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永遠の王国



     *       *       *   


 風が、吹いている。

 ここの空は、本当にきれいだ。

 西の方が、金色、オレンジ、紫のきれいなぼかしになって光っている。

 反対側の空高くには、もう、月と星が見え始めている。

 こんなにきれいに見えるのは、空気が澄んでいるからだと思う。


 吹いてくる風は優しくて、涼しい。

 本当にイライラしたときも、ここに座って、風に当たっていると、だんだん、気持ちがすっとしてくる。


 ずうっと下の方に広がっている地面は、波のようにゆるやかに盛り上がっては下がってどこまでも続いていく、一面の草の緑。

 白や黒の小さな点々みたいに見えるのは、放し飼いにされていた牧草地から帰ってくる、牛や羊や山羊たちだ。

 とても遠いけど、かすかに、鈴の音も聞こえてくるような気がする。


「まったく、残念なことですよ」 私は、顔をしかめながら言った。「やっぱり、大人なんかに、あなたがたの話をするべきじゃありませんでした。あの人たちは、全然、何も分かっていないんだから」


 私は、わざと、子供じゃないみたいな話し方をしている。

 この国では、私は、子供ではないからだ。

 だからって、大人でもない。

 子供より智慧も力もあって、大人みたいに頭がこちこちじゃない、若者だ。


 私が着ているのは、私のために妖精たちが仕立ててくれた、真っ白でゆるやかな衣。

 あちこちを、小さな花の形をした黄金のピンで留めている。

 腰には、つやつやした革のベルトを巻いて、右には赤い道具袋をさげ、左には、金の鞘の短剣を吊っている。


「それは、しかたのないことですよ」


 笑いながら、姫が答えた。

 今はもう、国が平和になったから、姫は、前みたいに鎧を着ていないし、翼も背負っていない。

 金の糸でものすごく細かい刺繍をした、裾と袖の長い、青いドレスを着ている。

 その胸に、翼のかたちをした金のブローチが光っている。

 金の鎖をつないだベルトの留め金の模様は、王国の紋章、三つのクローバーの葉だ。


 私たちは、「赤い実の城」の一番高いところにあるバルコニーに、テーブルと椅子を出して座っていた。

「赤い実の城」は、巨大な生きた樹で、中では、たくさんの人々が暮らしている。

 日が暮れると、あちこちにぶら下がった赤い実がぼうっと光り出して、まるで、暗闇の中に数え切れないほどのランプが浮かんでいるみたいだ。

 熟した実は、ルビーみたいに真っ赤。

 少し若い実は、オレンジや黄色。

 まだ緑色の実は、熟していないから、光も灯っていない。


 姫は、長い袖を上品におさえながら手を伸ばして、テーブルの上に並んだ小さな金のカップに、すばらしい香りのお茶をついでくれた。

 そして、私にカップを手渡しながら言った。


「外の世界の者の目には、私たちの国は見えないのです。あなたと、あなたの妹の他には」


「ここに来れば、この他には何もいらないって、分かるのに」 お茶を一口飲んで、私は、溜息をついた。「これほど美しい国……守ろうと思うのは、当たり前だし、テーマがどうとかなんて、ばかばかしいって、すぐに分かるのに……」


「ええ、本当に、美しい国です」


 姫がそう言い、私たちは、沈んだ太陽が空に映し出す最後の光がゆっくりと消えるまで、何も言わずに空を見ていた。



「ねえ、姫」 ずっと黙っていた後、とうとう、私は言った。「私も、大人になったら、この国のことを忘れてしまうのでしょうか? そんなの、絶対いやだ。大人になって、本当の物語に入ることができなくなって、学校とか、会社とかで役に立つような、意味のあることしかできなくなるなんて……そんなの、なーんにも、面白くない……」


「あなたは、忘れませんよ」


 姫はそう言って、にっこりと笑った。

 赤い実のランプの光に照らされたその顔は、本当にきれいで、私は、その顔に見とれた。


「この国にすむ私たちが、あなたを決して忘れないように、あなたは、私たちのことを決して忘れないでしょう。物語を語る者は、大人になっても、この国のことを覚えておくことができるのです。

