魔女の本気
ベヒモスの口内に入ってから、しばらく奥に進むと……落ちた。
気分は滑り台を急速に滑っている感覚だ。
「――背中痛ぁ!?」
やがて何かの水溜りのようなところに着地したけど、意外に浅くて背中から勢いよく着地。馬っ鹿痛いやんけ。
「……ってぇ……あ? どこだ、ここは?」
この酸っぱい臭いと体の構造からして、腹の中ってところか。
「うーん、とりま作戦成功って感じかな?」
次はひたすら暴れるだけだ。どうせベヒモスは何も出来ないのだからゆっくりじっくり嬲るように殺れる。
――ドンッ!
「――ヒャッ!?」
うわっ、今の声私かよ。
随分と可愛い声を上げるんだな……ってちがーう!
音がした方を見ると、ベヒモスの皮膚がボコッと盛り上がっていた。
「……まさか、ベヒモスのやろぉ、自分で腹を叩いてるのか?」
マジかよ。それだけは絶対にやらないと思ってたのに……ベヒモスってばMなの?
冗談は置いておいて、これで『死滅』でゆっくりと殺す作戦は使えなくなった。
「だったら……」
だったら魔法をぶっ放し続けるしかないでしょ。
今、MPは26268残っている。
『暴食』のおかげでMPのストックは23731もある。
しかもMP高速回復があるので少し休憩すればまた魔法を放てる。
……よし、いける。
「まずは――カタストロフ」
武器を魔法で創造して攻撃するお得意魔法の一つ『カタストロフ』。
形は投擲槍みたいになっていて、絶対零度の冷気が大規模な爆発を巻き起こすという魔法。
※実験は誰もいない荒野でやってね。
じゃあ投げますか。
…………ソーイ!
目の前で爆発が起こる。
嫌な予感がしたから障壁を展開すると、目の前が真っ白になった。
「うっわ、障壁凍ってるじゃん」
あっぶねぇ。下手したら私も凍りつくところだったよ。
「ブォオオオ…………」
ベヒモスの弱々しい声が響く。
おっと結構効いてる感じ?
……じゃあ、ついでに今まで暴れられなかった鬱憤をここで晴らすとしましょうかねぇ!
「――テンペスト・ランス! ――爆炎刃! ――断絶!」
創造した魔武器をベヒモスに叩き込む度に、そこから爆発が冷気が暴風が雷撃が発せられる。
ベヒモスも腹を殴る威力が弱くなってきた。
対して私のMPは三万残っている。
「――まだまだぁ! ヒャッホゥ!」
◆◇◆
外では奇怪な現象が起こっていた。
それはルーナさんがベヒモスの口に自ら入った後のことだ。
中に居るであろうルーナさんを潰すためにベヒモスが自分の体を叩いている時、内側から爆発が起きたようにベヒモスの腹が膨らんで体制を崩して転ぶ。
それから連続して同じような膨らみが起こってベヒモスは何度も体制を崩して、他から見ればベヒモスがステップを踏んでいるようにも見えた。
「……どうなってるの?」
そうやって口にするけど、正直理解はしていた。
これはベヒモスの内側で、ルーナさんが好き勝手暴れているのだろうと。
「あれがベヒモスの外で炸裂してないことをありがたいと思わなきゃな」
ガビルが言うとおりよ。
ルーナさんが今放っているであろう魔法の威力は、あんなに硬かったベヒモスの皮膚を腫れ上がらせるほど。
そして、ベヒモスが踊り続けること数分。
異変は起こった。
「――グァアァン!」
突如、ベヒモスが苦しみだして暴れだす。
「――なに!?」
「おい、あいつの腹を見てみろ!」
言われるままベヒモスの腹を見ると、そこだけベヒモスの白く硬い肌が黒く変色していく。
それはどこか紋様に見えて不気味な輝きが更に増していく。
そして、その光が最大限まで増した時。
「――どっかぁああん!」
ベヒモスの腹が弾け飛んで、中からルーナさんが盛大な叫び声と共に飛び出してきた。
