


恥ずかしくてたまらないといったようにバスタオルを巻いて座り込んだ楓は、冥鬼の余計な一言に半泣きで振り返る。

冥鬼は既に髪を洗った後なのか、長い髪から水滴を垂らしながら堅く絞っていた。

普段とは違う雰囲気の冥鬼に思わず物怖じしてしまう楓だったが、自分の家で何を遠慮することがあるのかとムキになって浴室へと入っていく。

同時に、ゆっくりと体を起こした冥鬼は長い髪をまとめてから湯船に浸かった。


「こっち見ないでよね。振り返ったらただじゃおかないから…」


「誰が見るかよ、そんなちんちんくりんの体なんか」


楓の言葉に一言も二言も余計な言い回しをしてくる冥鬼を楓が睨むが、当の冥鬼は背を向けたまま肩まで湯に浸かっていた。

何とか言い返してやりたい気持ちを抑えて、楓は体を流し始める。

せっかく一人で気持ちよく風呂に入ろうとしていたのに冥鬼のせいで台無しだと思いながら、楓は体を洗い流すとお気に入りのシャンプーを使って髪を洗い始めた。

シャンプーのボトルを引き寄せた時に、昨日使った時よりもボトルが軽いような気がして何となく違和感を感じるが、自分の髪が長いせいか無意識にたくさん使ってしまっているのだろうと思い直すことにして髪をシャンプーで泡立て始める。

しっかりと髪を流してスペシャルケアのヘアパックを存分に堪能してから、楓は体にバスタオルを巻いた状態で湯船に浸かった。


挿絵(By みてみん)


「何度も言うけど、こっち見ないでよ」


「見てねえっつってんだろ、しばくぞ」


冥鬼に背を向ける形で湯船に浸かる楓と同じように、彼も楓に背を向けている。

しばしの静寂が二人の間に流れた。

最初は恥ずかしい気持ちこそあったが、楓は背中に感じる冥鬼の気配に安心している自分に気づく。

思えば、冥鬼はいつも傍で楓のことを守っていた。

自分を封印した人間の子孫である楓に、何だかんだと憎まれ口を叩きながらも手を貸してくれていたのも他ならない彼だ。

楓は、自分の肩に湯を掛けながら兼ねてからの疑問を問いかける。


「…あの…さ、ご先祖さまを恨んでないって言うのは…本当?」


いつだったか、桜に言われた言葉。

冥鬼はご先祖さまを恨んでやしないと言う言葉を思い出して、楓は背中の向こう側にいる冥鬼に問いかける。

冥鬼は楓に背を向けたまま、静かに目を瞑っていた。

何かを考え込むように。

しばしの沈黙の後、冥鬼は小さなため息をついて言った。


「さあな」


否定も肯定もせずに、ちゃぷ、と湯を波立てて冥鬼が湯船の中に肩まで浸かる。

人間とは違う人間離れしたツノが湯船の中で揺らめいて、まるで鏡のように自分自身を映し出す。

冥鬼はそれ以上、楓に背を向けたまま何も喋らなくなってしまった。

なんとも言えない顔で自分の姿を見つめる冥鬼の表情を楓は知る由もなく、はぐらかされてしまったような、突っぱねられたようなそんな気分で唇を尖らせる。


「かわいくない奴…」


「結構じゃねえか」


拗ねたように唇を尖らせる楓に、冥鬼は鼻で笑う。

その会話を最後に、再び二人の間に静寂が広がる。

今度こそ何も話題が無くなってしまい口を閉ざす楓だったが、おもむろにその静寂は断ち切られた。

冥鬼が湯船から上がったのだ。


「さて…酒でも飲みながらテレビ見るか」


「あんたすっかり俗世に染まりきってるわね…」


冥鬼は冷水で顔をバシャバシャと洗ってから満足そうに一息ついた。

風呂上がりのプランがまるで休日の父親か何かだな、と思いながら楓が呆れた眼差しを向ける。

そうして冥鬼が出ていったのを確認すると、楓はようやく体を伸ばして一人きりの風呂を堪能し始めた。

壁に貼られた結界符が、水に濡れて少しずつ剥がれ始めていることに楓はもちろん、冥鬼すら気づかないままだった。

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