 誰でも、子供のときは、自分だけの物語の王国を持っている。それを覚えておくことができる者と、忘れてしまう者と、2種類の大人がいるのです」


「忘れてしまう人は、どうして、忘れてしまうんでしょうか?」


「外の世界で、たくさんの荷物を抱え込んで、いっしょうけんめい走っているうちに、その王国への扉を開く鍵を落としてしまうからです」


 姫はそう言い、金の皿の上にきれいに並べられた、いろいろな色の焼き菓子を、ひとつつまんで食べた。

 私も、同じ色の焼き菓子をとって食べた。

 それから、ふと気になってたずねた。


「でも、私は、鍵なんか持っていないけど、いつでもこの国に来ることができますよ」


「その鍵というのは、形があるものではないのです。だから、落としてしまっても、気がつかない人がとても多いのです」


 姫の話は、とても納得がいくものだったので、私は大きくうなずいた。


「では、姫。一度、鍵をなくしてしまった人は、もう二度と、物語の王国に入ることができないんでしょうか? その人が来なくなったら、その人の物語の王国は、すぐに滅んでしまうんじゃないでしょうか?」


「いいえ」


 姫はまた笑って、私の顔をまっすぐに見た。


「物語は、永遠です。一度、人の心に生まれた物語は、決して、なかったことにはならない。あなたたちは外の世界で歳をとり、やがて死んでゆくけれど、私たちは永遠にこの姿のままで、王国は、永遠に続くのです」


「こことは違う、別の王国……他の人たちの物語の国も、みんな、そうなんですね?」


「そうです。だから、鍵をもう一度見つけることができれば、誰でも、また、自分の王国に帰ることができるのです。……あら?」


 急に姫が腰を浮かして、目を細め、下の草原の一角を指さした。


「あれは、何でしょう? ほら、あそこで、光が動いていますよ。もう、みんな城に入っているはずなのに」


 私は、腰にぶらさげた道具袋から、折り畳み式の望遠鏡――あの発明家のおじいさんが、私のために作ってくれた――を取り出し、伸ばして、姫が指さすほうをのぞいてみた。


「……女の子だ」


 それは、白い服を着た、黒い髪の女の子だった。

 手に小さなランプを持って、草原の真ん中で、下を向いて、いっしょうけんめい何かを探している。

 その子が背中を伸ばした瞬間、長い髪が後ろに流れて、顔が見えた。


「あっ」


 私は、思わず声を上げた。

 その子が誰なのか、私には分かったのだ。


「ママ……」


 それは、小さい頃のママだった。

 前に、ばあばの家で、写真を見せてもらったことがある。

 小さいママは、小さいランプを持って、暗い草原をあっちへ行ったり、こっちへ行ったりしながら、ひとりで、ずっと何かを探しているみたいだった。


「あの子が、あなたの母上なのですか?」


「うん、でも、ずっと昔の、ちっちゃい時のかっこうをしてます」


「あの子はきっと、自分の王国に帰るための鍵をなくしてしまったのですよ」 姫は言った。「探しているけれど、見つからなくて、困っているのですね」


「そうか、鍵を失くしたから、ママは、本当のおはなしが分からなくなっちゃったんだ!」


 私は思わず叫んでから、子供っぽい言葉遣いをしてしまったことに気付いて、あわてて咳ばらいをし、座り直した。


「姫、私は、これからどうしたらいいでしょうか。母を、助けてあげられるでしょうか?」


「母上のところへ行き、いっしょに、鍵を探してさしあげるとよいでしょう」 姫は言った。「それこそが、物語を語る者の使命です。それぞれの王国への扉を開ける鍵は、物語を語る者によってこそ、手渡されるのですから」


「分かりました!」


 私は叫んで、勢いよく立ち上がった。

 姫も立って、バルコニーから部屋に入り、丁寧に折り畳まれた大きな「翼」を持ってきてくれた。

 いつ化け物鳥たちが戻ってきても、すぐに戦えるように、姫はいつも自分の部屋に「翼」を置いているのだ。


「私の翼を貸してあげましょう。これを使えば、母上のところまで飛んでいくことができますよ」


「ありがとうございます、今度、お目にかかるときには、必ずこの翼をお返しします」


「ええ、気をつけて。さあ、これを」


 姫は近くの枝から、輝く赤い実をふたつもぎ取って、私の手に握らせた。

 私は閉じたままの翼を背負い、バルコニーの縁に立った。

 その先には夜の闇が広がっていたが、赤い実が明るく、あたたかく光って、私を応援してくれる。


「では、行きます」


 私は、左手にふたつの赤い実を、右手に翼を開くためのレバーをしっかりと握りしめ、競走のスタートラインに立った選手みたいに、ぐっと身体を低くした。

 いつのまにか、ごうごうと、強い風が吹いている。


「ママー!」


 私は、バルコニーの縁を蹴り、闇の中に飛び出した。


「私がもう一度、ママの王国に、つれていってあげる!」





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