トラウマ再び
「………これが私が急いでいる理由です」
ラビは何も言えなくなっていた。
何かを考えているみたいだけど、ラビの選択によっては、ここでさよならっていうのもあり得る。
「……ごめんなさい、私のせいで無駄な時間を取らせてしまったわね。――行きましょう」
「俺達は歩いてるだけだからな、疲れなんて気にしないでドンドン進んでくれ!」
お、そう来るか。
手伝ってくれるならありがたい。……ほぼ私の眷属しか働いてないけどね。
「………ありがとうございます」
会話が終わると同時に私は立ち上がる。
ついでに眷属を総動員させて第八層に向かわせた。
さっさと雑魚処理をさせて、ついでにボスを見つけてもらわなきゃ困るからね。
今、私が召喚できる眷属の数はおよそ千体。
その数は今も増え続けている。眷属が魔物を殺せば、その魔物も眷属になる。つまり、殺す対象がいる限り眷属は増え続ける。
千体も一気に出したら疲れるからやらないけど、結構な軍勢があるって心に余裕がある。
死霊術によって眷属は大幅に強化されているから、一番弱い眷属も上級の魔物と殺り合えるくらいになっている。
強くなりすぎた第二層の蜘蛛が、気づかないうちに第六層のボスを毒で殺していた事件もあったな。
「各階層のボスだったものは雑魚敵の排除。他は魔物の死体を私に持って来い!」
命令を聞いた眷属達が一斉に第八層の入り口に入っていく。
これで数分すれば大量の死体が運び込まれてくるでしょう。
「……さぁ、行きましょうか」
私達も遅れて八層の入り口をくぐる。
第八層はとても暗い階層となっていて、暗闇から魔物が襲ってくる仕様だった。
暗闇でも問題なく見えるから私にはどうでもいいんですけどね。
ラビとガビルは見えないので私が仕方なく、本当に仕方なく辺りを照らす光球を前方に出してゆっくりと歩く。
肌が焼けるような感覚するから嫌なんだよね、これ。
耐性を上げるためだと思って我慢するけど。
「ギギッ……」
歩いていると、眷属が死体を持ってきてくれた。
「ありがとね」
それを貰って食らいつく。
うーん、虫よりは美味しいけど、めちゃくちゃ美味しいって訳でもない普通の味。
永遠に運ばれてくる死体を作業のように食べる。それをずっと続けているうちに、八層のボス以外の反応がなくなった。
眷属も増えたし、『暴食』スキルのおかげでMPも増えた。
「それじゃあここのボスも攻略しましょうか」
そして第八層のボスとご対面したのだが………
「――無理無理無理! 絶対に嫌!」
「ちょっとルーナさん!? いきなりどうしたの?」
暗い場所を好む雑魚敵が多い階層のボスも、もちろん暗い場所が好きなのだろう。
そして暗闇を好む生物といったら――虫だ。
『八層のボス』『八層のボス』『八層のボス』『八層のボス』『八層のボス』『八層のボス』『八層のボス』『八層のボス』『八層のボス』『八層のボス』『八層のボス』『八層のボス』
第八層のボスは私の大嫌いな虫軍団だった。
「イヤァアアァアア!! ゴブリン軍団!」
瞬時に数十体のゴブリンを呼び出して虫軍団に突貫させる。と言ってもこちらはたかが数十体のゴブリンで相手は何百といる虫軍団。
ゴブリン達は虫の毒と切り裂き攻撃によって少しずつ数を減らしていく。
「さっさと飛び散れ!」
ゴブリン達を爆発させて虫軍団を室内もろとも吹き飛ばす。
虫は炎に弱いので爆発は効果的だろう。案の定、虫軍団は全て死んだのだが……
――ベチャ。
何かが顔に付いた。
とてつもなく嫌な予感がしたので付いた物を取ると、それは何か細い物体で何故かピクピクと痙攣している。
それでも信じたくない私は鑑定で今持ってる物体を見る。
『昆虫系モンスターの脚』
「――イヤァアアァアア!? ――グハァ!」
「ちょ、ルーナさん!?」
盛大に悲鳴をあげて、盛大に吐血してぶっ倒れる。
……フル、私もうダメかもしれん……すま…………ぐふっ。
そして私は暗闇に落ちていった。
◆◇◆
その場は静かすぎるほどに鎮まりかえっていた。時々、焚き火がパチッという音を出すくらいで他の音は何も聞こえてこない。
「……ねぇ、ガビル」
焚き火を挟んだ反対側にいる相棒に声をかける。
「ん、どうした?」
「……ルーナさんって何者なんだろうね」
私達の側で寝ているルーナさんを横目で見る。
ルーナさんはうめき声をあげながら寝ていて、時々、寝言で「虫は不味いからこっち来んな……」と言っていた。
その寝言から一度は食べたことあるのかしら?
