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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

「ケリ」つけ屋 

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と、内容についての記録の一編。


あなたもともに、この場に居合わせて、耳を傾けているかのように読んでいただければ、幸いである。

 やあ、つぶらやくん。給料日前とは、なんとも財布に痛いものだね。ちょっと今月は急な出費が多くてさ、貯金を切り崩す羽目になっちゃったよ。冠婚葬祭ばかりは、出し渋るわけにいかないしね。

 そういえば、つぶらやくんはちゃんと家計簿をつけてるかい? 銀行の通帳ばかり眺めていても、こまごまとしたお金の動きが分かりづらいだろ。思わぬところで使いすぎて、知らない間に、現ナマが手元からなくなっている……なんて珍しくないんじゃないかい?

 僕が家計簿をつけておいた方がいいと思う理由の一つは、それだ。だがね、なくなるばかりがお金じゃない。勝手に増えてしまうこともあるんだよ。

 ……なんだい。そのかわいそうな人を見るような眼は。夢と現実の区別がつかなくなっているんじゃないか、とでもいいたげだね。

 確かにあれが夢であって欲しいと、今でも思っているよ。聞いてみるかい、僕の体験を。


 小学生の時分。僕は親にこづかい帳をつけるように申し渡された。自分でお金の管理ができるようになっておいた方がいい、といわれてね。

 しかし、熱心につけていたのは最初の一ヶ月だけ。それが過ぎると、こづかい帳は部屋の隅に追いやられてしまい、ほこりをかぶり放題だった。

 どんな理由があろうと、一度物事から遠ざかってしまうと、再始動にはエネルギーが要るものだろう? 僕はその消費量を予め想定してしまい、動く前からやる気デストラクションするという習性を持っているらしい。

 量も時間も回数も、決まってしまっていることは大嫌い。スキルがあり条件を満たしているなら、それに応じていくらでも節約、短縮、増幅できるべきだろう。人生の時間をケーキみたいにきっちり切り分けられるなんて、ごめんだ。当時の僕は、そう思っていた。


 その性格もあって、僕は記録にひたすら挑む陸上競技や、対戦の時間制限はあれど、早打ちや「投了」することで浪費を抑えられる、ボードゲームやカードゲームにはまっていた。

 ただ後者に関しては、相手が存在することが前提。対戦できることに感謝しながらも、心の中では相手がもたつくたびに、罵声を浴びせる自分がいたよ。ノータイムで判断し、相手に手番を回して、プレッシャーをかけることもたびたび。

 一方、形勢不利と見ればすぐに引き下がった。相手によっては「まだやれるじゃん。もっと粘れよ~」なんてぼやく人もいたけど、冗談じゃなかった。

 相手は、自分の勝ちが確定しているのをわかっているのかいないのか。粘れなんて言葉、「お前、これからサンドバッグになれよ」と同義だ。誰が好きこのんでなるものか。

 そういうつまらない勝負をした日には、僕はファミレスのドリンクバーで粘りつつ、愚痴を漏らすのがお約束だった。

 飲み放題はいい。自分の判断ひとつで量を決めることができる。つい何度もりようしちゃうおかげで、決して多くはない僕の小遣いはけっこうかつかつだったんだ。


「ホント、無駄な労力使わせたがるよな、どいつもこいつも。結果が見えたから潔くしてんのに、不満かよ。勝ちを得ても、自分の手で殴りつけなきゃ気が済まねえとか。勝負じゃなく、虐殺がしたいとかふざけんなよ。あ~あ、やってらんねえ!」


 ダン、とあおっていたコップを、乱暴にテーブルへ叩きつけた。ふと顔をあげると、まばらに入っていた客の目が、じっとこちらをにらんでいた。どのまなざしも険しく、視線を合わせるだけで、臓器の表面をとがった爪でなぞられているような、怖気が込み上げてくる。

 さすがに決まりも居心地も、いっぺんに悪くなる。僕は痛くなり出したお腹を押さえつつ、店を後にした。それから日が改まるまで、僕はトイレに籠城しちゃったよ。


 翌日。朝起きてみると、家の飼い猫が死んだ。母親が飼っていてよく外へ勝手に散歩しに出かけるのだけど、昨日は猫同士の喧嘩に負けたらしく、昨日から右の前肢は外側に大きく折れ曲がり、まともに歩くことができなくなっていた。その日の獣医さんは予約がいっぱいで、一晩は安静にして様子をみるようアドバイスされたらしい。その結果がこれだ。