あの人はいつまでたっても元気ね。
本当にベヒモスを相手にしていたのか不思議に思えるくらいだわ。
「うっはぁい! やっと外に出られたぜぇ――ふっふぅ!」
ルーナさんはテンションが上がり過ぎて空中で手をブンブンしながら踊っている。
完全にキャラ忘れているわよね、あれ。
「ふんふん、ふんふふーん♪」
「――危ない!」
「ふんふ……ほえ? ――うぎゃあぁああ!?」
どれだけ嬉しいのか分からなけど、ベヒモスの目の前で踊り続けていたルーナさんは、ベヒモスの苦し紛れの攻撃に気づかないでそのままなぎ払いを喰らう。
普通の人体からは鳴ってはいけない音が鳴って、ルーナさんの体がそのまま壁と激突して激しい衝撃が空間を揺らす。
「………」
「……………」
「………グゥ?」
ルーナさんは見事に壁に埋まって動かなくなった。
突然のことに私達は言葉も出ない。
ルーナさんが死んでしまったのでラビ達を守っていた『断空』も消え去っているのだが、突然の展開すぎてそれすらも頭に入ってこない。
ベヒモスもまさか当たるとは思ってなかったのか、少し驚いた様子が分かる。『え? 俺が悪いの?』って言いたそうに視線を泳がせている。
……わかるわ。
その困惑に関しては同情するわベヒモス。
◆◇◆
【死亡を確認しました。器の再構築を開始します】
【『物理耐性Lv8』が『物理耐性Lv9』になりました】
【『物理耐性Lv9』が『物理耐性Lv10』になりました】
【『打撃耐性Lv8』が『打撃耐性Lv9』になりました】
【『打撃耐性Lv9』が『打撃耐性Lv10』になりました】
【新たな称号『神の器』を取得しました】
【器の再構築に成功しました】
「……ふふっ……」
やっちまった。久々の外の空気すぎてはしゃいでたら、ベヒモスの攻撃喰らっちまった。
予想はしていたけど、一撃死か。
にしても…………
「……ってぇなぁ。――このデカブツ! 一回死んたぞゴラァ!」
人が踊ってるの邪魔するかアァン!?
壁に埋もれているのから無理矢理、脱出をして飛びかかる。
「――うおっと!」
すると、ベヒモスの拳が頭を掠った。
もう少しで首から上が無くなるところだったぜ。
「ブベッ!」
そして着地に失敗して地面に大の字で激突する。
なーんか、今日って落下多くない?
寝返りをうつと、ベヒモスの拳が眼前に迫っていた。
「『黄泉還リ』のチート舐めんなぁ!」
素早く起き上がって、即座に拳を振りかぶって応戦する。
「グゥオオオ!」
「どっせぇえい!」
こちとら筋力ステータス二倍に上がっとるんじゃボケ! 力なら負けないっての!
私達の拳が激突した瞬間、私の馬鹿力に負けたベヒモスの腕が吹き飛ぶ。
「ブモォ!?」
ありえないと言うように動揺を隠せないベヒモス。
「次こそ喰らえや『紫電』!」
ベヒモスの足を『紫電』で追撃し、ベヒモスは身動きが取れなくなる。
よし、入った!
これで奴は数秒動けなくなるっしょ。
「……え?」
なんかベヒモスに白いのが纏わりついているんですけど。
ええ……キモッ。
…………あ、白いのにヒビが入って出てきたのは…………誰?
白かった肌は黒く変色していて、ボロボロだった体は治っている。
長った鼻も無くなっていて、象顔も普通の人間みたいだ。
デカイのはそのままで、ベヒモスというより、巨人?
……いや、私が会ってきた巨人よりも存在感が全く違う。
それに本能が言っている。
――こいつはヤバい。
「感謝スルゾ小サキ者ヨ。我ハ貴様ノオ蔭デ更ナル進化ヲ遂ゲラレタ」
分厚い声色で話してくる。
そして巨大な体を広げて高らかに宣言をする。
「我ガ名ハ、巨神! サァ、闘争ヲ楽シモウゾ!」
「…………うそーん」




