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鏡の本懐

作者: やおたかき

「鏡よ鏡、世界で一番の美女は、いったい誰じゃぞぇ?」

 驕慢な女王の問いに、その古き魔法の鏡は即答したのです。

「それは、森に住む、少女姫……」

 意外な答えに目を丸くする女王。それもつかの間、顔が紅潮し、ついで目が糸のように細くなりました。くるりと背を見せ、足音高くいずこかへと去っていきます。


 数日後、戻ってきた女王は、鏡に八つ当たりしました。

「毒リンゴをくれてやろうとしたけれど、見向きもされなかったわぇっ!」

「……今時の子供は、果物よりも、お菓子の方がよろしゅうございましょう……」

「それは言えるかも……そうだ、名前にこじつけて、ホワイトチョコレート! これならいける……」

 くるりと背を見せて、女王はいずこかへと走り去っていきました。

「……」


 数日後のことです。とうの少女姫が、何事もなく王子様とともにお城に到着したのです。姫は鏡を見つけると、ちょっとおどけたポーズをとり、

「鏡さん、世界で一番の幸せ者は、誰かしら?」

 鏡は黙したまま、その姿を映し続けたのでした。


 それから長い年月がたちました。その間、鏡は眠り続けました。


 ある時、戦争が勃発しました。そして王国は、あえなく敗れてしまったのです。

 鏡は見栄えがよかったため、勝利した独裁者のもとに献上されました。

 独裁者は胸を反らし、鏡に向かいました。牡牛のような太い声で、

「世界で一番の実力者は誰か!? おお、それはこの――」

 間髪を入れず――

「それは、このお方です……」

 唖然とする独裁者の前に、一人の人物が映し出されたのです。それを見たとたん、独裁者の顔が青黒くなり、目は血走りました。くるりと背を見せ、独裁者は命令を下しに、荒々しく部屋を出ていったのでした。


 それから数年後、独裁者は命を落とし、平和が訪れました。鏡はまた長い眠りにつきました。


 目覚めると、鏡は田舎の温泉宿にありました。女湯の脱衣室です。いま一人の、そばかすだらけの娘が、湯から上がってきました。鏡の自分の肢体に見とれながら、

「ああん。あたいの好きなあの方は、いま何をしていらっしゃるのかしらん……」

 そのとたん、鏡は仕事を開始しました。娘は驚いたのもつかの間、その映し出された光景に、みるみると顔を真っ赤にしてしまいました。

 半年もたたぬうち、娘はその青年と強引に結婚することに成功したのです。


 また長い長い年がたちました。


 鏡はふと、目を覚ましました。自分に寿命がきたことを、悟ったのです。

「……」

 窓から月明かりがあります。周りを見ると、ここは、どうやら農家の物置小屋のようでした。クワやら台車やら、薪やら干しワラなどが雑然とおかれています。

 そのうちに、なにやら外から物音がしてきました。――いま、一人の少年が、大きな男の人によって、小屋の中に放り込まれました。扉がばたんと閉じられ、外から鍵のかかる音がします。

 その少年は扉をばんばん叩き、叫びました。

「バッキャロー! クソオヤジ! おぼえてろ! あとでヒデェからな! オレはぜってーエラクなるんだからな! そのときワビいれてきたって、おせーンだからな――ッ!」

 土や埃やクモの巣で汚れていた鏡面は、その一瞬で清冽な光と深みを取り戻したのです。

「うわっ!? な――?」

 鏡はその少年の将来の姿を映し出しました。そして、少年の手によって叩き壊されたのです。


 年月がたって、その少年は本当に立派な大人になっていました。





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― 新着の感想 ―
[一言] 初めまして。 童話に出てくる“あの”鏡を主人公にしたというめずらしさから、通りがかりでのぞいてしまいました。 ただ黙々と、淡々と仕事をこなす鏡が妙に真面目で、かわいかったです。それぞれがどん…
[一言] 鏡の性格をそれぞれに振り分けると言う発想はすばらしいと思います。 それぞれの鏡に向かう人々の個性が生きているように感じられました。
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