あなたがくれた恋の花を。
七夕ということでちょろっとゆうちえを書いてみました。
もう、七月になってから一週間近く経つ。試験前の準備やら生徒会選挙やらで、学校全体が忙しくなるような時期。雰囲気だけは伝わってくるが、一用務員である私には、そんなもの何処吹く風。しいて言えば、そろそろ雑草をこまめに刈らなくちゃならないなということくらい。
それも済ませてしまうと、もう夕方。そろそろ、用務員室が一番ちょうどいいからと、智恵が勉強をしにくる時間だろうし。
試験期間中なのか、校庭からも校舎からも人のざわめきは聞こえない。昇降口を見ると、がらんとしていて、靴箱の向こうには六本もの笹飾りが、吊るされた短冊でカラフルに飾られているのが見える。少し覗いてみようかと、用務員室から校舎に入って、そこから笹のところまで向かう。
ちらっと流し見しただけで、見るだけでほほえましくなるようなもので溢れている。誰かと仲良くなりたいとか、何かが欲しいとか、平和に過ごせますようにとか、みんな、それぞれの幸せを願っていて。私も、小さい頃の、無邪気に幸せでいたときのことが頭に浮かぶ。
ふと、地面に落ちてしまった短冊たちに目がいく。これも、一つ一つが誰かの願った幸せの欠片なんだろうな。……戻しといてやるか。そう思えるようになったのは、誰かの幸せを、純粋に願えるようになったのは、私に、『愛』を教えてくれた智恵のおかげなんだろうな。
そうやって、床に落ちていた短冊を拾って、手近な笹にかけていると、ふと、妙に見覚えのある、さらさらと流れるような文字が目に映る。左下に小さく、『江川智恵』と書いてあって、心臓が、早くなるのを感じる。まるで、見てはいけないものを見たような高揚感。それに急かされるように目を追う。
『私の好きな人が、いつまでも幸せでいられますように』
書かれていたのは、真っ直ぐな私への願い。このままポケットにしまって、引き出しの中に取っておきたいほどに、愛おしい。
私は幸せ者なんだな、こんなに真っ直ぐに、誰かに愛してもらえて。胸の中が、無性に熱くなる。智恵の気持ちを知っていく度に、私の心が溶かされていくのを感じる。
私も、何かお返ししたいな。智恵の短冊を結びなおしてから、私も近くにあった机に置かれた短冊とペンを手に取る。
『私に幸せをくれた人を、一生かけて幸せにしたい』
名前を書くには余りにも恥ずかしくて、純粋な私の想い。せめて、智恵には気づいてほしくて、さっき結んだ短冊の隣に結びつける。私も、同じくらい智恵のことが好きで、愛してるから。
足音が聞こえて、その場を離れようとする。
「邑さん、どうしたんですか?」
その声は、ちょうど願いのような、決意のようなものを書いた相手。背徳感のようなものに、体がすくむ。誰もいないせいか、普段学校では使ってくれない『恋人同士』のときの呼び方を使ってきて、高鳴る心臓が、苦しいくらいに早まる。
「何だ、智恵か、どうかしたか?」
「今日も、用務員室使わせてもらってもいいですか?」
「ああ、……好きに使ってくれ」
「ありがとうございます、……そこで勉強するほうが落ち着くんです、自分の部屋だと、どうしても他のことに意識向いちゃうし」
そう言って私の前を歩く智恵は、去年と同じように高い一つ結びにしていて、ぴょこぴょこと長い髪が揺れる。普通に歩くだけじゃこんなに揺れないはずで、頭の上に花が咲いてるように見える程、上機嫌なのがわかる。
「相変わらず真面目だな。……それより、また髪結んだんだな」
「ええ、そのほうが涼しいですし」
「髪型変えるだけでそんなに違うのか、なんか不思議だな」
「そうですよ、けっこう印象も変わるし、……じゃあ、お邪魔しますね」
普通に歩けばたった十数歩の距離も、幸せに溢れる。用務員室の鍵を開けている間、智恵はずっと隣で待ってくれている。自然と、頬が緩んで、私って、笑えたんだなと気づいたのも、こうして智恵が私のところに来てくれるようになってから。
扉を閉めてしまえば、この空間は二人だけのもの。ずっとこのまま、二人で幸せを分かち合いたい。口に出すことを考えるだけで頬が熱くなるような感情は、眩しいほど純粋な、私の、智恵への愛情。