あるドールマスターの人形展
僕が最初にドールマスター「ひらのん」に出会ったのは、今から半年以上前の事だった。
彼は露店エリアという、プレイヤー同士が転売禁止アイテム以外ならなんでも売り買いできるエリアの隅で、自作の人形を売っていた。
と言ってもこのVRMMO『ウィンダーツ』の場合、人形とはおもちゃの事を指さない。
このゲームにはドールマスターという職業があり、人形とは操って戦うための武器である。
ドールマスターはその中二的な格好良さと遠隔攻撃の使いやすさから、リリース当初はとても持てはやされていた。しかしアップデートを重ねて高レベル地域が実装されてからは、前衛よりも防御に乏しく魔法職よりできる事が少ないため、要らない子扱いされてしまった。
そんなドールマスターのために運営がテコ入れしたんだけれど、その方法はプレイヤーではなく人形を強化するものだった。ドールマスターは素材を集めて一から人形を自作する事で、通常よりも強力な人形が作れるように仕様変更されたのだ。
そして人形の造形を一からデザインする事も可能になった。可愛いテディベアでも良いし、球体やクリスタル風の八面体でも問題はない。かなり精密に作り込めるのでアニメのキャラクターに似せたりもでき、そういった人形が高値で取引される事もある。
ただしゲーム的に重要なのは、いかに強い人形を作り、どれだけ凄いエンチャントを乗せられるかだ。見た目はあくまでおまけ要素でしかなく、見た目以上に攻撃力やエンチャントの種類によって人形の相場は決まった。
そうしてドールマスターという職業に再びスポットライトが当てられた頃に、僕は露店で自作の人形を売るひらのんという髭の老人アバターのドールマスターに出会ったのだが――彼の人形は、何というか方向性が完全に間違っていた。
彼の露店に並ぶ人形はどれもドールマスター見習いが最初に造る最弱の駆け出し人形で、エンチャントは何もなかった。
ならば何故僕がその露店に興味を持ったのかというと、そこで売られている人形が、今にも動き出しそうな日本人形だったからだ。
……このVRMMOだと実際に人形が動くので、今の表現はイマイチか。
兎に角、ひらのんの日本人形はどう表現したらその凄さが伝わるのか悩ましいぐらいに凄かったのだ。僕は人形に造詣が深い訳ではないけれども、デパートの人形売り場で一番高い所に飾られていそうな感じの逸品だった。
特にお目当ての商品もなく掘り出し物を求めて露店漁りをしていた僕は、気づけば彼の露店の前に立ち尽くし、その人形をじっと見つめてしまっていた。
[かって くれないか]
と、そんな僕の目の前に、ひらのんが吹きだしウィンドウを開いた。(余談になるがこのゲームにはボイスチェンジモードが搭載されていて、喋っても身バレする心配はほとんどない。吹きだしウィンドウは主に障害のある人の為の機能である)
しかしどんなに見た目が凄くても、これは駆け出し人形でしかない。値段設定もかなり高めで、転売で利益を出すのも無理だろう。
「あの、値段設定が高すぎると思うんですが」
[ざいりょうひが たりないんだ]
「でも駆け出し人形でしょ、これ」
[たくさん しっぱいした]
本来なら初期のドールマスターは自分の足で材料を集めて人形を製作するのだが、聞けば彼は冒険にも出ずに黙々と人形を作っているのだという。
それも攻撃力などを無視し、ひたすら造形にこだわって。
しかも流行りのアニメのキャラではなく、古風な日本人形を。
このゲームの遊び方を完全に間違っている気がしなくもないが、迷惑行為でなければ何をしようが個人の自由だ。
僕はこの我が道を行く人形職人の事が気に気に入って、人形を2つほど買ってあげた。
それが僕とひらのんとの最初の出会いだった。
* * * * *
それからなんとなく細々と、僕とひらのんとの交流は続いた。
交流と言っても一緒に冒険したりパーティー結成したりしたわけではないし、馬鹿話に盛り上がったりしたわけでもない。リアルの話はしなかったので、ひらのんが年配の男性らしいという事くらいしか知らないままだった。
