SS3 不安
「コウヤぁ、ケーキ屋行ってさぁケーキ買ってきてよケーキ。……あ、チョコケーキでよろしくー」
オリヴィエさんがお金を渡して雑用を押し付けてくる。なぜメイドさんが居るのに俺にケーキのお使いを頼むのか。
だけど断ったら殺されるから受け入れるしかない。
「分かりました」
「何なら暇そうにしているユカちんも連れてって良いよ? デートじゃん、やったじゃん!」
「……はぁ」
バンバンッと背中を叩いてどうでもいいことを指摘してくる。
本人は軽く叩いているつもりなんだろうけど見た目から想像も出来ない腕からはとてつもない衝撃が来て、とても痛い。
「大丈夫です。ケーキくらいなら一人で買いに行けるので」
「あらそう? じゃあユカちんには他のこと頼もうっと。――ねぇねぇユカちーん」
「……はい? なんですかオリヴィエさん?」
「頼みたいことがあるんだけどさぁ――」
異世界に来てからずっとこの調子だ。
特別な稽古をしてくれるわけでもなく、目についた俺達に雑用ばかりを押し付ける。
リュウキなんて屋敷中の掃除をさせられている。
この前、全然稽古をつけてくれないと文句を言いに行った結果がこれだった。
屋敷は領主(?)であるオリヴィエさんとメイド総勢三十人。それと俺達四人が住んでいても余裕で空き部屋があるほど広い。
元の世界でもここまで広い屋敷は見たことがないから、相当偉い人なんだろうけど、全然そう思えない。
「……チョコケーキだったよな」
さっさと雑用を終わらせて部屋で休もう。ケーキ屋まではそこまで遠くはないのでそこまで無理難題というわけではない。まだリュウキに比べてマシなんだろう。
「――コウヤ君」
ふと俺を呼ぶ声がする。後ろを振り向くとミドリさんがいた。
「ミドリさんじゃないか。どうしたの?」
「……えっとリュウキ君から伝言を預かって来たの」
「リュウキから?」
あいつは忙しすぎて手が話せないのだろう。夜には自由時間があるからその時にでも話せば良いのに、伝言を頼むほど急な用事なのか?
「『今日の夜に決める。覚悟があるなら夜に俺の部屋に来い』だって。それじゃあ……」
ミドリさんはそれだけ言って廊下の奥へ走っていく。
今日の夜に決める?
それはまさか四人でオリヴィエさんに直談判しに行くということか。
ということは伝言を伝えに来たミドリさんも、リュウキの意見に賛成なんだろうなぁ。
ならばちょうど良い。
俺もそろそろ我慢の限界だった。
それに、集団で行けばオリヴィエさんも承諾してくれるかもしれない。
「……とりあえずチョコケーキ買ってこよう」
その前に買い出しはちゃんとやろう。
◆◇◆
結局、リュウキの部屋には全員が集まった。
色々と話をしてオリヴィエさんが稽古をつけてくれないようだったら、ここを出て自分達なりに鍛錬して学校のみんなを助けに行こう。そう全員が決意した。
今はオリヴィエさんの自室の前まで来て、入るタイミングを伺っている。
「えー、マジかよ。面倒くせぇな……チッ、そもそもあいつがさっさと見つかれば良いのによぉ」
どうやら誰かと話しているようだった。
だからってこのまま引き返すわけにも行かない。
「……はぁ、しょうがねぇなそういう契約だからな」
みんなと目配せして発案者のリュウキがドアを叩く。
――コンコン。
「……ん? 誰か来たみたいだから今日はこのところで終わりだな。――入っていいぞ」
「失礼します」
中に入ると奥にくつろぎながらソファにどっしりと構えているオリヴィエさんがいた。
中を見回すと先ほどまで話していたと思われる人物が見当たらなかった。すでに窓から出ていったのかな。
「なんだ、お前たちかよ。揃いも揃って夜這いか? こんな乙女を寄ってたかって何する気!? いやナニする気!?」
とことんふざけている様子で話を反らしにくる。
最初はイライラしていたけど、今はもう慣れてきた。これはスルーして話を強引に勧めたほうがいい。
「俺達は今日お願いがあってここに来た」
「あん? お願い?」
「そろそろ俺達に力の使い方を教えてくれ」
リュウキが代表して願いを言う。オリヴィエさんは予想していたようにため息をつく。
オリヴィエさんのことだから「どうしてもというなら土下座しろ」とか言われそうだけど、俺達はその覚悟もしてここに来た。
そしてオリヴィエさんの返事は。
「うん、良いよー」
「そうか。だったら俺達は……って良いのか?」
「だから良いって言ってんじゃん。なに? もしかして冗談で言ってた?」
「――い、いや! どうせ土下座しろとか言いやがるのかと……」
まさかこんなに簡単に承諾してくれるとは思ってなかった。
リュウキだって意外な展開すぎて何がなんだかわからないって顔してる。
「……ホントは教える気なんてさらさら無かったんだけどな」
((((無かったのかよ!))))