そういえばルーナさんが召喚する眷属の中に巨大な蜘蛛が居たわね。
「何者って……そりゃあ魔女様でリッチだろ?」
そういう当たり前のことを聞きたいんじゃないわよ。この筋肉馬鹿。
「……違うの、そうじゃなくて……怖いの」
「怖い? ルーナさんがか?」
「……うん」
ラビはこれまでのルーナさんの行動を思い出す。
「ルーナさんは人を殺すのに躊躇いが無い。……ルーナさんの娘である邪龍を討伐するって言った時に飛んできた一撃、あれは本気で私を殺そうとしていた」
「……でもお前は避けられたじゃねぇか。言っちゃ悪いが、お前が避けられたならルーナさんも本気じゃ無かったんじゃねーの?」
確かに私はあの一撃を避けられた。
あれはシーフの特性である『危険察知』が働いたから。シーフはこれのおかげで罠を察知したり攻撃を避けることができる。
普段は警告音が脳内で軽く鳴る程度なのだが、ルーナさんの攻撃はいつもと違う耳を塞いでしまうほどの警告音が鳴り響いた。
そんな恐ろしい存在が見せた、娘を想う微笑みが私を悩ませる。
ルーナさんは自分の娘が危機に陥ったら迷うことなく邪魔者を排除するでしょう。
「私は思うの。そんな恐ろしい存在を隠したままで良いのかって」
人とルーナさんが戦争をしたら、ルーナさんは魔王以上の脅威となってしまう。
ルーナさん自身の身体能力と無詠唱で放たれる上位魔法、それにルーナさんが召喚する大量の眷属達。眷属の中で最弱であるゴブリンですら普通のオーク以上の力を持っている。
「私達は――」
「ラビ。俺達はルーナさんのおかげでこんなにも強くなれた、気づかないうちに命も助けられている」
そう、すでに私とガビルはレベルが20も上がって充分なほど強くなっている。
そしてルーナさんは隠しきれていると思っているのだろうけど、近くに眷属を配置して私達に襲いかかろうとしている魔物から守らせている。
「この人が何者かなんて俺達には分からない。だけどな、助けられている恩は返す。だから約束は守らなきゃな。
……俺は難しいことは分からないからそんな簡単な理由しかないが、それが大事だと思っている」
何よ、そういうところだけはちゃんとしているのね。……全く、これじゃ私がダメな人みたいじゃないの。
「……そうね、この人が人間と争うことが無いように祈るしかないわね」
何か難しいことを考えても結局は祈ることしか私達にはできない。
言い方を悪くすれば半分諦めだけど、そう思ったら考えるのも馬鹿馬鹿しくなっちゃった。
「――フルが虫に!?」
ガバッ! と突然起き出して意味不明なことを言うルーナさん。呆けた顔のまま周囲を見回して、夢だと気づいたのか、安心したような顔をして「……夢か」と呟く。
「あ? お、おう。………いや、マジすか」
何か独り言を言って困惑した表情をするルーナさんだが、突然何か聞えたというのなら私が思い浮かぶことは一つしかない。
レベルが上がった時に聞こえる『神の声』というのを聞いているのでしょう。
「ルーナさん? どうしたの?」
「……あ、いえ、えっとぉ……」
何か言いづらそうで困ったように頭を掻いている。『神の声』を聞けるときはレベルが上がった時なのでここまで言いづらいことなのだろうか。
「……うーん、よし言っちゃおう。私『進化』します」
「………は?」
この人は何を言っているのかしら?
次回、ルーナ久々の進化です。