僕はただお金に余裕のある時に、時々露店に出向いて彼の作品を買ってあげた。あとは安く売られていた人形の素材を見つけたら買っておいて譲ってあげたり、ひらのんが探していた素材を狩りのついでに採掘してきた程度だった。
その程度のことでもひらのんはとても喜んでいた。僕の他には手を差し伸べてくれる人がいなかったらしい。
……というのは出逢った初期の頃の話である。
ひらのんの人形造りの腕は数ヵ月でみるみる上達し、そうなると事情は徐々に変わっていく。
彼の人形は最初の頃でも十分良く出来ていると思っていたが、やがて一目見た瞬間にぞくっと来るような凄みを持ち始めた。昔の作品がデパートで売られている人形なら、今の彼の作品はまさに人間国宝級ではないだろうかと思わされた。
そうなると当然僕以外にも、彼の人形に興味を持つ人間が出てくる様になる。
ある日他人に人形が売れたと喜ぶ彼をみて僕は苛立ち、その感情に自分の事ながら驚いたものだ。
僕とひらのんの関係は、人形を買ってあげる立場から買わせてもらう立場へと変わっていった。
そしてあの日。
いつものようにひらのんの露店を覗きに行くと、いつも通り彼はそこに座っていたが、店にはなにも商品が並んでいなかった。
「あれ、今日は人形が全部売れたのかい?」
僕の質問に、彼は静かに首を振る。
[ちがう]
[まってた]
[もらってくれ]
そう言って、彼は僕に一体の日本人形を差し出した。
それは、小さな人間だった。
魂の籠った形だった。
完全に人間にしか見えないという訳ではない。人間っぽさなら最近のCGの方がよほど見分けがつかないし、この人形を人間と見間違えたりは絶対にしない……のだけれど、その人形は人間以上の人間味を帯びていた。
仮想世界とか現実世界とか関係もなく、ただ色と形だけで作られたはずの物体が魂と呼べるものを秘めていた。
僕はその人形に見蕩れ――そして恐れてしまい、しばらく手を伸ばして受け取る事も出来なかった。
[いやか]
「い、嫌じゃない!」
慌てた僕は、思わず彼から人形をぶん取ってしまう。
そんな僕を見て彼は笑い、そしてログアウトしたのか消えてしまった。
それ以降、僕はひらのんに会っていない。
* * * * *
一ヶ月後、現実世界でテレビを見ながら夕食を食べていた僕の目に、とあるニュースが飛び込んできた。
それは人間国宝の人形作家、平野東洋が84歳で亡くなったというニュースだった。そのニュースの途中で彼の昔の作品がテレビに映ると、僕は思わず箸を落とした。
なにしろ平野東洋の人形が、ひらのんの人形にあまりにもそっくりだったのだから。
ニュースによると平野東洋はパーキンソン病を患ったために手が酷く震えてしまい、晩年には作品を作る事ができなかったらしい。最後の一年は終末緩和治療のためにVRを利用していたが、一ヶ月程前から意識混濁が見られるようになり、昨晩眠るように亡くなったのだという。
そしてテレビ画面が切り替わり、彼の遺作として紹介されている市松人形が写し出される。
確かにその人形は、現実世界の作品の中では間違いなく彼の遺作なのだろう。画面越しに見ても凄い作品だという事が伝わって来た。
――けれど僕は。
それを遥かに凌駕する、彼の本当の遺作を知っている。
その人形はウィンダーツの世界にしか存在できないものだけど、何としても世に出さなくてはならない。
そんな使命感が僕の中で湧き上がった。
* * * * *
そして、今日。
ようやく僕は念願だったギルド施設を手に入れることができた。
もちろん、目的はギルドを作る事とは別にある。
ギルド施設にはアイテムを飾る事ができる展示台があり、ギルドメンバー以外も立ち寄れるように設定を変える事も出来る。それを利用して、ここで彼の人形展を開くのだ。
正直な所、ひらのんが平野東洋だという保証はどこにもないんだけれど。
彼の作った人形が、見る者に言い知れぬ感動を与える事には間違いない。
ギルド名はすでに『ひらのん人形展』に設定してある。
あとはギルド施設の入り口の設定を誰でも歓迎に変更すれば、ひらのん人形展の開場だ。
さぁ、あなたも是非見て行って下さいね。