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鬼王の巫女  作者: ふみよ
13/63

13話【朝の内緒話】※挿絵あり

師走。

すっかり紅葉は終わり、山々には雪化粧が施されている。

時折山から風花も舞いすっかり冬の訪れを感じさせ、朝晩冷え込む季節になった。

楓が大きく伸びをして起き上がると、隣で小さな体が寒そうに丸くなる。

それがおかしくて、楓は小さな声で笑った。


「王子様、朝よ」


「は、はひ!?」


楓が上体を屈めてそう囁くと、心地よさそうに眠っていた小さな鬼は飛び上がるようにして体を起こす。

王子様、とはこの鬼のことだった。

人と鬼の混血児、雪鬼。

肩につきそうなくらいに伸びた青髪が寝癖で跳ねているのを楓が手ぐしで梳かしてやると、雪鬼はまだ寝ぼけたように目を擦りながらあくびをした。

楓が小さい頃に着た女児向けのキャラクターがプリントされたパジャマに袖を通して、まだ眠り足りないと言うように布団を引き上げている。


「よく眠れたみたいね、昨夜はすっごい緊張してたけど」


思い出し笑いをするように楓が肩を震わせると、雪鬼はちょっと恥ずかしそうに唇を尖らせた。

時刻は朝の5時。まだ太陽は昇っていない薄暗い時刻だ。

楓はゆっくりと体を起こすと、クローゼットから着替えを取って襖を開けた。


「あたし、朝の修行してくるからユキくんはまだ寝てていいわよ」


「はい…いってらっしゃい…楓殿…」


寝ぼけ眼で返事をする雪鬼が面白いのか、楓は笑いを殺して部屋を出ていった。

足音が遠くなっていく。

雪鬼は布団を被り直して目を瞑った。


(楓殿の匂い…)


ぼんやりとそんなことを考えながら、雪鬼は体の力を抜いた。

雪鬼が鬼道家にやってきたのはこれが初めてではない。

初めて出会った後、何回か楓と出会う機会があった。

時折自宅にお呼ばれして拾った猫の様子を見に来たり、冥鬼と手合わせをする内にすっかり鬼道家に馴染みのある顔になっていたのだ。

昨日も遅くまで冥鬼と手合わせをした後、風呂に浸かってそのまま帰ろうとしたのだが…。

楓に「泊まっていかないの?」と無邪気に問われ、一泊することになった。


(しかも楓殿と一緒の布団だぞ…。緊張しないはずがない!)


雪鬼は布団の中で丸くなって顔を赤らめた。

どういう意図なのか、楓は屈託なく雪鬼と一緒の布団で寝たいと言ってのけたものだから雪鬼は恥ずかしくて仕方がなかった。

こんなに至近距離で楓とくっついているのに絶対に眠れるはずがないと思っていたのだが、人の体というのは疲労がピークに達すると嫌でも眠くなる。

緊張していたのは最初の30分だけで、あとはぐっすりと眠りにつくことができた。


(何だかいい夢が見られた気がする…)


雪鬼は自然と笑みを零して布団の中で丸くなった。

自分のような半端者(この表現は決して他人に言われたくないが)にも優しく接してくれる楓に、今も変わらず恋心に近い憧れを抱いている。

男とか女だとかは関係ないし、自分が楓と同じ女であることも構わない。

ただ、好きだと思った。


「ふふ…」


「どーしたの?」


布団の中で幸せの笑みを零す雪鬼に、あどけない声が頭上からかかる。

咄嗟に、雪鬼は布団から飛び出して闘いの構えを取った。

すると目の前に、ボロの和服を身にまとった幼児が居ることに気付く。

幼児は、不思議そうな顔で雪鬼を見つめていた。

その瞳は燃えるように赤く、額にはツノが生えている。


「お、鬼なのか…?君は」


雪鬼が恐る恐る問いかける。

幼児はこくんと頷いた。

もちろん、雪鬼の警戒は強まる。


「楓殿の命を狙っているのか?」


「…?ちがうよ、楓おねーちゃんとお話がしたいの」


警戒心を強めた問いかけに、幼児が首を傾げる。

雪鬼は、おそるおそる闘いの構えを解くと幼児の視線に合わせるようにその場に座り込む。

年の頃は4、5歳といったところだろうか?

赤い瞳に赤毛の混じった黒髪。

ツノは2本生えているようだが1本欠けている。


(……待てよ)


雪鬼の表情が強ばった。

赤い瞳に赤毛の混じった黒髪をした、1本欠けたツノの男。

その風貌をした人物を雪鬼は知っている。

いや、だが…まさかそんな。

そうではないだろうと思いたい気持ちと、正体を確かめたい気持ちが交錯して、雪鬼に口を開かせた。


「君は…冥鬼、なのか?」


「うん」


雪鬼の問いかけに無邪気に頷く冥鬼。

続けて、「冥鬼は本殿で寝ているはずじゃ…」と言いかけた雪鬼がハッと息を呑む。

冥鬼は雪鬼を見つめたまま不思議そうな顔をしている。

鬼の一族の中には妖力や幻術を使えるものも居る。

鬼の王である冥鬼ならば、自分の分身を作り出すことも容易いだろう。


「もしかして、あいつの意識だけが実体化しているのか?子供の姿となって…」


「?」


雪鬼の問いが難しかったのか、冥鬼は首をかしげた。

ようやく、雪鬼は姿勢を崩す。


「君がこうして枕元に立つのは、楓殿を見守るためか?」


「…?うん」


雪鬼の問いかけに、冥鬼はよくわかっていない風だったが小さな頷きを返して布団の中に潜り込んだ。

そして顔だけを覗かせて雪鬼を見つめてくるものだから、雪鬼はちょっとだけ、ほんの少しだけ、警戒心が解れた。


挿絵(By みてみん)


「おねーちゃんとは小さい頃からずっとお話してるんだよ」


布団に入るよう促された雪鬼は大人しく冥鬼の隣で横になる。

冥鬼は、舌足らずな声で色々と話してくれた。

楓は早く都会に行きたいということ。

巫女になんかなりたくないということ。

小学校高学年までおねしょをしていたことまで。

楓の話す、ありとあらゆる感情をずっと聞いていたと語る。

雪鬼はその話を夢うつつに聞きながら笑った。


「はは…まるで楓殿の母上みたいじゃないか、君」


「そーだよ、だって頼まれたんだもん」


冥鬼がハッキリとした声色で告げる。

頼まれた?と雪鬼がぼんやり聞き返した。

すると、冥鬼は体を起こして雪鬼の耳元に顔を近づける。


「ないしょで、おしえてあげるね」


そう言った冥鬼の息が雪鬼の耳をくすぐる。

しかし冥鬼の声が雪鬼に耳に届くより先に、彼女の意識は再び夢の中へと落ちていた。

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