なんの心境の変化があったのか分からないけどこちらとしては嬉しい結果だったので良しとしよう。
「んじゃ、明日から殺すくらいの特訓をしてやるから。昼に中庭集合ね」
「……え?」
今、殺すくらいって言った気がするんだけど、オリヴィエさんなら本気でやりかねない。
オリヴィエさんの『殺す』という単語意外に怖い言葉をこの世界で知らないくらいだ。
「ほら、夜遅いんだし自分の部屋に帰った帰った。これから私は酒パするんだから未成年は居ちゃいけませーん」
オリヴィエさんから強風が吹き出して後ろに下がるのを余儀なくされる。
やがて全員が部屋の外に出ると自動的に扉が閉まって完全に追い出される形となってしまった。
「……とりあえず明日に備えて寝るか。なんか必要以上に気張ってたから気が抜けたしな」
「そうだね。みんなお休み」
これ以上は何をしても無駄だろうと今日はここで解散になる。それぞれが自室に戻る中、何故か閉められた扉の向かい側が気になって振り返る。
なにか思っているより重大な事に俺達は関わってしまったのではないのかと、俺の勘が言っている気がする。
「……寝るか」
それでも力の無い俺達にはどうすることも出来ない。今はオリヴィエさんを信じるしかない。
不安を無理矢理消すように頭を横に振って自室に戻る。
◆◇◆
「……これで良いんだろ?」
『うん、手間を取らせてしまってごめんね』
「永遠を生きる私の良い暇つぶしとして考えれば十分な釣りが来るだろ。無理矢理そう思うことにするよ」
『あの子達は計画に必要な要だ。……一応言っておくけど殺さないでね?』
「――はっ! 私の特訓についてこれないなら結果的に私達の計画でも死ぬだろ。だったら厳しく私が指導しておかなきゃな」
『うーん、凄い心配だけど君を信じるしか無いよね』
「あんたはさっさとあいつに話をつけて来いよ。どうせ、もう見つかってんだろ?」
『うん。けどもうちょっと待って。あの人も今は大変な時期に入っているから……』
「それまでにガキ共を改ぞ……指導しとくよ」
『今改造って言おうとしたよね? 僕もう怖いよ』
「ハハッ、神に怖いって言わせられるとは光栄だな」
『………じゃあこっちはこっちでなんとかしておくから。子供達は頼んだよ』
「分かったから、さっさと馬鹿な魔女様を連れて来いよ」
『それじゃあまた会いに来るよ』
「……あぁ」
面倒な気持ちを度数の高い酒を一気に飲み干すことで紛らわそうとするが、意味が無かった。
遠い目で空になったボトルを眺める。
「……あぁクソ、一人酒はつまらねぇなぁ。……早く帰ってこいや馬鹿ルーナ」