 内心、僕は安心する。あの怪我のひどさからして、完治できるとは思っていなかった。そのままでは、他の連中に遅れをとり続ける、生涯の負け猫だ。

 この先、ずっと辛い生活をするくらいなら、いっそすっぱりとリタイアしてしまったほうがいい。そう思っていた。


 家族の悲しみをよそに、僕はその日、友達から焼肉の食べ放題に誘われた。

 放題ならば断る意味がない。二つ返事でオッケーしたけど、予算を聞いて、自分の顔がひきつるのを感じた。持ち合わせを確認すると、案の定、わずかに足りなかった。

 後で合流すると伝え、家に飛び帰り、現金を探す僕。

 自分の口座はまだ持っていなかったし、親は小遣いの前借りなぞ絶対に許してくれない。過去の僕が繰り越しているお金を、見つけ出すしかなかった。記録にも記憶にもないものを。

 どう考えても望み薄だったが、奇跡は起こった。

 バインダーにいっぱいになったために、分離して家に置いていた、ルーズリーフの束。その間に、五千円札が挟まっていたんだ。

 一体、どんないきさつで、ここに挟むことにしたのか。さっぱり思い出せないけど、そんなのはささいなこと。

 今、僕はお金を手にしている。食べ放題にいける。その事実こそ、すべてだ。

 家族が猫の死を悼む間に、僕は意気揚々と友達の待っているであろうお店に、うきうきしながら飛び込んでいったよ。


 それからというもの、僕は物入りでお金が足りなくなる時、決まって家捜しをし、また、決まって十分な額の「繰り越し」金を見つけた。

 二回、三回程度までは過去の自分の行いのおかげだと感謝したけど、それ以降はさすがにおかしいと思い始めた。

 計算はしていないけど、すでに一年分近い金額が出てきたんだ。自慢じゃないが、僕は貯金を志したことはない。例のドリンクバーをはじめ、払える出費に二の足を踏んだ覚えもなかった。それがこれだけの額を溜め込めるなど、考えがたい。

 更にもう一点。僕がお金を見つける時は、必ず何かが、誰かが命を落とした後。そして僕が知る限りだと、彼らは僕に「存在するだけ無駄だ」と思われていた……。


 僕が、授業が下手くそで、いばりちらすだけが能の教育実習生に消えることを願った時も、翌日には叶ってしまった。きっと家に帰ればまた、お金がどこかに隠されているだろう。

 僕は気分が悪くなり、通学路のはずれにある公園へ。錆が浮き出したベンチに腰掛け、自分の両手をまじまじと見つめる。

 僕は死神になってしまったのか。それとも、命をお金に代える力を手にしてしまったのか……。


「間違いだよ、どちらも」


 僕の頭の中の問いかけに答える声。顔をあげて、僕は息を飲んだ。

 ベンチを包むように扇形に広がっている彼らは、あの日。僕がドリンクバーで愚痴をこぼしていた時、そこに居合わせた人たちだったんだ。


「君は本来、あの飲み物で死ぬ予定だった。だがあの時、君の言葉を聞いて私たちは思ったんだ。死んでもらうより、むしろ体の中に『死』を入れて運び、撒いてもらおう、と。お金はその賃金だよ。運び屋としてのね」


 でも、君が疑い出した以上、仕事は終わりだ、と中央の老人が僕に向かって手をかざす。

 あの臓器を爪でなぞる感覚。僕は思わずうずくまったけど、少しも楽にならない。やがて目の前に、すうっと黒い霞がかかる。それは異様に足の長い、アブの大群だった……。


 気がつくと、あたりは真っ暗になっていた。アブも、あのお客たちも、姿を消してしまっていたんだ。

 以降、僕がいなくなってほしいと思っても、人や動物が死ぬことはなくなった。ただ、あの日のファミレスはほどなく潰れてしまったよ。

 ドリンクバーが原因の食中毒で、多数の被害者を出してしまったらしいんだ。

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― 新着の感想 ―
[一言] とても怖かったです。 彼の言葉が発端であの客たちは、何とも恐ろしい方法を思いついてしまったのですね。 自身の死からは免れたものの、知らぬ間にとんでもないものを運ばされていた彼。あれは夢だった…
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